ユリシーズの手紙
「イグリット、異能の勉強?」
「ええ。みそちゃんと会話してみたいの」
夕飯後、部屋で異能についての著書を読み漁っていた。
そこにトアがやって来て、一緒に勉強をし始める。
「今まで他人の夢に入ってもなー…って思って放置してたけど。
僕も鍛えて…もしまたイグリットがあの夢を見たら。関係者を皆殺しにしてあげるよ」
「……夢の、話よね?」
「もちろん!もっと練度が上がれば、夢の中で自在に動けるようになるんだ」
夢渡りの発動条件は今のところ、夢を見ている人に触れること。
あとは突発的に、自分が寝ている時に人の夢に紛れてしまうことがあるとか。
それは世界の果てにいる人の場合もある。
「前…誰かの夢に繋がった時。女湯だったみたいで…裸の女性がいっぱいいた…」
「………………」
「お願いその目やめて!!見てないから、すぐ離脱したから!!!」
いえ別に?トアもお年頃ですし…ね?
私、そういうのに理解ある彼女ですからー。エロ本もコソコソ読んでるなら可愛いもんですしー?
ただ、その夢を見ていたのが。
男性なのか女性なのか…それが問題だが。
「言っておくけどね、番のいる獣人は番にしか発情しないんだから!」
「何その言い方!せめて欲情じゃない!?」
私達はなんの話をしているのだろうか。付き合いたてのカップルってこんなものかしら?
「はあ…
じゃなくて…君に言っておきたいことがある」
トアは咳払いし、部屋には2人きりであるというのに声を落とした。
「一昨日…君を愛している人間の男がいるって言ったよね?」
「え?ええ…そういえば」
言ってたような…あの時はいっぱいいっぱいで、気にする余裕もなかった。
彼には私が過去をやり直していること、回帰前の全てを話した。
その上でみんなには秘密にするって約束してくれたわ。
「……気分が悪くなったら言ってね。
君が地下牢にいた時、面会に来た男がいたでしょう?「早く罪を認めろ」って言ってた黒髪の男」
「…ああ、ユリシーズ・キッドマン。私の幼馴染だけど…」
「君は精神的に限界で、彼の言葉が耳に届かなかったみたいだけど。
鉄格子を握り締めてこう言ってたんだ」
『…俺の力ではお前をここから出してやれない。
嘘でいいから、早く認めてくれ。
国外追放されても、俺も一緒に行くから。
この国から逃げよう。俺がお前を守るから。
頼む…答えてくれイグリット。
こんなにも近くにいるのに…俺の言葉は、手は…どうして届かない…』
「………うそ…」
「悔しいけど本当。
あの時の君には…たった1人だけ、味方がいたんだよ」
でも、ユリシーズは。
アウロラに惚れていたはずで、彼女を巡って殿下と口論をしていて。それに、私がみんなから笑われている時も…俯いているだけで、庇ってくれなくて。他にも…
「イグリット。僕はその場にいなかったから分からないけど。ユリシーズ殿は…君を確かに想っていたよ」
「……………」
「地下牢を後にする時も…」
『………待ってて。俺が必ず、冤罪の証拠を掴んでみせる。
お前が動けないのなら、俺がなんとしても助け出す。
お願いだから…それまで耐えてくれ。
牢を変えるよう言っても…殿下は狂っていて聞きやしない。
これ以上殿下の機嫌を損ねては俺も動けなくなる、だから…本当にごめん。
本当は今すぐお前を連れ出したいが…俺1人の力では、2人共すぐに捕まって殺されるだけだ。
イグリット。俺はお前を愛してる。ずっと昔から…
少しだけ、俺を信じて待っていて』
「残念ながら…間に合わなかったみたいだけれど」
「わたし…全然、そんな…」
「イグリット。自分を責めないで…君は何も悪くない。
ただ僕は同じく君を愛した男として、彼の本音を伝えるべきだと思った」
胸が苦しい…呼吸もままならない程に締め付けられる。
ユリシーズ。貴方は…貴方だけは、私を見ていてくれた?
「ふ、う…あああぁ…うあああああ…!!」
「泣いていいよイグリット。僕が全部受け止めるから」
ごめんなさい…ごめんなさい、ユリシーズ。
私…貴方を信じればよかった。
周囲の全てが敵だと決めつけて、盲目的だったのは…私も同じじゃない…!!
ユリシーズへの罪悪感でいっぱいになり、私は声を上げて泣いた。
両親や使用人のみんなが心配して訪ねてくれたけど、それでも泣き続けた。
その間トアは…優しく背中をさすってくれた…
*
気が付けば朝で、私は布団を掛けていた。
泣き疲れて眠るとか…子供か。
「おはよう、イグリット」
「トア…おはよう」
トアは予告通り、エマやパールよりも早く私の部屋に来る。
「昨日はありがとう。私…真実を知れてよかった」
「…余計なことしちゃったかなって、不安だったけど…そう言ってもらえると僕も助かる」
彼は憔悴しきった顔で笑う。
貴方まで苦しめてしまって…ごめんなさい…
「…ユリシーズの手紙、読もうかな。返事も書かなきゃ」
「うん、そうしてあげて。
……ねえイグリット。君は…僕の話を聞いて、ユリシーズ殿をどう思う?」
「どう…?」
その言葉に一瞬詰まったが…
彼は幼馴染で、友達。それ以上でもそれ以下でもないわ。
恋心を抱くことはありえない。
「どうして断言できるの?」
「……?」
「いや僕は嬉しいけど。真実を知ったイグリットが、ユリシーズ殿に心変わりするんじゃ…って不安で潰されそうだったから」
「平気よ。私は貴方が好きだから…ユリシーズは大切な友達」
「(……嘘を言っている風には見えない。イグリット…心の底ではまだ、彼を疑っているのかな…?)」
トアは何を悩んでるのかしら。
あ…そうだ。
「ねえトア、もしもだけど。
そうね…例えば私がヴォルフに暴力や暴言を浴びせられた。
お母様を殺された、純潔を奪われた…って貴方に訴えたら、どうする?」
この期に及んで私はまだ、彼を試すようなことを言ってしまう…ヴォルフごめん。
トアは獣人だから…私の全てを肯定してしまうのかしら。
「え、随分突飛な話だね。
うーん…まずヴォルフを拘束、尋問。1発殴ってからね。
イグリットにも詳しく聞く。
徹底的に屋敷、町中の人から話を聞いて照合する。
現場検証もして、あらゆる可能性を1つずつ潰していく。
…ヴォルフがやったという決定的な物証が出たら、彼は処刑だね。
逆にヴォルフのアリバイが証明されて、君が嘘を言っていたとしたら…その時は。僕も一緒に罪を償うよ」
「………………」
「……?あれ、僕変なこと言った?」
いや…そういう訳じゃ…
「じゃあ…どっちも、決定的な物証がなかったら…?その上で私とヴォルフが、正反対の主張をしていたら?」
「それは困るね。僕は君が好きだから…君の肩を持ってしまうよ。
だけどヴォルフの人柄もよく知ってるつもりだから。
とにかく証拠が無い以上、ヴォルフを罰することはできない。
僕は君の側を片時も離れず、心のケアに専念して。
ヴォルフはルプスとかに見張りを頼んで。
それで、うーん…うーん。
どうしよう、もう打つ手がないよ…」
シュンとして、耳と尻尾が力を無くしている。
トア…貴方は…
「…ふふ。ありがとうトア!私、死ぬまで貴方について行くわ!」
「え、それでいいの!?」
それでいいの!
「だってもし「何がなんでも君の言葉だけを信じる」なんて言われたら、嫌いになってたかもしれないわ」
「…あ!もしかして、試した?」
「ごめんなさい、もうしないわ。私、改めて惚れちゃった!」
「イグリット…!」
ぎゅーっと熱い抱擁を交わしていたら…
「「…おはようございま〜す」」
ハルとエマが見てた。声掛けてよ…!
*
町を歩けば「おめでとうございまーす!」だの「この地方も安泰ですねえ」とか言われ。
子供達にも「思ったより早かったですね」なんて揶揄われ。本当に町中に広まってた!!
「全くもう…!気軽に外に出られないわ!」
「ふふ、お嬢様。口角上がってるの隠せてませんよ」
「パール〜…そこは見なかったフリしてよ…」
「あらごめんなさい!」
全然悪いと思ってないでしょ、もう!
それより…ずっと取っておいた、ユリシーズの手紙を机に並べる。
緊張するけど…震える手でなんとか開封、1通目から…!
『イグリット
あの時はお前の気持ちを考えず、告白なんてしてごめん。
でもあれは、紛れもない俺の本心だ。
だけど…忘れてくれ』
「え…ええっ!?」
『俺はお前に相応しくない。
よく分からないけど、俺はそれを「知っている」気がする。
それでも、どうか友達のままでありたい。
多くは望まない。ただイグリットが新しい環境で、幸せでいてくれればそれでいい。
それじゃあ、また手紙書くな。
ユリシーズ』
……ユリシーズ。貴方は…
どこまでも、私を1番に考えてくれているのね…
読み終わる頃には、緊張は完全に解れていた。次に手を伸ばす。
『王国を出ると聞いた。
夫人が再婚して、島に行くんだろう?
そこは獣人が多い国と聞くから、動物好きのイグリットには楽園かもな』
『この間、夜中に家を抜け出して蛍を見に行った。
昔お前と見た時より、数が減っている気がする。
それでも…今年も蛍は、精一杯輝いていたよ』
『最近変な本を読んだ。
ミステリーかと思って手を出したら、ホラーだったんだ。
ホラーから恋愛が始まり、サスペンスからの突然異世界に飛ばされて、主人公は悪霊の王を封じる力を持っていると判明して。
死闘の末勝利したが、その悪霊の王が魂の欠片を異世界に逃がし…それが最初のホラーの礎になり…エンドレス。
色々詰め込みすぎて、よく分かんなかった。そもそも悪霊の王と戦う動機が意味不明。
それでも読み始めた以上…と最後まで読んだ。
続編があるみたいだけどそっちはいいや。
題名を書いておくので、気になったら読んでみて』
「…ふふ」
彼の手紙は、日常の他愛ない出来事ばかり。
殿下や公爵家といった、私が嫌がる話題には一切触れていない。
返事を促すこともない…
ユリシーズの人柄が滲み出ている、温かい内容だった。
『少し遠出をしたら、綺麗な花を見つけた。
真っ白な花弁に青い花柱。なんだかイグリットを連想して、1輪摘んだ。
家に持って帰っても暫く眺めていた。
押し花にして栞にしてみたんだ…よかったら使ってほしい』
同封されていた栞は…本当だ、綺麗な花…
ありがたく使わせてもらおう。
50通くらいあった手紙を一気に読み終え、時計を見ると3時間も経っていた。
最後の1つ、鼻歌を歌いながら開封すると…
『書こうかどうか迷ってたんだけど。
俺…異能が使えなくなった』
「な…嘘でしょっ!?」
そんな事あり得るの!?反射で立ち上がってしまった。
『原因は不明だけど…発覚したのはイグリットと別れた頃。
突然飛べなくなったんだ。でも俺は未練は無いよ。
ただ…俺達がまだ4歳くらいの時。
いつかお前を抱えて飛んでやる!って約束したよな。
その約束…守れなくてごめん。本当にごめん…』
「なんで…まさか、時間が戻った影響…?」
いいえ、そんなはずはない。けど…
ユリシーズは異能を失い、私は授かった。これは偶然なの…?
『神殿で話を聞いたが、異能が消失する事例は過去にも稀に存在したらしい。
どの文献にも原因は書かれていないので、不明なのは変わらないけど。
俺はこれでいいんだ。一応報告だけしときたかった』
…いいえ、考えるのは後。今は…返事を書こう。
『ユリシーズへ
今まで手紙を沢山送ってくれてありがとう。
実は読むのが怖かったんだけど…全部読ませてもらったわ』
季節の挨拶は飛ばし、ペンを走らせる。
今までの手紙に対する感想…私の話もする。
『島では平民の子供達と一緒に遊んでるの。
毎日日が暮れるまで走り回り、私はすっかり心身共に元気になりました。
そして私には、近いうちに弟か妹が生まれるの!とっても楽しみなんだ』
「……トアの話、するべきよね?」
今の私には…トアという愛する男性がいることを。
なんでかユリシーズに言うのは憚られる気がする…最後にしよう。
『ユリシーズの異能が消えたこと、不思議ね。
約束は気にしないで。貴方が元気ならそれでいい。
そして私からも報告が。何も無かったはずの私に…【蟲使い】という異能が与えられたの。
それはもしかしたら、貴方の消失と同時期かもしれない。
それ以上は何も分からないわ』
と…あら大変、便箋10枚使った超大作になっちゃった。
数年分纏めて書くとこうなるわよね。
そろそろ締めに…
『最後に報告が。
私は好きな人がいます。リスの獣人で、トアという男の子。彼と番になり、生涯を共にすると誓いました。
貴方の気持ちはとても嬉しかったけど…どうかユリシーズも、大切な人を見つけてください。
いつか貴方にだけは、彼を紹介したいと思います。
また会う日まで。
イグリット』
******
「坊っちゃん。お手紙が届いています」
「そうか」
「あの…イグリット様から…」
「くれ!!!」
執事から手紙をひったくり、ドキドキしながら封を開ける。分厚い…一体何枚入っているんだ?
「………よかった…元気そうで」
セヴラン殿下もルーシャ殿下も、返事が来ないと嘆いていた。俺も来なかったが、それでもいいから送り続けた。
捨てられてると思ってたけど…取っておいてくれたんだな。
「…!そうか、好きな人が…」
トア、と言うのか。
………?
なんだか、頭がズキン…と痛んだ。
どこかで、聞いたことがあるような。
いいや…気のせいだな。
それより返事を書かないと。トア殿には悪いが…俺は友達としてやりとりをしたい。
『返事をありがとう、嬉しいよ。
お前が今楽しそうで、本当によかった。
トア殿とどうか、幸せな未来を歩んでほしい。
それと、もう1つ報告が。俺は最近…身体の調子がおかし』
「……………」
ぐしゃり と書いていた便箋を握り潰す。
これは報告する必要はない。
丸めて捨てて、最初から書き直す。
コンコン
「坊っちゃん、ドクターがお見えです」
「通してくれ」
イグリット。お前の人生に俺は要らない。
だから…




