番外編 SS 船頭に憧れる若き凄腕剣士
ベニスの一番北の外れに、小さな家が建ち並びます。
その内の一軒に、母一人、子一人が仲良く暮らしています。
部屋の家具は少ないですが、互いを思いやる優しさは、いっぱいの母子が住んでいます。
「母さん、ただいま。聞いてよ」
「お帰り、ピッピ。どうしたんだい、珍しく慌てて」
「先月の利息分で、鎧一式無くなったからさ、東のグラスダンジョンに行ったんだ」
母は、優しく頷きます。
いつも、ピッピの気が済むまで、お話を聞いてくれます。
薄い麦茶をそっと差し出します。
「そこは、一番弱いと言われる、スライムっていう魔物だけが出るんだ。そこで初めて見る、白いスライムを見つけたんだ」
「それは珍しいのかい?」
「うん、出会えたのは物凄い幸運だよ。それで倒した後に綺麗な腕輪を残したんだ。絶対に高価な物だと一目で分かるくらいの」
「腕輪かい」
「うん。ガラス製だから、割らないように慎重に持って、早めにダンジョンを出たんだ」
「慎重なピッピらしいね」
母はくすくす笑います。
息子も頭をかいて照れます。
照れ隠しに麦茶を一気に飲みほします。
「ダンジョンを出たら、以前は無かった水場を見つけたんだ。そこで軽く身体を洗ってさ、なんとなしに水場に続く細い水路を辿ってみたら、無料の鑑定屋に着いたんだ」
母は優しく頷きます。
「そこで、腕輪を鑑定してもらったら、買取り価格は1,500万ゴルドだって言うんだ」
「1,500万ゴルド?本当なのかい。父さんが残した借金を返しても、お釣りが出るじゃないかい」
「うん、そう言うんだ。でもそれだけじゃないんだ。もっと凄い話が待ってたんだ」
「1,500万ゴルドより、凄い話があるのかい?」
「うん。その鑑定屋の店長が、公爵家のトキン・ヴェネート様だったんだ」
「そういえば、後継者のトキン様が、ベニスに滞在してるって噂話は聞いたよ」
「そのトキン様に会ったんだ。それで公爵家の船頭にならないかって誘ってもらったんだ」
「ピッピが公爵家の船頭にかい。それは確かにお金より凄いことだね。こんな名誉な話はないよ。ああ、神様感謝いたします。父さんとご先祖様にも報告しないと」
「うん、本当にありがたい話なんだ。明日、朝一番で教会に行こう。オレがおんぶするからさ。これで母さんの膝の治療もできるよ」
母は優しく微笑みます。
「ピッピ、トキン様への感謝を、絶対忘れちゃいけないよ」
「もちろんだよ、母さん。オレ、トキン様のために一所懸命働くよ」
代々続いた船頭の家系に、久しぶりの吉報が舞い込みます。
高利の借金に苦しみながらも、お金より名誉を重んじる、そんな母子に幸運が訪れようとしています。




