第四十五話 ルッカ
僕は今、宿の前で馬車フォルトゥーナ号が出てくるのを待っています。
朝食で出たジェノバ街の名物、ペスト・ジェノベーゼという、パスタで膨れたお腹をさすってます。
「ヒヒィ〜ン」とフォルトゥーナの嘶きが聞こえてきます。
ようやく宿の厩舎から、出てきたようです。
「お貴族さま〜〜〜〜」
男の子の声に振り向きます。
フェッラーリ広場から、こちらにまっすぐ走って来ます。
格好をみるに、冒険者のようです。
ピッピーノが駆け出します。
「そこで、とまれーー!」
ピッピーノが叫びます。
冒険者がビクッと立ち止まります。
「帯剣したまま、我が主に駆け寄るとは、何事かー!」
剣の柄に手を掛けて、僅かに前傾姿勢をとったピッピーノが怒鳴ります。
「ご、ご、ごめんなさい」
冒険者は、二歩ほど下がり、しゃがみ込んで、腰の剣を外し石畳の上に置きます。そして三歩横に動きます。
「買い上げて頂きたい、アイテムがあるだけなんです。どうか見てください。お願いします」
深々と頭を下げます。
何かしら、事情がありそうです。
僕は、ピッピーノの斜め後ろまで進み声をかけます。
「話を聞こう。その場で言ってくれるかな」
危険はなさそうですが、ピッピーノの顔をたてて、『我が主』を演じます。
冒険者が安堵の表情を見せます。
「ありがとうございます。僕は冒険者のマルコです。ダンジョンで見つけた【古代の逸品】を買い取って頂きたいんです」
と言って、また頭を下げます。
「【古代の逸品】と言うなら鑑定済みだね。効果を教えてもらえるかな」
「はい、効果は防風+20%と、防雨+20%です」
「なるほど、素晴らしい効果だ。買取屋ではなんと?」
「はい。価値は400万ゴルド。買取りは通常なら100万だけど、特別に200万で買取る。と言われました。でも、僕はどうしても、すぐ400万ゴルドが必要なんです。お願いします、お貴族さま」
また、深々と頭を下げます。
「理由を聞いてもいいかな」
「はい、あそこに見える、一番大きな黒い船、コロンブス号に乗って、外国で働く母に、逢いに行くためです。その船代が400万ゴルドで、船は明日出航なんです。お願いします。お願いします」
嘘をついてるとは思えません。
母親を思う気持ちも、わかるつもりです。
朝のフェッラーリ広場で、繰り広げられるやり取りを、沢山の市民も見守っています。
どう着地させるか考えます。
「アイテムを確認させてもらえるかな」
「はい、お願いします」
と言って、冒険者はピッピーノに差し出します。
ピッピーノが僕にみせます。
「鑑定」します。
鑑定結果
「白金のリング」
良品
【聖母の指輪】
防風+20% 防雨+20%
4,000,000ゴルド
「効果と価値は、君の言う通りだね。私も是非欲しいアイテムだ。母親を慕う気持ちもわかる。では、いくらで買取るか」
ピッピーノを見て言います。
「買取り額は、私の騎士ピッピーノに決めてもらおう。価値通り400万ゴルドで買い取るか。それとも外国で母親を探す旅費100万ゴルドを上乗せし、500万ゴルドで買い取るか。どちらか決めてくれ、ピッピーノ」
ピッピーノは思った通り、即断します。
「トキン様、できましたら500万ゴルドでの買い上げをお願い致します」
と言って、深々と頭を下げます。
冒険者も驚き、頭を下げます。
「わかった。エリーゼ」
「はい、トキン様」
エリーゼが、金貨50枚を冒険者の前で袋に入れます。
そして僕に差し出します。
「金貨50枚。500万ゴルドある。交渉成立でいいかな」
袋を手渡します。
両手で受取る、冒険者は大粒の涙を流しています。
「ありがとうございます。お貴族さま。ありがとうございます」
「礼なら、私の騎士ピッピーノに言ってくれるかな」
若い冒険者はピッピーノに向き直り言います。
「ありがとうございます。騎士ピッピーノ様」
深々と頭を下げます。
「礼にはおよばん」
ピッピーノは少し照れくさそうです。
フェッラーリ広場の所どころから、パチパチと拍手がおこります。
それが、広場全体に広がります。
恥ずかしくなって、言います。
「出発が遅れた。行こう」
冒険者に背を向け、馬車に乗り込みます。
〜〜〜
今日の目的地、城壁都市ルッカを目指して、南南東に伸びる街道をフォルトゥーナ号が駆け抜けます。
車内は、先程の一件以来、僕にとって地獄のような空間となっています。
「は〜、トキン様カッコ良かったのです。『礼なら私の騎士ピッピーノに言ってくれ』は〜、萌もえなのです〜」
ニコのメイド、狐獣人のポーラさんが、頬を染めながら、僕のセリフを真似て、ほめ殺し攻撃を続けます。
モフモフ尻尾がピンと立ってます。
僕は赤面し、ニコとエリーゼは肩を震わせます。
先程の広場で、拍手された時より恥ずかしいです。
「ニコ、そろそろ助けてくれないかな」
婚約者であるニコに、助け舟を求めます。
ニコが僕をジッとみつめ言います。
「『母親を慕う気持ちもわかる。では、いくらで買取るか』私はこのシーンも良いと思うわ。ププッ」
まさかの追い打ちに、さらに顔が火照ります。
僕は、うつむいて時が過ぎるのを待つことにします。
「は〜、わかります〜。そこも外せないのです。そこからの『外国で母親を探す旅費100万ゴルドを上乗せし』は〜、オマケで上乗せする金額じゃないのです〜」
僕の心には、険しい旅路が続きます。
〜〜〜
中継地での休息を終え、今日の目的地、ルッカ街手前で異変が起きます。
「ヒヒィ〜〜ン」という、フォルトゥーナの嘶きとともに、馬車が急停車します。
御者席のクワッドが、余裕なく除き窓を三回叩きます。
敵襲の合図です。
すぐさま、前方の除き窓に張り付きます。
ピッピーノが駆け出します。
薄汚れた灰色の狼の群れが、こちらに向かって来ます。
五頭いますが、野生の狼なのか、魔物なのか、僕には判断がつきません。
ピッピーノが馬車の前で、膝を落とします。
「『音斬』ソォオーーーーーーーー」
発声と同時に、剣を横薙ぎに一閃します。
10メドル程の距離がありましたが、五頭の狼は漆黒の霧を残して消え去ります。
車内の女性陣に声をかけます。
「大丈夫、魔物が出たけど、ピッピーノが一撃で片付けたよ」
あえて笑顔で伝え、安心させます。
僕も馬車を降りて、前方へ移動します。
クワッドも弓をしまいます。
フォルトゥーナ達を落ち着かせるため、声をかけながら、ゆっくりと撫でます。
「他はいないようです。トキン様、これを」
ピッピーノが、魔石を五つ手渡します。
「ピッピーノ、ありがとう」
「いえ、オレはトキン様の騎士ですから」
照れくさそうに、ピッピーノが笑顔をみせます。
僕はにっこり頷きます。
急いで車内に戻り言います。
「周囲に気配もないし大丈夫。もし、また魔物が出ても、僕もクワッドも戦えるからね」
おそらくエリーゼも自衛は出来ると思います。
ですが、ニコとポーラさんは違います。
旅に不安を持たないか心配です。
「大丈夫よ、トキン。私もポーラも街道に魔物が出ることは承知してるわ」
「承知してるのです」
「うん、ありがとう」
フォルトゥーナ号が、また力強く駆け出します。
〜〜〜
前方に、今日の目的地、城壁都市ルッカの城壁が姿を現します。
城門に看板が見えます。
『サンピエトロ門』
門番の姿も見えます。
ピッピーノが降りていき、身元と旅の目的地を伝え、話をつけます。
近くで見ると、かなり分厚い城壁です。
見間違えなのか、城壁の上に木がはえています。
ピッピーノが戻り、広場へ向かいます。
中央広場、アンフィテアトロ広場に到着します。
皆で降りて、恒例の身体ほぐしです。
まずは、宿を手配したいところです。
広場の周りを見渡します。
どこも似かよって見えるので、すぐ横の宿に声をかけます。
『旅館 川魚だすよ』
二人部屋を三つ確保します。
フォルトゥーナ号を預けます。
部屋割りは、僕とエリーゼ、クワッドとピッピーノ、ニコとポーラさんです。
昨日と同じく、自由時間とします。
僕は、一時間後にニコと出掛ける約束をして、ベッドに横になります。
「トキン様、出掛けられる前に、お風呂になさいますか」
エリーゼが聞いてきます。
確かにニコと出掛ける前に、さっぱりしておいた方がいいかな。
昨日は、自分で体を洗ったけど、エリーゼに洗ってもらうのと全然違ったし。と思い出します。
「うん、頼むよ。車内で変な汗もかいたしね」
エリーゼがニコリの笑顔で返事します。
「はい、トキン様」
〜〜〜
お風呂から上がります。
やっぱりエリーゼの洗体は格別です。
ただ「泡が目に入ってはいけない」という理由で、「目は必ず閉じる」と約束しています。
どんな洗い方をしてるか、気になりますが約束は守ります。
〜〜〜
旅館前で、ニコと待ち合わせです。
少し早めに来て、ニコを待ちます。
旅館に似つかわしくない、美しい少女が出てきます。
「お待たせ、トキン」
「やっぱり君は綺麗だね」
「フフッ、ありがとう」
手をつなぎ、あても無く、広場をゆっくり歩きます。
大きな教会があります。
『サンマルティーノ大聖堂』
と看板が告げます。
ふらりと中を見学します。
立派な造りに感心します。
また、広場に出て歩きます。
小さなカフェを見つけ入ります。
ジェラート&マリトッツォ
『ルッカ ディ ポロリ』
二人で入ります。
僕はジェラート、ニコはマリトッツォです。
二人で分け合います。
カフェを出ます。
広場の石畳がオレンジ色に染まります。
蝶々が、二人を一周して飛び去ります。
大きな広場を一周して、宿に戻ります。
明日は、シェーナ街です。




