第二話 モンタルチーノ②
モンタルチーノ邸である、プリオーリ宮殿でティータイムです。
白ブドウのシフォンケーキにヨーグルトがかけてあります。
その上に小さなミントの葉が一枚のっています。
飲み物はアイスハーブティーです。
薄緑がかったグラスに不定形の氷が三つ浮かんでます。
「このハーブティー、良く冷えてて美味しいです」
「あら嬉しい。トキン様に褒められてしまったわ」
泣いてるロッソ君をあやしながら、アンナおば様が喜びます。
「アンナおば様、トキン様ではなくトキンでお願いします」
「そんな、とんでもないです。私は元々、貴族の出ですらないのです。ピエンツァ村の村長の娘でしたから」
「そんなこと気にしないでください。僕達は家族として、今ここに集まっているのですから。言いにくいなら、こうしましょう」
僕はマジックバッグから一つのアイテムを取り出します。
「この綿の前掛け、銘を【健やかの涎掛け】と言います。効果は安眠+30%と清浄+30%です。赤ちゃんを清らかな眠りに誘う、空気清浄効果もある【古代の逸品】です」
今も泣いているロッソ君を見ます。
アンナおば様を手招きします。
アンナおば様が僕の前にしゃがみ込みます。
ロッソ君に、そっと涎掛けをかけます。
ロッソ君が泣き止みます。
誰かの「おぉ〜」と言う声がもれ聞こえます。
「僕のことも、家族として接してくれるなら、この【逸品】をロッソ君にプレゼントします。ロッソ君のためです。それでモンタルチーノ家の新しい家宝にして下さい」
戸惑っているアンナおば様に、ブルネッロおじ様が笑顔で頷きます。
「わかりました。トキン君、涎掛け大事に使って子孫に残します。もっと沢山産むわ、ふふふ」
アンナおば様が笑顔です。
僕もみんなもニコニコです。
ブルネッロおじ様は苦笑いです。
「はい。ところで、この氷はひょっとしてアンナおば様が?」
「えぇ、私の家系は王国でも珍しい氷魔法使いの家系なんです。と言っても全員使える訳ではなく、数代に一人現れる程度ですけど」
「氷魔法使い、凄い。かっこいいな〜」
「ふふふ、ソフィアちゃんのトツカーナ家は雷魔法使いの家系よね」
「えぇ。私は使えないけど、お父さまの雷魔法は凄い迫力があるわ」
「一部の特別な魔法は遺伝で伝わるんだね」
楽しい時間が流れます。
ブルネッロおじ様が言います。
「トキン君、ソフィア嬢。そろそろ温泉はどうかな」
「温泉行きます」
「温泉楽しみにしてたの」
「ここから馬車で10分ほどかな。移動の疲れも取れるよ」
着替えとタオルを持って馬車に乗り込みます。
メンバーは僕、ソフィ、ジーヤとバーヤさんです。
モンタルチーノ街からフレンチーナ街道を南東に進みます。
このフレンチーナ街道は王都まで続く一本道です。
温泉地に着いたようです。
事前にソフィとバーヤさんに聞いていましたが驚きます。
秘境の天然温泉です。
アミアータ山の森の中に、一面真っ白な石灰岩で覆われた温泉地が現れます。
一枚岩を覆う巨大な石灰岩は「白いクジラ」と呼ばれ、秘境マニアには有名らしいです。
ソフィは馬車で、僕は木陰で水着に着替えます。
エリザが用意してくれた、紺色の短パン水着に着替えます。
首にタオルを掛けてソフィを待ちます。
ソフィが馬車から降りてきます。
黄色いバスタオルを巻いています。
「トキン、お待たせ。そんなに見ないで。フフフ」
露わになった白くて細い手脚を見過ぎたようです。
「ははは、ごめん。行こう、ソフィ」
ソフィの手をとり、温泉へ足を浸します。
「あれ?思ってたほど熱くない」
「フフフ、その分、長く楽しめるわ」
そう言ってソフィがバスタオルをほどきます。
丁寧に畳んで白い岩に置きます。
「ミラノのデザイナーが手掛けた人気ブランド『スクルミッツォ』なの。似合うかしら?」
今度は見て欲しいようです。
紺一色のワンピースタイプの水着です。
まだ五歳のソフィはペッタンです。
ですが、ヴィットーリアお義母さまを見れば、将来有望なのは間違いないです。
僕は将来を見据え、力強く頷きます。
「うん、とても似合ってる。とっても可愛い」
僕の感想に満足したのか、ソフィはニコニコです。
「ありがとう。トキンの水着も素敵よ」
二人で膝上まで温泉に浸かります。
手を繋いでバシャバシャと水飛沫をあげて移動します。
振り返ってジーヤとバーヤさんを見ます。
白い岩に腰掛けて足湯しながら談笑しています。
僕達が乗って来た馬車の近くに、小さめの上品な馬車がとまります。
御者が降りて来ます。
ジーヤとバーヤさんに挨拶してるようです。
「ソフィ、誰か貴族の人でも来たのかな」
「行ってみましょう、トキン」
二人でジーヤの元へ駆け寄ります。
「これはこれは、お初にお目に掛かります。トキン・ヴェネート様とソフィア・トツカーナ様でございますね」
初老の紳士は僕とソフィを知ってるようです。
「私、アレンツォ子爵家で執事をしておりますジジーノと申します」