第二十二話 ベニス⑩
僕は今、お店の開店準備をしています。
僕が掃き掃除、エリーゼが拭き掃除です。
綺麗にして、お客さんを迎えます。
ふと、カウンター上の、鳥かごに目がいきます。
「あっ、アルジェントにあげた宝石と金属が減ってる」
「本当ですね。「銅のペン先」だけ残して他は消えてます」
「そうか、銅は貴金属じゃないや。ちゃんと見分ける力もあるんだね。アルジェントは偉いね。僕も気をつけるね」
「トキン様、アルジェントに宝石や貴金属をあげ続けたら、成長したりするのでしょうか」
「ふむぅ〜ん。そうだと嬉しいけど、どうなのアルジェント?」
アルジェントは何も言いません。
「確かアルジェントは、魔女っ子にこういったんだ」
『ボクは古の銀梟。今はアルジェントと呼ばれていル』
『ボクに宝石か貴金属をあげるよう伝えてほしイ』
「だから、あげたいって思っちゃたんだ。たとえこのままでも、お話できて可愛いからいいんだ」
「わかりました。トキン様は本当に可愛いものが大好きですね」
「うん。可愛い物が大好きなんだ。ねぇ、アルジェント」
アルジェントは何も言わず、ただお店の入り口を見つめます。
「看板出してくるね。エリーゼは、掃除用具の片付けお願い」
A型の看板を持って外に出ます。
店頭の水がめの前に人がいます。
ゴクリと音が聞こえます。
小さな男の子です。
「こんにちは、僕はトキンです」
僕はにっこりで言います。
「こ、こんにちは、オイラは狸獣人のクワドリフォーリオって言います」
クワドリフォーリオ君は、ペコリとお辞儀します。
「トキン様が、ベニスにお店を出したと聞きつけて、田舎から出てきたんです」
「僕を訪ねてきたの。わかった、中でお話を聞くよ。さあ、入って」
僕はクワドリフォーリオ君を、お店の中に招き入れます。
「お邪魔します」と礼儀正しく付いてきます。
「エリーゼ、紹介するよ。狸獣人のクワドリフォーリオ君。僕に用があるらしいんだ。作業場でお話するから、お茶をお願いね」
「オイラは、クワドリフォーリオです。お邪魔します」
「こんにちは、エリーゼと申します。トキン様の専属メイドをしております。すぐお茶をお淹れします」
【おい、お前。よく来たナ。待ちくたびれたゾ】
「あっ、アルジェントが話した」
「トキン様、本当ですね。初めて見ました。かわいいですね」
アルジェントが金属の羽を、上下にばたつかせます。
「え〜と、あのカラクリ鳥は・・」
「はははっ、後で説明するよ」
僕は鳥かごを持って移動します。
作業場の椅子に腰掛けます。
鳥かごをテーブルの上に置きます。
「あらためてトキン様、お時間をいただき、ありがとうございます」
「うん、ちょっと待ってね。エリーゼが来たら三人でお話しよう」
エリーゼが作業場の隅にある、簡易台所でハーブティーを淹れます。
【保冷の小物棚】保冷+35%、空間×600%の中から、ティラミスを出して切り分けます。
三人分のお茶が用意できました。
エリーゼも席に着きます。
「お行儀悪いけど、食べながらお話しよう。遠慮しないで食べてね」
「はい。ありがとうございます。オイラは狸獣人のクワドリフォーリオです。四歳です。トレント司教領のボルツァーノ村から、トキン様を訪ねてベニスに来ました」
「僕にどんな用事なのかな」
「オイラを雇ってほしいです。きっとトキン様のお役に立てる、ユニークスキルを持ってます」
「えっ、ユニークスキル持ちって凄いね。どんなスキルか教えてもらえるのかな」
「はい、オイラのユニークスキルは『探査』です」
「『探査』」
「はい、オイラの半径十メドル以内にある【古代の逸品】の場所がわかります。これは途中で拾って来た、不良品素材です。どうかお納めください」
「凄い!すごいスキルだね。クワドリフォーリオ君」
「ありがとうございます。トキン様、オイラの名前は長いので、クワッドと呼んでください。エリーゼさんもクワッドでお願いします」
僕とエリーゼは、にっこり頷きます。
「クワッド君を雇うとして、希望の条件はあるのかな」
「できれば、田舎での一般的な生活費、月二十万ゴルドをいただければ、家族に仕送りできて嬉しいです」
クワッド君が遠慮がちに言います。
「わかった。クワッド君には、僕、直属の家人になってもらいたい。手当ては月々五十万ゴルド。先払いで一年分の六百万ゴルドを、今すぐ払うよ。それでどうかな」
「ご、ご、ご、五十万ゴルド」
クワッド君の口が、開いたままになります。
「ヴェネート公爵家の家人なら、そのくらい貰うはずだよね。エリーゼ」
「はい、私ももう少し頂いております」
クワッド君が立ち上がります。
「トキン様、エリーゼ先輩、お世話になります。オイラ、頑張ります。よろしくお願いします」
クワッド君がペコリとお辞儀します。
僕も立ち上がり、笑顔で握手を交わします。
「よろしくね、クワッド」
三人でティラミスを食べながら、談笑します。
クワッドは六人家族の三男だそうです。
手当ての一年前払いは、辞退したので、五十万ゴルド(金貨五枚)を渡します。
細かな契約は、宮殿に戻ってからと伝えます。
ティラミスを食べ終え、ハーブティーのおかわりを注ぎます。
エリーゼが一度、ドゥカーレ宮殿に戻ります。
クワッドを雇うことと、宮殿に住むことを伝えるためです。
僕のことは、行商人から聞いて知ったそうです。
鑑定屋をしていること、不良品素材も買い取っていること、幸運アイテムを集めていることを聞いて、自分のスキルを活かせると思ったそうです。
四歳なのに偉いです。
カラクリ鳥のアルジェントのことも説明します。
クワッドは、しきりに感心しています。
真面目で、腰が低くくて、ユニークスキルを持っていて、極め付けは可愛いです。
見てるだけで癒されます。
しっぽ触りたいです。
フォルトゥーナの声が聞こえます。
エリーゼが戻って来たようです。
裏手の扉を空けて、フォルトゥーナを紹介します。
「こんにちは、フォルトゥーナ先輩。オイラはクワドリフォーリオです。クワッドと覚えてください」
ペコリとお辞儀します。
「ヒヒィ〜ン」とフォルトゥーナが返事をします。
仲間と認めたようです。
「フォルトゥーナは賢いから、ちゃんとクワッドのことを認識してるよ」
「はい、トキン様。目を見てわかりました。フォルトゥーナ先輩からは知性を感じます。んっ?トキン様。目の前の水路に【古代の逸品】が一つ沈んでいるみたいです」
「ほんと」
「はい、良品か不良品かはわかりませんが確かにあります」
「エリーゼ、この辺りで『網』を売ってるお店あるかな」
「はい、一本隣りの通りに釣具屋『太い釣り糸』があります。近いので歩いて行ってきます」
「オイラも行きたいです。お店の場所も覚えたいですし、いいですかトキン様」
「うん、エリーゼ。ご近所に何があるのか教えてあげて」
「はい、わかりました。クワッド行きましょう」
「はい、エリーゼ先輩」
二人が出かけていきます。
スタイル抜群のエリーゼと、小さくて少しぷっくりしたクワッドの後ろ姿に、ほっこりします。
癒された気分のまま、鳥かごを持って鑑定室に戻ります。




