番外編 SS 目の前に転がり込んだ好機
夕暮れ前の、造船所通りの一角。
ドレスを着飾った、小さな女の子達が、エメラルド色の建物を前に立ち止まります。
「建物の幕がとられてるのん」
「何のお店かしら」
「鑑定屋さん、みたいなのん」
「『トキンの虫眼鏡』と書いてあるわ」
「『トキンの虫眼鏡』って、トキン・ヴェネート様が、トツカーナ伯爵領でやってる鑑定屋さんのはずなの」
「ええ、私もそう聞いてますわ。ですがベニス出張所となってますわ」
「ベニスに来るんじゃないのん?」
「それが本当なら、凄いことですわ」
「高位貴族の当主ですら、勝手に会うことも、贈り物をすることも禁じられてるのん」
「でも、鑑定が目的なら会えるの?」
「貴族家の者は、慎重に行動しないと、ダメだと思うのん」
「この場所にあるということは、グラスダンジョン帰りの、冒険者を想定していると言えますわ」
「冒険者の立場なら、お話するチャンスなの」
「それなら、私達にもチャンスがあると言えますわ」
「凄いのん。貴族家の長女達より、私達の方がトキン・ヴェネート様に近いのん」
「問題は鑑定してもらうアイテムなの」
「そうね。Fランクの私達では、鑑定価値のあるアイテムが、なかなか手に入らないわ」
「ダンジョン一階層だと、アイテムのカケラすら、なかなか出ないのん」
三人の小さな女の子達は悩みます。
水色の髪をショートカットにした女の子が言います。
「そうだ。何日か前に、偶然拾った腕輪を、観てもらうといいのん」
「たしかにありましたわ」
「あとは、いつ開店するかなのん。是非とも最初のお客になるのん」
「私達の実力じゃ、鑑定に値するアイテムを毎日持って来れないの」
「その後はできれば、ダンジョン帰りに毎日顔をだす、常連客のようになりたいですわ」
「賛成なのん。きちんと名乗ったあとは、貴族令嬢じゃなくて、知り合いの冒険者として接するのん」
「なるほどなの。まずは私達を知ってもらう作戦なの。そこからお友達に進むの」
「成果がなくても、毎日顔をだす作戦なのん」
「お友達になれたら、凄いことですわ」
三人の小さな女の子達は、足取り軽く石畳を進みます。
どん詰まりの水路の横にある、安宿の一室に消えていきます。




