第十話 フィレンツ②
「偶然かもしれませんが、隣りのメディツ商会本店の店員にもエンツォはいます」
僕は頷きます。
セドミンとセドポンの話からも、フィレンツ侯爵の関係者が、悪事を働いているだろうと予想していました。
僕とソフィの婚約を機に、中立派のトツカーナ伯爵が、ヴェネート公爵派閥に加入しました。
フィレンツ侯爵にしてみれば、領地の北と南をヴェネート公爵派閥に挟まれる格好になります。
なんとかこの状況を打開したいと考えるはずです。
僕を狙ったのも、その一環かも知れません。
でも今は何の証拠も無いです。
「この後、メディツ商会にも行こうと思っています。マルコ店長も一緒に来てもらえますか」
「もちろんです。エンツォがいたら、こっそり合図します」
僕は頷き言います。
「ありがとう、マルコ店長。話題を変えましょう」
僕はマジックバッグからお土産を取り出します。
「これはマルコ店長個人へのお土産です」
『ブルネッロ』を差し出します。
「おおっ、モンタルチーノのブルネッロですな。私は大の赤ワイン好きでして、えへへ」
ここでも『ブルネッロ』の威力は絶大です。
大人相手の戦略物資として、高級赤ワイン『ブルネッロ』は欠かせません。
「これはお店の方々で使って下さい」
『フランネル毛布』十枚を差し出します。
「流石にこの枚数のフランネルを頂いては、トキン様が赤字になってしまいます」
マルコ店長がお土産の原価を気にしているようです。
「ははは、そこは気にしないで下さい。僕にとってマルコ店長との取引は、それだけ重要だということです」
マルコ店長の表情が変わります。
「トキン様にそこまで言って頂いたからには、期待に添えるよう動きます。何なりと申し付け下さい」
「うん、よろしく」
にっこりで握手します。
「早速だけど、先にメディツ商会のフランネルの品揃えを見たい」
「わかりました。ご案内します」
二人で隣りのメディツ商会本店を訪ねます。
「隣りのマルコです。ヴェネート公爵家のトキン様をご紹介します」
カウンター内に立っていた男が慌てて出てきます。
「ようこそ、おいで下さいました。商会長代理のイヤン・メディツでゲス」
「トキン・ヴェネートです。フランネルを見せて下さい」
「かしこまりました。係の者にご案内させます。おい、エンツォ。トキン・ヴェネート様をフランネルコーナーにご案内するでゲス」
「へい」と返事をした男を見上げます。
四十才前後の大柄な男です。
愛想も悪く、商売に向いているとは思えません。
この男が汚れ仕事を引き受ける担当なのだろうと「直感」が告げます。
『おい、お前。ただで済むと思うなヨ。ケツの毛まで抜いてやるからナ』
僕の背後から、甲高い声の脅し文句が聞こえます。
振り向いた先には、マルコ店長がいます。
口を手で押さえ「ぷぷぷっ」と吹き出しながら、僕のリュックを指差します。
リュックをおろし目を見張ります。
カゴの中の鳥が、金属の羽を上下に、ばたつかせています。
「あははっ、オモチャのカラクリ鳥が失礼しました。さあ、行きましょう」
エンツォは無表情のまま、歩き出します。
僕は、カラクリ鳥のアルジェントににっこりしながら、リュックを右肩にかけます。
「ここが、フランネルコーナーです」
エンツォを無視して、勝手に見回します。
毛布、シャツ、バスローブなどの製品が並びます。
サイズも各種ある様です。
その奥の壁には、生地を丸めた物が立て掛けてあります。
おそらくオーダーメイド用だと思います。
色は、クリーム、青、茶の三種類置いてます。
柄は、チェック、ストライプ、無地の三種類です。
「九種類、全て三十センチで分けてくれ。公爵様に生地見本として持って行く」
僕はオーダーメイド用と思われる、フランネル生地を全種類注文します。
何か言われない様に、レオナルド様の名をチラつかせます。
勝手に小物雑貨コーナーに移動します。
【古代の逸品】が二十点ほど並んでいます。
どれも良品ですが、値付けは二割り増しになっています。
一つだけ欲しいアイテムを見つけます。
鑑定結果
「銀の指輪」
良品
【玉雪の指輪】
幸運+1
50,000ゴルド
このアイテムだけ四倍の値付けがされています。
構わず手に取り、カウンターに進みます。
「只今、お包み致します。銀の指輪が20万ゴルド。生地見本、九種類で432万ゴルド。合計452万ゴルドになるでゲス」
僕は頷きます。
後でマルコ店長に証文を渡しておくと伝え店を出ます。
店を出た途端に、マルコ店長が吹き出します。
「トキン様。なんですか、そのカラクリ鳥は。タイミングが良すぎです。えへへ」
「はははっ、僕も初めて話すのを聞いた。確かに良いタイミングだったね。アルジェント」
カゴの中のアルジェントは何も言いません。
シニョリーア広場の陽の光を浴びて、キラリと輝き沈黙します。
ポーロ商会に戻ります。
「マルコ店長、小物雑貨の【古代の逸品】二十九点を委託したい」
「小物雑貨はこちらになります。当店も僅かですが【逸品】を置いてます」
十五点の【逸品】が並んでいます。
値付けも価値通り適正です。
持ち込んだ二十九点を委託します。
「壊れてしまった【逸品】があったら、僕に素材として卸売りして欲しい。部分的なパーツでも構わない。ベニスや他の都市のお店からも集めて欲しい。マルコ店長、頼めるかな」
マルコ店長は頷きます。
「その代わりの儲け話をする。さっき買った生地見本の一反サイズ。1.6メドル×60メドルで、価値は1億800万ゴルドある」
マルコ店長は頷きます。
「これを2,700万ゴルドで卸せるように手配する。九種類全て、ポーロ商会で売ってもらえるかな」
マルコ店長が目を見開きます。
「なんですとっ。そんな事が可能なのですか。是非お願いします。いくらでも買います。買わせて下さい」
メディツ商会では、フランネル織物の卸売りは一切していないそうです。
他の商会は、独自の貿易ルートを持たない限り、フランネル織物を扱えないとの事です。
ポーロ商会は、ベニスの南に広がるアドリア海沿岸の外国にも販売ルートを持つそうです。
ですが、フランネルの産地である北海方面は貿易ルートが無いそうです。
「九種類、全て一反単位で欲しいだけ卸す。きっちり準備を整え、ポーロ商会全店で、一気に売り出してほしい」
マルコ店長は力強く頷きます。
「他国から輸入しているメディツ商会より、仕入原価は安いはず。その分、メディツ商会より必ず安くして、売りまくってほしい」
マルコ店長が、ウンウンと首を振ります。
「これでメディツ商会の勢いを削ぐ」




