第二十一話 ベニス⑨
僕は今、朝食を終え、ドゥカーレ宮殿の執務室にいます。
レオナルド様と二人でお話するためです。
「レオナルド様、これはポーロ商会から受け取った証文の半分になります」
「うむ、礼を言う。ありがとう、トキン」
レオナルド様が笑顔で、お礼を言います。
僕はにっこり頷きます。
「レオナルド様、別件になりますが、母さまから、【祝福の縫針】のお話は聞いてますか」
「ああ、報告を受けている。トキン、あの縫針の件は保留だ。より効果的な使いどころを待つのが得策となる。今はその時ではない」
「わかりました」
「縫針にからみ、私からも聞きたい。我がヴェネート家の始まりを、アリアンナから聞いているかな」
「いいえ」
僕は首を振ります。
「ならば、この機会にトキンにも話しておこう。この先の展望についてもだ」
僕は頷きます。
「ヴェネート家の初代様は、七傑の一人であるレオナルド様となる。カイン様が建国の際、唯一の公爵という爵位と、ここベニスを中心とした、王国北東部の広大な領地を賜った。レオナルド様が、この地の別名ヴェネートを名乗って以来、今日に至る」
衝撃的なお話です。
誰もが知る建国物語【王様と時の扉】に登場する七人の一人、レオナルド様が僕のご先祖さまだといいます。
「なぜレオナルド様だけが公爵となったか。その理由はレオナルド様が特別な存在だったからだと伝わっている」
「特別・・」
「うむ、物語の中でレオナルド様は二刀流の剣士として描かれているが、それは一面に過ぎない。レオナルド様が特別な存在とされる理由は、他に軍師、探索師、そして修復師を兼ねていたからだ」
「剣士プラス軍師、探索師そして修復師」
「そうだ。トキン、君はそのうちの探索師と修復師の才能を強く受け継いでいるのだろう」
「僕が、初代レオナルド様の力を・・」
「そして、どうやら私は軍師としての才能を強く受け継いだようだ。
現在、ヴェネート家は、歴史上最大の領地と、最強の軍事力を持つに至った。
行動を共にする派閥の仲間を加えれば、王国の北半分を動かす力を得るのは、そう遠くない話だ」
僕は言葉を失います。
ヴェネート家は、王国の北半分を、もうすぐ手に入れる勢いを持っているといいます。
「ちなみにアニーは、二刀流スタイルの剣士だと、聞いているかな」
「いいえ、母さまが二刀流・・ちょっと想像できないです」
「はははっ、アニーは強いぞ。十五で家を出たが、既に敵無しの腕前だった。これも初代様の力を強く受け継いだのだろう」
レオナルド様が一呼吸おいて言います。
「初代様の特別な才能、四つの力が同じ時代に顕現したことは、ヴェネート家の歴史上初めてとなる」
僕は頷きます。
「そう遠くない未来、時が熟したとき、我らヴェネート家は独立する」
「独立・・・ですか」
「うむ、ヴェネート大公国を起こすつもりだ。これは建国王カイン様に、初代様が託された約束事でもある」
「カイン様との約束」
「うむ。もし国もしくは王家が腐敗し、その機能が失われる時代が来た時は、レオナルドの子孫が立ち上がり、あるべきミチを示すよう必ず伝え続けてほしい。との約束の言葉が伝わっている」
僕は頷きます。
確かに現在、王家に力は無く、かわりに王都の役人と宗教関係者が、まるで貴族のように振る舞っていると聞きます。
「なに、トキンはこれまでどおりで構わない。力を貸してほしい時は、声を掛ける。その時は協力して欲しい」
「はい、レオナルド様」
僕はにっこり頷きます。
凄いお話を聞いた後ですが、不思議とスッキリした気分です。
ドゥカーレ宮殿、四階の部屋に戻ります。
陽の光を浴びてエメラルドグリーンに輝く、アドリア海を眺めます。
「トキン様、なんだか嬉しそうですね」
「うん、ヴェネート公爵家の過去と、未来のお話を聞いてね」
エリーゼはニコリと微笑みます。
「エリーゼ、お店に行こう。少し早いから、途中でティラミスを買ってから行こう」
「はい、トキン様」




