第三十話 ベニス⑱
「あら、トキン。とっても楽しそうね。お邪魔だったかしら。フフフ」
「えっ、ち、ちっ、違うんだ〜」
あれから、どれだけの時間が流れたのでしょうか・・
シェーナ街に居るはずの、婚約者ソフィア・トツカーナ伯爵令嬢が、突然お店に現れます。
一緒にお茶をしていた三人は、ソフィに挨拶をした後、煙のように消えてしまいます。
エリーゼとクワッドは帰ってきません。
外の看板をしまい、店じまいした万全の状態で、ソフィと向き合ってます。
ソフィは身体を少し横に向け、腕組みしてます。
もちろん、僕は正座です。
「もういいわ。夕食会の時間には、少し早いけど戻りましょう」
「はい、仰せのままに」
僕は、カエルのリュックと、マジックバッグと、アルジェントの鳥かごを手に、裏手からお店を出ます。
外には、トツカーナ伯爵家の家紋が入った馬車がとまっています。
御者はジュゼッペ執事長です。
久しぶりに見たジュゼッペさんに、ぺこりとお辞儀して馬車に乗り込みます。
「トキン、そのフクロウは何かしら」
「この子はアルジェントって名前の、カラクリ鳥なんだ。気まぐれで定型文を話すんだ」
「お話できるの?」
「うん。これまで、3つの定型文を聞いたよ。え〜とね、
【おい、お前。よく来たナ。待ちくたびれたゾ】
【おい、お前。ついてるナ。明日、幸運に出会うだろウ】
【おい、お前。ただで済むと思うなヨ。ケツの毛まで抜いてやるからナ】
お話したのは、この3つだよ」
「フフッ、面白い子ね」
「うん、そうなんだ。お話するタイミングもバッチリでね。かわいくて、賢いんだ」
馬車がとまります。
「そうだ、ソフィ。夕食会まで僕の部屋でお話しよう」
「そうしたいけど、お着替えがあるわ。夕食会の後にね」
「そっか、わかった。じゃまた後でね」
宮殿入口で控えていた、執事とメイドに二人の案内を頼んで、自室へ向かいます。
部屋にはエリーゼがいます。
「トキン様、先に戻ってしまい申し訳ございません」
「うん、大丈夫。きっと、びっくりさせたいから、とか言われたんでしょう」
「はい」
「こっちは本当にびっくりして、心臓が止まるかと思ったよ。今日の客人はトツカーナ伯爵家だったんだね」
「はい、それとミラノ侯爵家になります」
「えっ、ミラノ侯爵も来るの」
「はい。トキン様がお会いしてない、ニコーレご令嬢とステファノご子息も同席します」
「ご婦人の名前はレベッカ夫人であってる?あと、二人の情報は何かあるかな」
「はい、あっています。ニコーレご令嬢は今年七歳になります。ファッションデザインのセンスを活かして、ご自身のブランドを立ち上げており【ミラノの才女】と呼ばれています」
「才女と呼ばれて、ブランドを持ってる。すごいね、ニコーレさんは」
「ステファノご子息は、まだ三歳のお子様です。興味がある物の、情報はございません」
「なるほど、わかった。夕食会まで、まだ少し時間あるよね。お風呂でサッパリしたいんだ。変な汗かいたから」
「では、急ぎましょう」
エリーゼに体を洗ってもらい、身も心もサッパリします。
カッコいい服に着替えて、夕食会を迎えます。
久しぶりに会う、ミラノ侯爵夫妻と、トツカーナ伯爵夫妻に挨拶します。
初めて会う、ニコーレ・ミラノ侯爵令嬢は、美少女なのに気さくで、はなしやすい素敵な女性です。
ステファノ君は、まだ幼くて、レベッカ夫人にべったりです。
楽しい夕食会が終わります。
レオナルド様が言います。
「トキン、ソフィア嬢、それとニコーレ嬢は、私について来てくれるかな。星空が綺麗なとっておきのバルコニーに招待しよう」
レオナルド様に続いて歩きます。
宮殿四階のバルコニーに出ます。
僕も初めて入る場所です。
既にメイド達がお茶の準備を整えて待っています。
皆、無言で夜空を眺めます。
立待月を中心に、赤、青、橙色と様々な色を放つ星々が煌めきます。
その一部を、夜のアドリア海が写しだします。
レオナルド様が、静かに語り出します。
「あの名月を、ソフィア嬢に喩えるなら、その北側でひときわ輝く、青い星はニコーレ嬢と言えるだろう」
皆、黙ってお話に耳を傾けます。
「星空はあまりに大きく、人の手に余る。それでも私は、より多くを照らしたい。そしてそれを君達につなぎたい」
突然の南風が、ソフィとニコーレさんの髪を揺らします。
「アドリア海が魅せる星空もまた広い。南西に輝く月と、北に輝く青き星。もっと多くを輝かせることが、君達にはできるはずだ。期待しているよ」
レオナルド様が、軽く右手を上げ、静かに去ります。
メイド達が、お茶を勧めてきます。
三人で着席して、一息いれます。
「レオナルド様が言ってたこと、わかりそうで、わかんないや」
「レオナルド様が星空担当、トキン様がアドリア海担当です。ふふ」
ニコーレさんが、笑いながらヒントをくれます。
「トキンは女性のことになると、少し鈍いところがあるわ。フフッ」
ソフィとニコーレさんが、顔を見合わせ、クスクス笑ってます。
希望も込めた直感で言ってみます。
「違ったらごめんね。ニコーレさんも僕の婚約者になるってこと?」
ニコーレさんが、驚いた顔を一瞬だけみせ、椅子の横に立ちます。
「不束者ですが、よろしくお願いします。トキン様、そしてソフィアさん」
ニコーレさんが綺麗なカーテシーをとります。
僕もソフィも席を立って言います。
「やっぱりそうか。これからよろしくね、ニコーレさん」
「よろしくお願いしますわ、ニコーレさん」
僕は、突然のお話に驚きはありましたが、不思議とあっさり受け入れることができました。
ニコーレさんが、とても素敵な女性だったからでもあります。
三人座って会話を続けます。
「僕達は将来、家族になるんだから、様やさん付けはやめよう」
僕はにっこり提案します。
「そうね、そうしましょう。ニコーレ」
「わかったわ、トキン、ソフィ」
僕はにっこり頷きます。
「でも、私との婚約は内々の話よ。対外的には、発表しないわ」
「そうね。まだまだ増えるから」
「そうなの?あっ、それをレオナルド様は君達でって言ったのか」
「そうよ。しかも領地の場所も考慮しないといけないわ。大変よ。フフッ」
星空のもと、たわい無い会話を楽しみます。
アドリア海の波音を聴きながら、少しだけ夜更かしします。




