第四十二話 ミラノ1
僕は今、朝霧に霞むミラノの街をゆっくり移動しています。
フォルトゥーナ号に乗って、霧をまとった幻想的な街並みを、車窓から眺めます。
御者は専属メイドのエリーゼです。
そして僕の隣には、ミラノ侯爵家のニコーレ・ミラノご令嬢。
僕より二つ歳上の七歳です。
今日は水色のロングドレスです。
胸元のやや左側に涙滴型のブローチが煌めきます。
以前、僕がプレゼントした【銀ガラスの涙ブローチ】防風+25、防寒+25のヴェネチアングラスの逸品です。
ニコは自身が立ち上げたブランドの、デザイナーであり経営者でもあります。
その才能から【ミラノの才女】と呼ばれています。
そして僕の二番目の婚約者でもあります。
朝食を終えた僕たちは、時間を惜しんで街に繰り出したのです。
ニコは馬車に乗り込むのと、ほぼ同時に僕の手を握ってきました。
僕もキュっと握りかえします。
しばらくして馬車がゆっくり停まります。
馬車留めに紐をかけ、エリーゼがドアを開けてくれます。
僕が先に降りて、ニコに手を差し伸べます。
笑顔で「ありがとう」と手をとります。
「トキン、ここが大商店街よ。まだ朝だから開いてないお店も多いけど」
眼の前に広がる街を見渡します。
十字に走る通路の上に、ガラス製の屋根が100メドルを超えて伸びます。
床には色付きの小石が並び、紋章や神獣などを模したモザイク画が目を楽しませます。
また通路に面した建物正面の装飾もとても綺麗です。
4階建ての高さで統一された建物が続く大商店街にしばし圧倒されます。
「トキン、大商店街に来たら、まずはここで御呪いよ。この紋章の上に片足で立って、踵を軸にクルッと一回転すれば、またミラノに来れると信じられてるわ」
ニコがクルッと一回転して、お手本をみせてくれます。
「うん、やるよ。またミラノに来たいからね」
どの貴族家の紋章かはわかりませんが、ニコに言われた通りクルッと一回転します。
これでまたニコに会えます。
「トキン、ここが私のお店よ」
十字路の角に面する超一等地、そこにニコのお店があるようです。
派手な看板はありません。
透明なガラス戸に、白色で小さく店名がみえます。
『スクルミッツォ』
このシンプルさが、オシャレに感じるのだから不思議です。
ニコがお店の鍵を開け、手招きします。
「トキン、入って。エリーゼさんもどうぞ入って座ってね」
「「おじゃまします」」
と声を揃えて欅材で統一された店内に入ります。
同じく欅材でできた応接セットに腰掛けます。
ニコがグラス三つと、ポットを一つトレーにのせて持ってきます。
「ライムティーよ」
といってそそいでくれます。
「ありがとうニコ。そうだエリーゼ、馬車にティラミスがあったでしょ」
「はい、お持ちします」
エリーゼが一度店をでます。
「フフッ。トキン、どうして馬車にティラミスがあるのかしら」
「はははっ、そうだよね。保冷効果がある【古代の逸品】を持ってるんだ。小さいサイズだから座席の後ろに設置しててね。昨日、ベニスをたつまえにティラミスを買っておいたんだ」
「そうだったのね。馬車の揺れを感じなかったのも、トキンが何か仕込んだのね」
「ははは、うん。あっそうだ、ニコ。仕事で使えそうなアイテムがあるんだ」
僕は背負っていたカエルのリュックから、二つのアイテムを取り出し説明します。
【女王蟷螂のハサミ】
力+15、体力+15
【古竹の物差し】
器用さ+10
「【古代の逸品】をもらっていいの」
「もちろんだよ。直接使用しなくても、例えばエプロンのポケットに入れてるだけで効果があるから」
「それはいいわね。試作品をつくるとき、私が裁断するから、ハサミも物差しもすごく助かるわ。ありがとうトキン」
「ニコに喜んでもらえたなら、僕も嬉しいよ」
二人でにっこりです。
エリーゼが、直径15センチのホール型ティラミスをお皿に乗せて帰ってきます。
ニコが取り分け用の食器を持ってきます。
透明なガラス製の小皿とフォークです。細いオレンジ色のストライプがはしりシンプルで上品です。
三人で早めのティータイムと会話を楽しみます。
やはり話の中心はファッションです。
なんと半年先と一年先に流行する、色とデザインは、もう決まっているというのです。
ここミラノの有力者が数名集まり、次の流行色とデザインを決めるそうです。
そして王侯貴族や豪商の服飾担当者を招き、お披露目して注文を請けるというのです。
全く知らなかった世界です。
また、ニコ自身は新作デザインと試作品をつくることに専念してるといいます。
お店は従業員を雇い、服飾製造と販売を任せ、あまり顔を出さないらしいです。
「トキン、そろそろ目的のお店も開くはずよ」
「そんなに時間たってたんだ」
時を忘れて話していたようです。
お店の戸締まりをして、大商店街でウインドウショッピングを楽しみます。
「ここよ、トキン」
僕は看板を見上げます。
塗り薬 専門店
『痛風の勇者』
「えーと・・」
「フフッ、反対側よトキン」
「そうだよね」
振り返り看板を見上げます。
小物雑貨専門店
『ため池の人魚姫』
あ〜このパターン、知ってます。
姉妹ではなく、三姉妹だったようです。
ニコとお店に入ります。
かつて経験した店内デートです。
必勝パターンも心得てます。
エリーゼは少しはなれて、僕たちを見守ります。
宝石、貴金属、木製品などで、コーナー分けされている店内を、手をつないで会話も楽しみながら歩きます。
「あら〜ニコお嬢、いらっしゃい。となりのヤング・ボーイは私への捧げ物かしら」
細マッチョで三十代くらいの男性、いや女性型店長さんです。
まぶたに厚く塗られた、青色のアイシャドウ。青色のつけまつ毛。そしてアゴヒゲの剃りあとが、人魚姫感を出しています。
「メイちゃん、おはよう。こちらはヴェネート公爵家のトキン様よ」
ニコが紹介してくれます。
「こんにちは、僕はトキンです」
にっこりでペコリします。
「あら〜こんにちは。貴方が噂のトキン・ボーイ。ということはお忍びかしら。詮索はしないわ、ゆっくりしていってね。ちなみに私、今夜あいてるから」
メイちゃんが、気を利かせて離れます。
「ちょっと意外ね。トキンはメイちゃんをみても驚かないのね」
「あ〜、うん。実はね・・」
僕はしっかり説明します。
シェーナ街『野生のバニーガール』バニーちゃん
ベニス街『天然のマグロ女』マグロンちゃん
さらに、ここミラノ街にいるメイちゃんと三姉妹ではないか。との仮説も伝えます。
「なるほどー。やっぱり旅も楽しそうね」
「うん。色んな人に出会えるからね」
店内デートを続けます。
ニコが手繋ぎから、腕組みにチェンジします。
ときおりニコの小さなお胸が、僕の肘にあたりますが、何でもないように振る舞います。
もちろん内心ウハウハです。
二人で楽しい時間を過ごします。
ニコが目を留めたアイテムも見逃しません。
たっぷり時間をかけて、店内をまわり終えます。
僕はショーケース越しに、店長へ目配せし、軽く右手をあげます。
「メイちゃん、これを見せてください」
僕は一つのアイテムを指さします。
店長がそっと僕の手にのせます。
鑑定結果
「銀のヘアピン」
良品
【五芒星の髪留め】
肌艶+3%
60,000ゴルド
「ニコ、この銀のヘアピンは【五芒星の髪留め】という銘の古代の逸品なんだ。初めて二人で出掛けた記念に、この流れ星のヘアピンを君に送りたい。受け取ってもらえるかな」
「フフッ、とっても嬉しいわ。ねえ、トキンがつけて」
といって今日一番の笑顔をみせてくれます。
僕はつける位置をニコに確認しながら、尾を引く流れ星のヘアピンを銀髪に留めます。
他にも二つほどアイテムを購入して店をあとにします。
馬車に乗って次の目的地へ向かいます。
大商店街を抜けてすぐ眼の前です。
「ここがオペラの聖地、ミラノ・スカラ座か」
「トキン、これを着て。服装規定があるわ。さっきお店から持ってきたの」
ニコが馬車から、紺色の上着を持って降りてきます。
「ありがとう。これってニコのブランドのかな」
僕はカエルのリュックをおろし、エリーゼに預けます。
「そうよ。サイズも問題ないようね。じゃあ、トキン。私をエスコートしてもらえるかしら」
ニコが笑顔で待ってます。
僕もにっこり頷きます。
差し出した僕の左腕に、ニコが右腕をからめます。
「ニコーレお嬢様、参りましょうか。とは言ったものの、私めは勝手がわからぬ愚か者ゆえ、道案内をお願い致したいところです。はははっ」
「フフッ。トキン様、ご案内致しますわ。私より半歩だけ先を歩いて下さいまし」
紳士淑女ごっこをしながら、スカラ座の館内を進みます。
個室に入ったところで、ニコが大きく息をはきます。
「フウぅ、面白かった。ここがミラノ家専用の貴族用個室よ」
「ミラノ家専用の個室か、いい部屋だね。それにしても客席の数が凄いね。何人入れるのかな」
「二千人は入れると聞いてるわ」
「屋内で二千人は凄いね」
「オペラが始まるみたいね。楽しみましょう、トキン」
〜〜〜
一時間程のオペラ鑑賞を終えます。
いまだ興奮冷めやらない二人を乗せて、馬車はまた大商店街をゆっくり駆けます。
「「サンタルチア〜♪聖女ルチ〜〜アッ♪♪」」
「フフッ、トキンもオペラを気に入ったようね」
「はははっ、うん。凄く気に入ったよ」
大商店街を抜け、馬車が静かに停まります。
「あれ、もう着いたの?さっきも大商店街を抜けてすぐミラノ・スカラ座に着いたけど」
「フフッ、都市計画のおかげよ。大聖堂を見学しながら説明するわ」
眼の前に建つミラノ大聖堂を、しばし見上げます。
ニコにうながされて中に進みます、そしてその荘厳さに言葉を失います。
「ミラノ街の中心部は、街道と建物の配置まで、事前に計画して街づくりされてるの。それが都市計画よ。専門の設計者もいるわ」
「なるほど、街道沿いに人々が集まって、村や町になったのとは違う。事前の都市計画か。凄いなー、僕ミラノに来てから「凄い」ばっかり言ってる気がするよ」
「フフッ。ねえ、トキン。今日予定してた街の案内はこれで終わりよ。夕食にはまだ少し早いけど、宮殿に戻りましょうか」
僕はミラノ大聖堂前の広場を、見渡してお返事します。
「うん、そうだね。ただニコ、僕ちょっと喉が渇いたというか、お腹が空いたというか、あそこの屋台のジェラートが気になるというか」
「フフッ」
「ちょっとお行儀悪いけど、一緒に食べてくれると嬉しいというか」
と言って、ニコの表情をチラチラ伺います。
「しょうがないわね。お母様にはナイショよ」
「ありがとう、ニコ」
エリーゼに頼んで、ジェラートを三つ買ってきてもらいます。
馬車の中で、さっぱり美味しいジェラートを三人で頬張ります。
少し早めに️スフォルツェスコ宮殿に戻ります。




