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短編小説「伝説の勇者(株)」

作者: あめしき

◆第一章◆


「・・・そんなわけで、今期は魔術師の迷宮を1年以上攻略できないという業績に終わり、苦しい一年になりました。皆さんのボーナスについても、今期の業績から、厳しいものとなりましたがご理解ください」

 社長の訓示が終わり、勇者たちは、おのおのの部署に戻っていく。

「やっぱ魔術師の迷宮、時間かかり過ぎだもんなぁ」

「でもこの額は無いだろー」

「ボーナスが出るだけマシと思うしかないな」

 そんなことを口にしながら、最後に誰もがチラッと俺の顔を見て、何か言いたそうな表情。分かってる、慣れっこだ。俺は無視して、所属する総務課の席に戻ろうとする。そこに社長が近づいてくる。

「アポロン、お前のボーナスはゼロだが、例年通り、王様から支度金が出ている」

 社長が熨斗のついた封筒を俺に手渡す。毎年の光景だ。この後に言われる、嫌味も。

「社長である俺のボーナスの、倍額以上だ。よかったな」

 我が社「伝説の勇者株式会社」は今年、魔術師の迷宮の公約に掲げ、一年間頑張ってきた。決算直前には社長まで現地に赴き、陣頭指揮をとった。それでも2000年も前に死んだという魔術師の作った迷宮は、我が社の勇者たちを拒み続け、結局攻略の糸口すらつかめないまま、一年は終わった。

 その結果が、皆に渡されたボーナスというわけだ。たぶん、銅の鎧でも買えば吹き飛ぶほどの額。対して俺のもらった支度金は、プラチナの装備一式を買ってもお釣りがくる。

「ああ、そうだ。第5会議室に置いている伝説の剣、たまには掃除しておいてくれよ、秘書が埃が溜まっていると言っていた」

 社長はそう言い残し、社長室に戻っていった。俺は分厚く膨らんだ封筒を持ったまま、自席ではなく、第5会議室に向かう。


 この世を暗黒に貶める「魔王」を倒せるのは「伝説の剣」だけ。1000年以上も前から、世界は伝説の剣を扱える伝説の勇者を求めていた。置いてあある場所は誰もが知っている、王の城の地下。だけどこの1000年、誰もそれを抜くことができなかった。

 伝説の剣は抜けないが、魔王は倒さなければならない。1人の勇者では無理でも勇者が何人もいれば。。。そんな思いから、勇者株式会社が設立され始めたのが200年ほど前だそうだ。今では50社を超える勇者会社がある。その中でも「伝説の勇者株式会社」を名乗れるのは、当社だけだ。なぜか。

 当時、「駆け出し勇者有限会社」だった我が社に入社した僕は、新入社員研修で王様のお城に訪問した。

「であるから、伝説の剣は誰も抜けないまま1000年も城の地下で眠っているのです」

お城の広報部の人がそう説明して「あ、でも皆さんの中で抜ける人が居たら持って帰っていいですよ?」爆笑、慣れたものなのだろう、慣れた感じで笑いを取る。

 調子に乗った同期が伝説の剣を抜く真似なんかして、和やかに研修は終わるかに見えた、その時だった。

 冗談半分で伝説の剣を抜こうとした俺は、本当に、何の抵抗もなく、伝説の剣を引き抜いた。

「え」

 僕がそんな声を出して皆を振り返ると、誰も、声すら発していなかった。

「え」という表情だけ。伝説の剣は、俺の手元に、しっくりと収まっていた。

 話はすぐに王様にまで伝わった。王様は泣きながら宣言した。

「御社はこれから、伝説の勇者株式会社と名乗ることを許す!伝説の剣を引き抜いた伝説の勇者を、十分な研修、実務経験、何なら何度かの海外子会社への出向経験なども積ませて、魔王を倒す勇者に育成するのじゃ!」


 そうして、我が社は「伝説の勇者株式会社」に名称を変更し、一部上場も果たした。

それが、20年前の話だ。俺は今年で、42歳になる。

 伝説の勇者と呼ばれた俺は、今、総務部でアイテム保管庫の整理を主に担当している。



◆第二章◆


「よう、アポロン、珍しいじゃないか、お前がここに顔を出すなんて」

 第5会議室につくと、同期の勇者である田沢が次の会議の準備をしていた。

「やあ、田沢。今日は何の会議だい?」

「いやー、ちょっと言えないんだけどさ、お偉いさん達が集まるよ」

 田沢はもともと、同期の中でもエース級の勇者だった。だが、10年ほど前、当社の悲願だった「海賊たちの入江」を攻略するのとひきかえに、足に大けがを負い、それ以来、内勤として働いている。ただ、それにしたって重要な会議を取り仕切る部署に配属されて、社内での人望も厚い。俺とは大違いだ。

「で、アポロン、お前は何をしに来たんだ?」

「ああ、社長から伝説の剣を掃除するように言われて」

 俺が伝説の剣を引き抜いてから、その剣は我が社で保管されることになった。当初は正面玄関に堂々と飾られていた。しかし3年経ち、5年経ち、誇らしげに飾った伝説の剣は、むしろ「伝説の剣を使える伝説の勇者が、まだ旅にすら出ていない」ことの証として扱われるようになった。

 伝説の剣を俺が引き抜いてから10年経った年、伝説の剣はついに正面玄関から姿を消し、この第5会議室で保管されることとなった。

「なるほどな。伝説の剣は、我が社に持ち帰ってきても、動かせるのはお前だけだったもんな。ただ床に置いてあるだけなのに、誰一人、ピクリとも動かせない。お前が当たり前のように、ひょい、と持ち上げる度に、驚いたのを覚えてるよ」

 そうだ。伝説の剣は城の地下の台座から引き抜かれたあとも、誰も動かすことさえできなかった。俺からすれば、鉄製の剣なんかよりよっぽど軽く感じる。鉄製の剣どころか、「薄く軽く」を追求して作られた、アップルソード社の「アイソード」なんかよりも軽いと感じる。

 だからこそ、伝説の剣の掃除なんかも、俺の仕事になるのだ。

「でも、、、掃除が必要なこと自体、昔と何か違ってるよな」

 田沢が呟く。

「第5会議室に置きっぱなしにされてからも、伝説の剣には埃一つついていなかったもんさ。さすがは伝説の剣、誰も触れないし、埃さえ寄り付かない。皆でそんな噂をしていたよ。でも、今はそんなこともないんだよな。普通に、放置していれば汚れて…」

 田沢はそこで言葉を切った。問題は、そこじゃない。放置していれば汚れていくことではなく、唯一、魔王を倒せるはずの剣である伝説の剣が、放置されている、そのこと自体が問題なのだ。そしてそれは、俺が戦いに出ていないからだ。

「責めているわけじゃないんだ」

 田沢が呟く。

「あんなことがあって、お前が辛いのは知ってる。でも、でも、、、」

 徐々に言葉が熱を帯びていく。

「俺が何回お前を羨ましいと思ったか知っているか?お前にしかできないことがあるんだ。選ばれた人間にしかできないことが、そして、お前は選ばれたんだろう。なのに…!」

 言い返す言葉はない。怒ることもできない。でも、俺がその言葉に発奮するわけでもない。どうしたって、無理だったんだ。もう、こんな気持ちにも慣れた。

「どいてくれ、田沢。伝説の剣の掃除をしなきゃ」

 田沢の言葉には何も答えず、俺は伝説の剣を保管している棚に向かう。社長が言っていた通り、伝説の剣には埃が積もっていた。

「たまには掃除してやらなきゃな」

 軽口を叩くように田沢に話しかけるが、返事はない。

 俺は黙って、棚から伝説の剣を持ち上げ、、、ようとした。

「え・・・?」

 誰かが言っていた。伝説の剣が動かないのは、重いという感覚ではないと。台座からなら台座、床なら床と「くっついて離れない」そんな感覚なのだそうだ。当たり前のように持ち上げることができる俺には分からなかった感覚。それが、今、実感としてこの手に感じる」

「伝説の剣が動かせない・・・」



◆第三章◆


「あいつは伝説の剣が抜けなくなった」

 その話は、すぐに会社中に広がった。田沢には皆に黙っておくように助言されたが、どうせバレる話だ。俺は素直に社長に話した。

 社長は一通り驚いたあと、吐きすてるように言った。

「そのことをボーナス直後に伝えたのは、わざとか?」

 俺はそんなことはない、と強く言ったが、返答はなかった。


 俺はあらゆる手段を試した。

 両手で。片手で。ゆっくりと休養したあとに。精神を統一してから。空腹時に。息を止めながら。伝説の剣を動かそうとした。だが伝説の剣はピクリともしない。

 もともと俺には当たり前のように動かせた剣だ。いざ動かせないとなると、動かすためのコツさえ思い当たらない。伝説の剣は、棚に置かれたまま、チリが積もるばかりだった。ボーナスの時期は随分前になり、季節は冬へと変わろうとしていた。


「今日は第5会議室には行かないのか?」

 休憩室でタバコを吸っていた俺に話しかけてきたのは、田沢だった。

「伝説の剣をもう一回動かそうと頑張ってるんだろ」

 俺はゆっくりと煙を吐き出す。

「会社、辞めようと思ってる」

 田沢の質問には答えず、俺はそう言った。

「なぜだ」

「伝説の剣、やっぱり動かないよ。もう。何回やったってダメなんだ。俺には伝説の剣を抜くことはもうできない。それだけが、俺がここに置いてもらってた理由だろ。戦うことも出来なくても、伝説の剣を動かせるのは俺だけ。だから辞めさせるわけにもいかないから。その理由が無くなったんだ」

 灰皿にタバコを押し付ける。

「自分から辞めた方が、会社も助かるだろ」

 このご時世、社員のクビは風当たりも強い。自分から身を引くのが、一番いい。そう思った。

 田沢は、しばらく何も答えなかった。まっすぐと俺をみて、黙っている。俺は2本目のタバコを吸い終わり、休憩室を出ようと立ち上がった。

「…また」

 田沢が呟いた。

「また、諦めるのか?」

 声に怒りが含まれている。

「仕方ないさ。本当に、どうやったって方法がないんだ。あの剣は、次の誰かが動かす日を待つしかない」

 俺は答えるが、田沢の言葉は止まらなかった。

「なんで伝説の剣が抜けなくなったか、本当はお前が一番分かってるんだろう。知ってるんだ、お前が毎日のように伝説の剣を使って修行していたこと!伝説の剣には埃が積もらない、なんて噂もあったけど、当たり前さ、毎日お前が使ってた。誰も見られない時間帯に、何回も素振りして、剣を磨いて、何もなかったように棚に戻して!戦いに出れなくても、いつか来るその日に備えて、ずっと頑張ってたじゃないか!」

 俺は黙ってその言葉を聞いていた。

「だけど、ある時から剣が徐々に埃が積もっていった。お前が、剣に触れなくなったからだ。その剣を使って戦いに出ることを諦めて、修行すらしなくなったからだ。だから剣を動かせなくなったんじゃないのか!」

 たぶん、ずっと思っていたことなのだろう。言わないでいてくれたその言葉が、堰を切って流れ出した。そんな感じだった。

 俺だって、簡単に諦めたわけじゃない。毎日のように修行を続けて、でも戦いには出ることができない。期待に応えられない。俺にしか伝説の剣を使うことはできない、その重みに耐え続けてきた日々だった。だが年齢は40を過ぎ、修行だけを続ける日々に意味を見出せなくなった。

「怖かったんだ」

 俺は呟く。

「あの日のことが、どうしても忘れられなかった。初めて伝説のの剣を実践で使ったあの日。その力は、強大過ぎた。魔物たちを一蹴しただけでなく、味方まで…」

 俺が振るったその剣は、その場にいた魔物、仲間、俺以外の全てに降りかかり、傷付けた。

「田沢、お前だってそうだろ。知ってるんだ。海賊の入江で足を痛めた、なんて。本当はあの時、俺がお前の足につけた古傷が悪化したんだろ。新たに別の傷を負ったフリして、内勤に移って…」

「だからなんだ」

 田沢が言葉を遮る。

「俺たちは伝説の勇者株式会社の社員だ。給料をもらって、ダンジョンを攻略したり、魔物を倒したりしている。給料をもらっている以上は、俺たちはプロだ。もらった給料以上の成果をあげることがプロだし、成果を出せない時には、次に成果を出すまで自分を磨くものだろう。それがプロとしての姿勢だ。伝説の剣を抜ける抜けないじゃない。プロとしてのプライドを見せろよ!」

 田沢の強い言葉は、胸をうつ。だけど…

「そうかもしれない。俺が間違っていたのかもしれない。だけど、もう遅いじゃないか。動かなくなった剣をみて、俺だって同じことを思った。もう一回、毎日修行をするからって。すぐに戦いに出れなくても、準備は怠らないって。そう念じながら動かそうととしたんだ。それでも動かない!もう、終わったんだ。成果を出せないなら、せめて自ら、この場を去る。それもお前の言うプロの姿なんじゃないか。これで、全て終わりだ」

 俺は、田沢の横を通り抜けて、休憩室を出ようとする。これで、全て終わりだ。本当に苦しかった。そんな日々がようやく終わる。たまたま伝説の剣が抜けてしまった。それだけで期待され続けて、期待に応えられないことに思い悩んで、がむしゃらに素振りを続ける。そんな日々が終わる。、、、終わるのに。

「甘ったれんな」

 背中越しに田沢の声が刺さる。

「お前自身がさ、全然納得できてないだろ。これで終わりでいいなんて全然思ってないだろ」

「じゃあどうしろって言うんだ!」

「アポロン、お前の仕事はなんだ?伝説の剣を抜くことか?魔王を倒すたびに出ることか? そうじゃないだろ。どんな形であっても、一つ一つ仕事を積み上げて「社会や会社に貢献する」ことが仕事だ。それが給料に対する成果だろ」

 田沢の言葉に熱が帯びていく。

「外勤の勇者は腕っぷしが無ければ用無しか? 数字の苦手な経理に生きる道はないのか? コミュニケーションが苦手な人事は仕事ができないのか? 違うだろ。苦手な分野があれば、それとは違う形で付加価値を出す。それを通じて給料に見合う貢献で会社を良くすることが仕事だ。そして良い会社が、さらに社会に貢献する。仕事ってそう言うものだろう。お前は今、総務課だ。伝説の剣を抜くことだけが、社会や会社に貢献する唯一の手段をじゃない。やれることがあるうちに諦めるんじゃねぇよ!」




 あの日。休憩室を出ようとする俺に田沢が叫んだ日から、2年半ほど経つ。季節は夏、またボーナスの季節だ。

 あの時、俺はそのまま休憩室を出て行くことはできなかった。田沢の言葉を噛み締めるように、5分は立ち尽くしていただろうか。田沢が「言い過ぎた」と言い残して出て行ってからも、しばらく動けなかった。

 俺は結局、伝説の剣に甘えていたのだろう。希望も、諦める理由も、全て伝説の剣に押し付けてきた。俺が出来ることは、他にもあったのに。

 それから、総務課として出来る限りのことをやってきたつもりだ。他の勇者たちが安全かつ迅速に冒険の旅に出られるようにサポートしてきた。ボーナスの代わりに俺に支払われてきた国からの支度金は、ゼロになった。でも変わったことはそれだけじゃない。

「アポロン」

 社長が近寄ってくる。

「今期は、よく頑張ってた。お前が国からもらってた支度金に比べればスズメの涙だろうけど、今回の評価は、しっかりボーナスに反映したつもりだ」

「ありがとうございます」

 社長は照れたような表情を隠しながら、去っていこうとした。そこで、ふと思い出したように振り返る。

「そう言えば、お前知ってるか?」

「何をですか?」

「最近の噂だよ」

 社長が呟く。

「もう誰も動かせないはずの伝説の剣だ。ずっと埃まみれだったのに、最近になってずいぶんと綺麗になってるって言うんだ」

「気のせいじゃないですかね」

 社長が首をかしげながら去っていく。さて。


 俺はそのまま、伝説の剣が置いてある第5会議室に向かった。さあ、仕事の時間だ。


(了)


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