第一話 モンタルチーノ①
前作『迷宮都市の小さな鑑定屋さん。開店中です。』の続編となります。
よろしくお願いします。
僕は今、トツカーナ伯爵領の領都シェーナから、南東へと伸びるフレンチーナ街道を走っています。
トツカーナ地方特有の丘陵地帯がどこまでも続き、ブドウ畑とオリーブ畑が一面に広がってます。
そんなのどかな風景のなか、要塞都市モンタルチーノを目指して、暴走馬車に揺さぶられます。
周囲の景色が高速で流れます。
小石を拾った車輪が跳ね上がります。
馬車の後輪がザザァーと音を立てて横に流れます。
街道に出ていた野ウサギが、慌てて森の茂みに飛び込みます。
「ふぉふぉふぉ」
六頭立て馬車の御者席には、ヴェネート公爵家別邸の、筆頭執事のジーヤがいます。
ジーヤが高速馬車を操ると、暴走馬車になるようです。
馬車の前列席には僕と、婚約者のソフィア・トツカーナ伯爵令嬢が座ります。
後列席にソフィお付きのメイド、バーヤさんが座ってます。
身体が左右に揺さぶられます。
馬車の天井からぶら下がる、捕まり紐を必死になって握ります。
そんな状況ですが、全員笑いっぱなしです。
単純に高速で移動することが楽しいのです。
高齢のバーヤさんまで声をあげて笑っています。
僕が用意した【古代の逸品】も効いています。
高速馬車移動対策アイテムの面々です。
【春蓑虫のバネ】
振動耐性+25%
【若糸杉の癒し箱】
疲労回復+20%
振動耐性+20%
【小蜜蜂の陶置物】
清浄+20%
振動耐性は40%あります。
疲労回復効果がお馬さんにまで効いてそうです。
シェーナ街を出発して、まだ一時間半程です。
それなのに前方の小高い丘の上に、モンタルチーノ要塞が見えてきます。
一本道の街道を砂煙をあげて暴走馬車が駆け抜けます。
三十分程たって、ようやく馬車の速度が落ちます。
街の門をくぐります。
モンタルチーノは要塞都市です。
北東にアレッツォ子爵領、
東にペルージャ伯爵領、
という別派閥と領地を接しています。
さらに北西のシェーナ街が攻められた場合、市民の避難先として選定されているそうです。
元々はモンタルチーノ家でメイドをしていたバーヤさんが教えてくれます。
ソフィのお母様であるヴィットーリア様が、トツカーナ伯爵家嫁入りの際に、一緒に移ったそうです。
威圧感のある城壁を横に眺めながら、街中に入ると様子が一変します。
緩やかな坂を登って街中を進みます。
モンタルチーノは灰色の石畳と、薄茶色、灰色、焦茶色のレンガを使った色味の建物が、入り混じる街並みが続きます。
道と階段が縦横に入り組んでいます。
お散歩して素敵なお店と出会う。
そんな楽しみを味わえそうな迷路の街でもあります。
丘の上のポポロ広場前に建つ、プリオーリ宮殿に着きます。
可愛い小さな広場と、細長くて面白い形の宮殿です。
モンタルチーノ子爵、アンナ夫人、赤ちゃんのロッソ君と執事のソロさん、四人総出で迎えてくれます。
「トキン様、ソフィア嬢、ジーヤさんにバーヤ。ようこそお越し下さいました。歓迎致します」
笑顔で挨拶を交わします。
宮殿内に案内されます。
「狭い屋敷ですが、その分気兼ねなく、くつろいで下さいね」
寝ているロッソ君を抱っこしながら、アンナ夫人が声をかけてくれます。
「馬車移動でお疲れでしょう。まずは飲み物で喉を潤してください」
使い込まれた上品な椅子に腰掛けます。
三つのグラスが並びます。
僕とソフィには、よく冷えたブドウジュース。
ジーヤには、年代物の高級赤ワイン「ブルネッロ」が振る舞われます。
バーヤさんはモンタルチーノ家のメイドとして振る舞うようです。
二階にある応接室の窓から外が見えます。
プリオーリ宮殿から見渡す景色は、緩やか丘陵がどこまでも続いています。
心穏やかに過ごせそうな、素敵な田舎町です。
「いいところですね、モンタルチーノ義叔父様」
「私も大好きな場所よ」
「ワインは美味いし景色も良い。本当に良い所ですのぅ」
「温泉も癒されますわよ。お勧めですわ」
四人でモンタルチーノの街を褒めます。
「はははっ、何もない所ですが、そう言っていただけると嬉しいですね」
「皆様にそう言っていただけると、なんだか凄くいい所に住んでる気になってきますわ。ふふふ」
子爵夫妻が嬉しそうに笑います。
ブドウジュースを飲み終えたタイミングでソフィに目配せします。
ソフィがニコニコしながら頷きます。
「おじ様、おば様。私達の婚約祝いの返礼品を持ってきたの。ここで出していいかしら」
小さな姪っ子からの提案に、子爵夫妻はニコニコしながら頷きます。
「トキン、お願い」
「うん」
僕はマジックバッグから、毛布を十枚取り出します。
一枚をソフィに手渡します。
「フランネル織物の毛布なの。触ってみて」
「あの高級毛布の?」
「えっ、名前だけは知ってるけど。これがそうなの?」
夫妻は初めて見るようです。
「はい、鑑定済みです。本物のフランネル織物です」
「フフフ」
やはり夫妻も、フランネル毛布を抱きしめたり、頬ずりしたりと、みんなと同じ反応をします。
「我が家のような、貧乏貴族がフランネル織物の毛布を持っていいのだろうか」
子爵の感想に、皆声を出して笑います。
返礼品は大好評です。
特にアンナ夫人は大喜びです。
僕もソフィもにっこりです。
モンタルチーノ子爵の案内で、街の散歩に出かけます。
僕とソフィの三人です。
中央通りであるマッテオッティ通りの坂道を歩きます。
高級赤ワインの産地だけあり、酒場が至る所にあります。
それ以上に目立つのは空き店舗です。
人通りも余りありません。
すごく素敵な街なので、少し残念に感じます。
「ここが街唯一の小物雑貨店です」
子爵が先に入り、案内してくれます。
「トキン様が来てくださる事になったので【古代の逸品】と思われる物だけ纏めてあります」
「ブルネッロおじ様、トキン様はやめてください。僕達は家族でしょう」
「はははっ、では思い切ってトキン君と呼ばせてもらいます」
僕はにっこり頷きます。
ソフィもニコニコしています。
「では【古代の逸品】を観ていきますね。ソフィ、銘と効果と価値のメモをお願いね」
「まかせて、トキン」
モンタルチーノ領内には、鑑定士が居ないので僕が観ていきます。
さすがは「小物雑貨ダンジョン」を領内に抱えるだけあります。
四十点以上の【古代の逸品】があります。
鑑定結果を次々と言っていきます。
ソフィが羽ペンを走らせます。
「ブルネッロおじ様、凄いです。シェーナには一店舗で二十個以上の【逸品】を品揃えしてる店はありません。そこで提案があります」
ブルネッロ・モンタルチーノ子爵が頷きます。
「このマッテオッティ通りの一部を『アンティーク通り』と銘打って【古代の逸品】の専門店を何店舗か始めませんか」
「そんな事が可能なのかい」
僕はにっこり頷きます。
「そのつもりで僕の持っている【古代の逸品】百点以上をモンタルチーノに持ち込んでます」
「百点以上・・・」
「これを全てブルネッロおじ様に委託販売してもらいます。全て鑑定書を付けます。お店や店員の費用を差し引いて、残った利益を僕と半分こです」
「そんな。ありがたい話だけど、本当にそれで良いのかい」
僕はにっこり頷きます。
「おじ様、トキンに任せてあげて」
ソフィの援護射撃が入ります。
ブルネッロおじ様が笑顔で頭を下げます。
「ありがとうございます。トキン君、ソフィア嬢」
三人で手を繋いでプリオーリ宮殿に戻ります。
ティータイムを挟んで温泉です。
明日7月26日より毎朝9時に予約投稿する予定です。
ストックが切れたら、ごめんなさい。
頑張ります。
番外編はランダムに投稿予定です。
ブックマークしてもらえると嬉しいです。
本作もよろしくお願いします。