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#3 プロトタイプ


 特別病棟の廊下は、とても静かだった。

 さもありなん。我らがバイト先であるリデル・インダストリーは医療機器のメーカーでこそあれ、直接的な医療機関ではありませんゆえ。

 ならばなんで特別病棟なんてものがあるかっていうと、ひとえに私みたいな……失敬、この言い方だとちょっと語弊があるな。私みたいなのはそう何人もいないし。

 より正確に言うなら──“目覚めなくなった悪夢祓い”を収容するためだ。

 悪夢祓いが目覚めなくなる、というのは、夢魔に敗北してその魂を喰われたということを意味する。

 ゆえに、ここにいるのは死人だけ。見舞客が訪れることも無い。それゆえの、死んだ静けさ。


 ……まあ、私は違うわけだけど。


「……なんだか、不思議な感覚です」


 付き添い……というよりは見張りかな? ともかく、私を検査室まで連行途中のナース姿のお姉さんが、不意に口を開いた。


「不思議って、何が?」


「ここに来る患者さんが目を覚ましたのって、はじめてなので」


 仮称ナースさんは、そう言って私の方を振り向く。


「どのような事情があるのかは存じませんが、お体、大事にしてくださいね」


「……はぁい」


 調子狂うな。すごく居心地が悪い。主に隣を歩くちーちゃんの視線が痛い。

 とまれ、特にそれ以上話すことも無いので、そのまま静かに……


 カラカラ、という音を立てて、廊下の左手側にある扉が開いた。

 病室……かな? というか、人いるじゃん。

 そして、その中から顔を出した白衣の女性と目が合う。

 彼女は私たちを見つけると、とてもいい笑顔を浮かべた。

 いい性格をしてそうな、という言い方が似合うような、おもちゃを見つけた子供のような顔を。


「おやおや、珍しいところで会ったねー、吉野妹ちゃんに……吉野(姉)(かっこあね)ちゃんの方ははじめましてかな? (とばり)瑠璃蝶(るりちょう)です、よろしくね。ところで、今時間大丈夫?」


 彼女──瑠璃蝶さんはそう言うと、行く手を遮るかのように私たちの前に躍り出てきた。



 ★


 彼女のことを紹介しておこうと思ったけど、よく考えたら私もよく知らなかったので割愛。まあ、リデル・インダストリーの開発部……悪夢祓いの装備を作ってるところの研究員だ。まあそれはさておき。

 どう考えても時間は大丈夫じゃないんだけど、そこはそれ。「大丈夫、私がどうにかするから」の一言とともに、瑠璃蝶さんはナースの人と話し込み始めてしまった。

 いや、なんとかするも何も用事があるのはあの人の方なんだよなぁ。まあいいけど。


「誰?」


「うちの元生徒会長」


「ああ……」


 ざっくりとした説明に、ちーちゃんは納得したように溜息を吐く。

 これで伝わるのか。私去年まで中等部だったから知らないけど、在学中に何したんだあの人。

 そんなことに想いを馳せながらぼーっと待っていると、話がついたようで。改めて、瑠璃蝶さんは私たちの前へと戻ってきた。


「お待たせ。なんとか十分くらいは確保できたから」


「何やったんですか」


「そこはほら、私の権力でちょちょっと。大丈夫、上に話は通してあるから」


 この人の権力も大概謎なんだよな。本人の話を聞くに一研究員だったはずなんだけど。


「……それで、何の用ですか?」


「うわあお、露骨に嫌な顔。そんなに私のこと嫌い? お姉さん、傷付いちゃうなー、せっかく吉野妹ちゃんのために色々アドバイスしてあげたのになー。よよよ」


 わざとらしいというべきか、もはや泣き真似にすらなってない何かをしながら、瑠璃蝶さんは私の方へと擦り寄ってきた。

 私を守るかのように、ちーちゃんが一歩前に出る。

 それを避けるようにして、瑠璃蝶さんが回り込む。

 ……何やってんだこの人たちは。


「そ・れ・で! 何の用なんですか?」


 話が進まない気配がしたから、無理矢理にでもちーちゃんを引き剥がす。

 仮にこれで用が無いとか言われたらもう知らん。ほっといて検査に向かおう。

 そんな心算を知ってか知らずか、瑠璃蝶さんはパッと私から離れると、真面目な顔を作った。


「まあ、用事って言っても別に吉野ちゃん達じゃなきゃいけない話ってわけでもないんだけどね。ほら、若い悪夢祓いってあんまりいないじゃない? ユメの中で体を動かすのに慣れてて、感性が若者。そんなサンプルを探しててさ」


「それってどういう?」


 アンケートか何かかな。……いや、それなら別に呼び止める必要は無いか。メールなりなんなりで事足りるわけだし。

 ならなんだろう。と、疑問に思う私に対して、瑠璃蝶さんは嫌な笑顔を浮かべた。


「新型VRゲームのモニター探しててさ。時間あるかな?」


「あるわけないでしょう」


 話を聞いて損した。いや多少話す時間くらいならともかく、そんな時間があるわけないだろうに。バカなのかこの人は。バカなんだな。あるいはバカにしてるか。どっちもか。


「じゃ、私たち急いでるんで。行くよ、ちーちゃん」


「ん」


 さてと。一応ナースの人に声かけといた方がいいかな。無駄に時間食ったし、急がないと。

 私だけならともかく、怒られるのはたぶんちーちゃんとナースの人だ。そしてどうせ瑠璃蝶さんはなんだかんだ逃れるんだ。


「ああ、待って待って。まだ話は終わってないから」


「……なんですか」


 足を止めて、振り向く。

 特に焦った様子の無い、どころかむしろ楽しんですらいる感じの笑顔で、瑠璃蝶さんは答えた。


「嘘言ったわけじゃないけど、そっちはついで。吉野ちゃん達がダメなら適当に募るよ。バイト代出るから参加しそうな子には何人か心当たりあるし」


 奇遇なことに私にも一人心当たりがあった。

 ……ゆっきーはあんなバイト代稼いで何に使うつもりなんだろうか。そんな贅沢してる様子も無いのに。


「というわけでその話は置いといて、本題は残り二つ。まずはこれ」


 そう言って、瑠璃蝶さんがポケットから取り出したのは……黒い色をした、イヤーカフ型の装置だった。


「……防衛機制(カウンターシステム)?」


 その装置自体はよく知ってる。微弱な電流によって暗示をかけて、夢の中で武器を形成させるための装備だ。

 人の思考だけじゃ確実性も再現性も殺傷性能も低いから、それを補うための装置。

 ……まあつまるところ、私は既に支給されたのを持っているわけで。

 ただ、瑠璃蝶さんが取り出したそれは、普通の物と色が違っていた。


 私みたいな一般隊員に支給されているものは、銀色。ある程度体系化された、汎用装備が形成できるようになっている。

 それに対して、ちーちゃんみたいな隊長、或いはそれに相当するくらいの実力のある人には、専用のものが支給されている。各々の力を最大限活かすために、個人に合わせた装備を形成できるものだ。けれど、それのデザインは通常の銀色の物にそれぞれ固有色──例えばちーちゃんの場合は白──のラインが入ってるものだ。やはり、瑠璃蝶さんが手に持っているものとは違う。


「何なんですか、それ?」


「私が個人的に目をかけてる子の専用機。まだ試作段階だけどね」


「……それをなんで私に?」


「用件はさっきのと同じだよ。モニターの依頼。使い勝手とか、色々とね」


 そんな言葉とともに、黒い防衛機制(カウンターシステム)を押し付けられ……ようとしたところで、ちーちゃんが割って入った。

 後ろからだから表情はわからないけど、なんだか少し怒ってる感じがする。

 剣呑な雰囲気を漂わせながら、ちーちゃんは口を開く。


「ハルに、危ないことさせようとしてませんか?」


「なるほどなるほど。騎士様はお姫様のことが心配でたまらないと。いやー、カッコいいねぇ」


 カラカラと手の中でイヤーカフ型の装置を弄びながら、瑠璃蝶さんは底意地の悪い笑みを浮かべた。


「さてさて、愛しのお姉さまは不安に思ってるみたいだけど、吉野妹ちゃんはどうかな、お試しとはいえ新しい力、欲しい?」


「そりゃ貰えるなら願ったりですけど……」


 力は喉から手が出るほど欲しい。そりゃ夢魔の力もあって一時的にならちーちゃんに匹敵するくらいにはなれたけど、あれも乱発できるようなものでもないし。

 ……いやでも、あくまでモニターであって本命は別の人なのでは。

 んー、あんまり乗り気にはなれないかなぁ。貰えるなら迷いなく貰うけど。


「歯切れが悪いねぇ。ま、でも拒否しないなら今は何より。とりあえずでも持っておきなさい。使わないならそれはそれでいいから」


 ぐい、と黒い防衛機制(カウンターシステム)を押し付けられる。

 まあ、貰うよね。受け取って、それをポケットに押し込む。


「ハル」


「まぁまぁ」


 怪しいというのは同意だけど、瑠璃蝶さん別に敵ではないし。……いや、どうなんだろう。改めて私の立場を考えると怪しい気もして来た。……いやいや。

 使ったらどうとか、流石に無い……はず……うん、無いな!


「さて。やることもやったし、私も仕事に戻りますか。吉野妹ちゃん、これから大変だと思うけど、頑張ってね〜」


 ヒラヒラと手を振って、瑠璃蝶さんは元いた部屋へと……待て待て。


「もう一つ本題があるんじゃ無かったんですか?」


 二つって言ってたよね? 聞き間違いじゃないよね?


「おっとそうだ、忘れてた」


 半開きのドアから、瑠璃蝶さんが顔を出す。

 そのドアの隙間から、僅かにその中が見えた。

 私がいた部屋よりも僅かにグレードの高そうな、病室らしき部屋。……研究室とかそういったものには見えないけど、一体そこで何の仕事をしてるんだろう。

 ……ううん、考えてても仕方ないか。どうせ他人事だ。


「それで、何です?」


「頑張ったね、おめでとう。君の選択と勝ち取ったものを、私は祝福するよ」


 それじゃ。と言い残して、今度こそ扉は閉じられた。

 ……あれ、マジでそれだけなのか。

 どうやら本当にそれだけだったらしく、フェイントでもう一回出てくるみたいなことはなかった。

 いいや、厄介ごとが無いのはいいことだな、うん。


「ええっと……これでいいのかな?」


「よくない。ハル、それこっちに渡して」


「そんな疑うようなものでも無いでしょ。普通に防衛機制(カウンターシステム)だって」


「だとしても。あの人は信用できないし。わたしが試して安全だってわかったら渡すから」


 ……ふむ?


「それなら尚更却下」


 危ないなら危ないで、ちーちゃんより私に何かあった方が万倍マシ。渡せませーん。


「ハル!」


「どうしてもって言うなら、力づくで奪えば? あっちでの私たちほど絶対的な差があるわけじゃないけど、それでもこっちは病人だし。多分ちーちゃんには勝てないよ?」


 そう言うと、ちーちゃんは黙り込んだ。

 言い方がちょっと意地悪だったかな。でも、私が悪者で済むなら、それでいい。


「さて。結構時間食っちゃってるし、いい加減行こっか。待たせて怒られるのはちーちゃんでしょ?」


 反応は待たずに、歩き出す。


「…………ん」


 顔を見ないでもわかる。怒ってる。

 でもまあ、怒らせただけなら別に損も無し。これでいいや。

 それにほら、美少女に怒られるのはご褒美ですし?

 冷たい視線を浴びながら、検査室へと向かうのだった。


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