第二十九話 ベニス⑰
ピッピーノさんが興奮気味に言います。
「1,500万ゴルド、そんなに。それなら冒険者を辞めて、船頭になる夢が叶います」
僕も興奮気味に言います。
「えっ、ちょっと待ってください。その若さでBランクの実力者なのに、引退ですか」
「はい、剣をふるい技を磨くことは、スキルに恵まれたこともあって、大好きなことです」
僕は頷きます。
「ですが、オレは自分の船を持って船頭をすることが、小さな頃からの夢なんです」
「わかりました。少しだけ待ってて下さい」
僕は裏の作業場に移ります。
【氷無のコップ】保冷+15%を二つ食器棚から取り出します。
【保冷の小物棚】保冷+35%、空間×600%から、ハーブティーを取り出して注ぎます。
二つのグラスを木製トレイにのせて、鑑定室に戻ります。
グラスをピッピーノさんと、ジュリアーナちゃんに手渡します。
「ジュリアーナちゃん、もう少し待ってて下さい」
ジュリアーナちゃんは、コクコク頷きます。
「ピッピーノさん、お店の奥に案内します。ついて来て下さい」
ピッピーノさんが頷いてついてきます。
作業場を通り越して、裏手から外に出ます。
「ピッピーノさん、このゴンドラはヴェネート公爵家が所有しているものです。まだ専属の船頭がいません。よかったら、検討してもらえますか」
「ヴェネート公爵家所有のゴンドラ・・・確かに船尾に描かれた「有翼のライオン」は公爵家のもの。トキンさんはひょっとして、公爵家の方なのですか」
僕はにっこり頷きます。
「はい、トキン・ヴェネートといいます」
「これは失礼しました」
ピッピーノさんが片膝をついて、頭を下げます。
右手にコップを持ってるので、少し面白いです。
「ピッピーノさん、頭をあげて下さい。今日はとりあえず、先程鑑定したアイテムの一割にあたる150万ゴルドをお渡しします。明日、残りの分をお支払いします。返事はその時に聞かせてもらえますか」
「わかりました。それでお願いします」
二人で店に戻ります。
ピッピーノさんは、最後まで礼儀正しくお店を後にします。
「ふぅ」休む間もなく、お話します。
「ジュリアーナちゃん、大変お待たせしました」
ジュリアーナちゃんの目が少し潤んでいます。
待たせ過ぎたかもしれません。
「じゃ、もう一度、最初からね」
カラン、カランッ♪と元気にお店を出て行きます。
カラン、カランッ♪
「やっふぃい〜、噂の美少女・弓使いジュリアーナちゃんだよっと」
「やっふぃい〜、ジュリアーナちゃん。僕はトキンです」
ジュリアーナちゃんが、にっこり言います。
待たせたお詫びに付き合います。
「トキン、あなた才能あるわ。20点プラスしちゃうぞ」
「何かが20点もプラスされた。やっふぃい〜」
だんだん楽しくなってきました。
「アハハ、じゃこれお願いね」
「はははっ、観てみますね『鑑定』」
鑑定結果
「ガラスの花瓶」
良品
【紫ガラスの花瓶】
清浄+20%
400,000ゴルド
ベネチアングラス。
「ふむぅ〜ん、観えました。「ガラスの花瓶」は銘を【紫ガラスの花瓶】効果は清浄+20%の逸品です。価値は40万ゴルド。買取りなら10万ゴルドになります」
「そうなんだ〜。ジュリアーナお花が好きだし、持って帰るわ。ごめんね、トキン」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりも待たせてしまって、ごめんなさい」
「全然。私『待つ派』の美少女なの。むしろ待たされたいの、だから嬉しかった。ありがとう、トキン。まったね〜」
カラン、カランッ♪
ジュリアーナさんが帰ります。
だいぶ放置してしまったはずです。
なのにお礼を言われます。
カラン、カランッ♪
おっと、次のお客さんです。
三人の女の子が入ってきます。
Dランクパーティー『行き場のない次女』さん達です。
「こんにちは、トキン様」三人が同時に挨拶します。
「こんにちは。ローニャさん、トーヴァさん、ラーラさん」
「トキン様、今日も何も成果が無かったの」
「でも顔を出してしまったのん」
「ご迷惑だったでしょうか」
僕はにっこり首を振ります。
「そんなことないよ。今、お茶を淹れるね」
「そんなトキン様自らなんて、とんでもないですわ。ぜひ私に淹れさせて下さい」
「え、いいの?エリーゼ達が出かけててさ。手伝ってくれるなら助かるよ」
「はい、任せて下さい。こう見えても家事スキルは持ってますわ」
「じゃ、みんな裏の作業場でお茶しようよ」
ローニャさん達と、裏の作業場に移ります。
「台所が狭いからトーヴァさんとラーラさんは、先に座って待っててね」
僕が食器棚から、グラスを四つ取り出します。
「ローニャさん、その棚から飲み物出してね」
「はい、トキン様」
ローニャさんが手際良く、グラスにハーブティーを注ぎます。
「さすが伯爵家ご令嬢だね。所作がとっても綺麗だ」
「そんな、お恥ずかしいですわ」
ローニャさんが顔を赤らめます。
「ヒュ〜、ヒュ〜」と二人が揶揄います。
「ローニャさん、この皿にティラミスも分けてくれるかな」
「はい、トキン様」
やはりとても所作が綺麗です。
ローニャさんがティラミスを切り分ける間に、僕はフォークを準備します。
四人が席に着きます。
「いただきます」と声を揃えます。
「ちょうど、一休みしたかったから、来てくれて良かったよ」
「トキン様がお疲れのようなの。ラーラ、腕の見せ所なの」
「トキン様、ラーラにお任せなのん」
ラーラさんが、席を立って僕の後ろに回り込みます。
「ユニークスキル『按摩』発動なのん」
ラーラさんが、僕の肩を揉みほぐしてくれます。
「ラーラさん、ユニーク持ちだったんだ。とっても気持ちいいや」
「私の『按摩』は、疲労回復効果が高いのん」
「ラーラさんを、お嫁にもらう人は幸せ者だね」
「トキン様に言われると照れてしまうのん」
「はははっ」
「トキン様。はい、あ〜んして下さい」
「うん、ありがと。あ〜ん」
隣りに座る、ローニャさんが、ティラミスを口に運んでくれます。
トーヴァさんが席を立って、ハーブティーのおかわりを淹れてくれます。
まるで美女をはべらす、王様になったようです。
「ヒヒ〜ン」と鳴き声が聞こえます。
エリーゼ達が帰って来たようです。
外扉が開きます。
「あら、トキン。とっても楽しそうね。お邪魔だったかしら。フフフ」
「えっ、ち、ちっ、違うんだ〜」




