番外編 SS 船頭に憧れる若き凄腕剣士②
ベニスの一番北の外れに、小さな家が建ち並びます。
その内の一軒に、母一人、子一人が仲良く暮らしています。
「母さん、お花買ってきたよ」
「お帰り、ピッピ。やっぱり父さんが好きだった「赤いアストランティア」にしたんだね」
「うん、父さんに喜んでほしいからね。さあ、母さん」
花束を渡した息子は、母に背中を向けてしゃがみます。
「ありがとね、ピッピ」
母を背負った息子が、南にある小さな教会を目指して歩きます。
「母さん、今日は風が気持ち良いね」
「そうだね、父さんが喜んでるのかもね」
小さな教会に着きます。
年老いた神父が一人居るだけの、古びた教会です。
昨日、舞い込んだ幸運の感謝を込めて祈ります。
裏手の墓地に移動します。
父が眠る墓標の前で、母をおろします。
二人で落ち葉を片付け、赤いアトランティアを手向けます。
沢山、お話して教会に戻ります。
「こんにちは、神父様。母さんの膝を、回復魔法で治してもらいたいんです」
神父は少し悲しい顔で言います。
「ワシの回復魔法では、痛みは取れても治すのはかなわん。すまないのう」
「母さんの膝は、もう治らないくらい酷いのですか」
「あまり良くないのう。大聖堂の聖女様なら、治せる可能性があるかもしれんのう」
「わかりました。神父様、ありがとうございました」
母を背負った息子は、さらに南を目指します。
「ピッピ、大聖堂に向かう気かい」
「うん。すぐ観てもらえなくても、予約とかできるかもしれないからさ」
ゴンドラ乗り場に着きます。
「母さん、ゴンドラに乗ろう。サンマルコ広場までは、さすがに遠いからね」
母は嬉しそうに頷きます。
ゴンドラが母子を乗せて、ゆっくり進みます。
「やっぱりゴンドラはいいね、ピッピ」
「ほんとだね、母さん」
サンマルコ大聖堂の近くに、ゴンドラが着きます。
息子は母を背負って、大聖堂に向かいます。
大聖堂の案内係が言ってます。
「聖女様の治療予約は、二年先までうまっています。現在予約受付はしておりません」
足を止めた息子に母が言います。
「ピッピ、帰ろう。久しぶりにゴンドラに乗れただけで、母さん嬉しかったよ」
「そんな、予約すらできないなんて。ぬか喜びさせてごめんよ、母さん」
「ピッピが謝ることはないよ。さあ、涙を拭いて」
母子の会話を、すぐ後ろで聞いていた小さな女の子がいます。
女の子は二人の後ろ姿に、右の手のひらを向けて、目を瞑ります。
静かに手をおろし歩き出します。
母を背負った息子は振り返り、足取り重くゴンドラ乗り場に向かいます。
修道女姿の女の子とすれ違います。
母を優しくゴンドラにおろします。
「あれ?ピッピ。母さん、奇跡が起きたかもしれないよ」
息子は首を傾げます。
母が不安定なゴンドラの上で、立ち上がり、目の前の息子を抱きしめます。




