第十九話 ベニス⑦
お店を開けたいと思います。
お気に入りの刺繍が入ったエプロンをします。
後ろのヒモをぎゅっとしめます。
ポケットに【昔蜻蛉の虫眼鏡】を入れます。
オレンジ色の帽子をかぶります。
大工さんが作ってくれた、A型の看板を外に出します。
『トキンの虫眼鏡』
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トキンの虫眼鏡、ベニス出張所開店です。
お客さんが来てくれるか、ドキドキします。
エリーゼは裏でフォルトゥーナの世話と掃除をしてます。
僕は本を読んで時間を潰します。
【王様と時の扉】を開きます。
ページをパラパラとめくります。
「あった、ここだ」
『カインと七人の仲間達は、ついに巨大な怪物の、息の根を止めることに成功します。
怪物が黒霧とかわり消え去ったあとに、粗末な木箱をみつけます。
斥候のミャーコが、乱暴に木箱を蹴破ります。
木箱の中から、黒い布を取り出します。
「くそったれがっ、食いもんでも出しやがれっ」
まるで男のように乱暴な言葉を放ちます。
それを咎める者は誰一人としていません。
皆、同じ思いだからです。
何日、食べ物を口にしていないのか、誰もがわからないほどなのです。
それでも下山を急ぎます。
休む余裕はありません。
ここヴェットーレ山の怪物達は、あまりに大きく、そして硬すぎたのです。
旅立ちまもない、カインと仲間の装備では、毎回苦戦を強いられます。
体力の低下も明らかです。
一刻の猶予もないのです。
皆、無言で下山を再開します。
日暮れが近づく森のなかに、薄気味悪い声が響きます。
「ケケケケッ」
皆、足を止めて振り返ります。』
カラン、カランッ♪
お店のドアが開かれます。
女の子三人が入ってきます。
ベニスで初めてのお客さんです。
本にカエルの栞を挟んで閉じます。
「いらっしゃい、僕はトキンです。アイテムの無料鑑定と買取をやってます」
僕はにっこり挨拶します。
「トキン様、お初にお目にかかります。ボローニャ伯爵家のローニャと申しますわ」
「トキン様、私、マントヴァ子爵家、次女のトーヴァと申しますの」
「トキン様、はじめまして、フェラーラ男爵家、次女のラーラと申しますのん」
あれ?冒険者の格好をしてるけど、違う目的で来たのかなと思い聞いてみます。
「うん、はじめまして。三人は冒険者でいいのかな?」
「はい、私達次女三人で『行き場のない次女』というパーティーを組んでおりますわ。まだFランクの駆け出しですが、毎日グラスダンジョンで戦っておりますわ」
ボローニャ伯爵家のローニャさんが答えます。
金髪の、これぞお嬢様という感じの女の子です。
「そうなんだ。みんな僕と変わらないくらいの年齢だよね。モンスターは怖くないの」
「私達、全員六歳ですの。グラスダンジョンは、どこまで降りてもスライムしか出ませんの。むしろ若い冒険者しかおりませんの」
マントヴァ子爵家のトーヴァさんが答えてくれます。
苺色の髪をおさげにした、背の低い女の子です。
「そっか、三人はそれぞれの領地じゃなく、ベニスに住んでるの」
「はい、安宿一部屋に三人で住んでますのん。ローニャの歯ぎしりで、中々ねむれませんのん」
フェラーラ男爵家のラーラさんが追加情報まで教えてくれます。
話し方はおっとりしてますが、水色の髪をショートカットにした、ボーイシュな見た目の女の子です。
「ちょっとラーラさん、トキン様の前で何を言い出しますの。ラーラさんだって、牛のようなイビキをかいてるのに、ひどいですわ」
ローニャさんが、反撃します。
トーヴァさんは「おほほ」と笑ってます。
「トーヴァも笑ってるけど、一番タチが悪いのん。寝ながらスケベな夢を見て、毎晩、卑猥な寝言がうるさいのん」
「そんなことないの。トキン様、騙されてはダメなの」
なんだか収拾がつかなくなってきます。
「ははは、それで鑑定依頼はあるのかな」
「そうでしたわ。トキン様に見ていただきたいのは、これですわ」
ローニャさんがカウンターに、一つのアイテムを置きます。
虫眼鏡を取り出して鑑定します。
鑑定結果
「ガラスのブレスレット」
良品
【青ガラスの腕輪】
清潔+5%
50,000ゴルド
身体を清潔に保つ。
「ふむぅ〜ん、みえました。このガラスのブレスレットは銘を【青ガラスの腕輪】効果は清潔+5%の逸品です。価値は50,000ゴルド。身体を清潔に保ってくれる効果があります」
「トキン様、鑑定ありがとうございます。明日からは、不良品素材もお持ちしますわ」
「トキン様、明日またお願いしますの」
「トキン様、今夜のトーヴァの卑猥な寝言、明日教えるのん」
三人はぺこりとお辞儀して店を出ます。
ラーラさんの言葉が気になりますが、やはりお客さんとの、やりとりが楽しいです。
ローニャさんが素材を持って来てくれると言ってます。
ありがたいです。
カラン、カラン♪
お客さんのようです。




