第五話 モンタルチーノ⑤
朝食の時間です。
皆と挨拶を交わし席に着きます。
婚約者のソフィは僕の隣りに座ります。
いつもより距離が近い気がします。
目の前に座るアンナおば様は、昨日より肌艶が良い気がします。
朝食のメニューは、ガーリックトースト、生ハムとルッコラのサラダとオニオンスープです。
食後に僕とソフィとアンナおば様はジェラート。
大人達は朝から高級赤ワインのブルネッロです。
ちなみにモンタルチーノ子爵の名前もブルネッロです。
ワインからとった名だそうです。
息子のロッソ君の名もワインから来てるそうです。
今日の予定を話し合います。
まずは『アンティーク通り』の店選びに決まります。
僕、ソフィ、アンナおば様と赤ちゃんのロッソ君で出かけます。
ロッソ君を手押し車に乗せて出発です。
プリオーリ宮殿前のポポロ広場から、マッテオッティ通りを四人でゆっくり進みます。
「トキン、どうしてお店を三軒にわけるのかしら」
手を繋いだソフィが聞きます。
「小物・雑貨の鑑定をしてて気付いたのは、効果が大きく三つに分かれることなんだ」
「そうなの」
「うん。効果が『心』『身体』、自然と空間の『その他』。この三つに作用する物が多いんだ。もちろん他の効果もあるけどね」
「それで三軒だったのね。それなら、お店の名前は『クオーレ』『コルポ』『アルトロ』ってとこかしら」
「『クオーレ』『コルポ』『アルトロ』か。良い響きだね、ソフィ」
「フフフ、アンナおば様。どうかしら?」
「とっても、良いと思うわ。特に二人で決めたところが最高よ。お店も二人の感性で決めてみて」
アンナおば様が笑顔で言います。
僕とソフィも笑顔になります。
ロッソ君が「おぎゃ」と一声だけ泣きます。
みんなの足が止まります。
「あら、ここは。トキン、アンナおば様。このお店なんてどうかしら」
赤茶色のレンガ造りの建物です。
アーチ状の木製ドアの両脇には、小さなディスプレイ窓がそれぞれあります。
「中も見てみましょう」
アンナ夫人が鍵の束から、一本を探し出しドアを開けます。
店内は焦げ茶色の木材で統一されています。
少し高級感もあります。
壁にかかる棚も、そのまま使えそうです。
「このままで充分、使えるね」
「ここは『自然空間』の候補ね」
床でキラリと光った小石を拾い、ポケットに入れてお店を出ます。
四人でマッテオッティ通り、改め『アンティーク通り』を進みます。
またロッソ君が「おぎゃ」と一声だけ泣きます。
みんなが足を止めます。
「あら、この店の佇まいも素敵ね」
「本当だね、ソフィ。まるでロッソ君がお勧めしてるみたい。ははは」
今度のお店は、白に近いモルタル塗りの外観です。
木製ドアの隣りに、青色の格子枠が付いた覗き窓が一つあります。
「中を見てみましょう」
アンナ夫人がドアの鍵を開けてくれます。
白い床と青色の壁の内装です。
棚を取り付けて、少し手を加えれば、良い感じになりそうです。
「ここも良い候補だね」
「ええ、【逸品】を扱う雰囲気があって良いと思うわ『心』候補ね」
ソフィが上機嫌です。
出入り口の手前で見つけた青色の小石を拾ってお店を出ます。
『アンティーク通り』を進みます。
すぐにロッソ君が「おぎゃ」と一声だけ泣きます。
やはり横には良い雰囲気の空き店舗があります。
ソフィが顎に手を当て「う〜ん」と考え込みます。
「確かにこのお店も素敵だわ。でも今はロッソ君よ」
ソフィがロッソ君の前にしゃがみ込みます。
僕とアンナおば様はキョトンとします。
「ロッソ君、良いお店を教えてくれてありがとう。どれもとても素敵だわ」
ソフィが笑顔でロッソ君を褒めます。
「バブ」とロッソ君が返事をするように応えます。
機嫌がいいです。
「でも君はまだ産まれて半年ほどの赤ちゃんよ。意思を持って伝えるのは不自然だわ」
ソフィは何を言いたいのかなと、思いながら見守ります。
「ロッソ君、あなた中身は転生者じゃないのかしら?」
「ぶっ」と吹き出したロッソ君は、プイッと目を逸らします。
額に汗が浮かんでます。
「フフッ、決まりかしら」
「えっ?ソフィ、いきなりどうしたの」
「ソフィアちゃん、転生者ってどういうことなの?」
僕とアンナおば様は、理解が追いつかずに混乱します。
「私、ご本で読んだことがあるの。前世の記憶を持って生まれ変わるのが『転生』。ロッソ君はこのタイプだと思うの。その場合、特別な能力を持ってることが多いわ」
「じゃ、ロッソ君は赤ちゃんだけど、既に意思疎通が可能なのかな」
「そう言われてみると、ロッソはやけに物分かりの良い子だと思ってたのよね」
「他にも、何かの拍子に、他の世界に移動してしまう『転移』があると書いてたわ。どちらも遠い東にある、島国出身の人に起こりやすい現象らしいの」
ソフィの言った言葉に、思い当たる節があります。
遠い東の島国出身。
移動して来た記憶が無い。
気付くとダンジョンだった。
冒険者のタナーカさんが言ってたことです。
これはソフィが言う『転移』にあたる気がします。
シェーナ街に戻ったら、ソフィも交えてお話してみたいです。
お店はロッソ君がお勧めしてくれた三軒に決まります。
午後からは大工さんと打ち合わせです。
アンティーク通りから、ポポロ広場に戻ります。
「トキン君、ソフィアちゃん。お茶してから帰りましょう」