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#1 いわゆるこれまでのあらすじってやつ


 ★


 目を開いて、最初に浮かんだ感情は安堵だった。

 思い出せないけれど、なんだか悪夢のようなものを見た気がするというのが一つ。

 仕事柄(、、、)、悪夢に潜ることは慣れているけど、自分が見るのは久しぶりな気がする。……いや、そうでもないな。割と最近見たような。……うーん、思い出せないけど、まぁいいや。今は目が覚めたこの現実に安堵しておこう。

 そう。安堵したもう一つの理由。それは、目が覚めたこと。“起きることができた“という、ただそれだけの事実が、今は無性に安心する。


「ん、……すぅ……」


 ふと、誰かの寝息が聞こえた。

 ベッドに体を起こして横に視線を向ける。

 そこでは、綺麗な純白の髪をした少女が、机に突っ伏して眠りこけていた。

 長い髪が乱れた様子で背中にかかる。素材がいいのに無頓着……というよりもある種自罰的にわざとやっているフシもあるから、私が定期的に手入れしてあげないと彼女の髪は荒れる一方だ。

 それに、制服だって皺が付いてしまっている。ああもう、だらしないんだから。……お母さんか、私は。


「……んっ……」


 むくり、と彼女が身を起こす。

 その目は泣き腫らしたかのように真っ赤に染まっていて、顔も酷い有様で。けれど、そんな状態であって尚、彼女は誰よりも美しく見えた。

 美少女というイデアの権化とも言えばいいのだろうか。彼女が美しいのではない。彼女という基準が美しさなのだ。

 彼女が凛と立っていればその毅然とした姿が美しさとなり、彼女が弱っている姿を見せればその儚さこそが美しさとなる……ダメだ。こんなんじゃダメだ。私の語彙じゃちーちゃんの美少女具合には追いつけない。

 日課である彼女への賛美はこれくらいにしておいて、まずはこっちだな。


「おはよう、ちーちゃ」「ハル!!」


 言い切るよりも前に、すごい勢いで抱きつかれた。

 うーん、役得? 異性なら気兼ねなく喜べたんだろうけど、今は妬みの方が勝ってしまった。おのれ個人差。寝る子は育つって言葉を信じるしかないのか……まだ成長の余地は残ってるのかな? まあいいや。


 さて。絶賛泣き腫らした美少女に抱きつかれているところだけど、どうして今に至ったのか、説明しといた方がいいかな。

 これまでのあらすじってやつだ。さあ、アバンに収まるように巻いていこー!



 ★


 私こと吉野心春、そして目の前の白髪美少女ちーちゃんこと吉野千秋は、悪夢祓いだ。

 悪魔祓いじゃなくて、悪()祓い。私達が戦ってる相手は、一般的な悪魔とはちょっと違う。

 それは、夢魔と名付けられた存在。人の夢に潜り込み、人の魂を喰らう悪魔。

 私たち悪夢祓いは、人類を脅かす夢魔を滅ぼすべく、或いはもっと個人的に、それぞれが大切な誰かの仇を討つべく。夜毎、夢の中で夢魔と戦っているのだ!


 ……というのが、前提の話。今に至るまでの本題はここからだ。


 私の愛すべき相棒であるちーちゃんは、悪夢祓いとしては規格外の強さだ。

 悪夢祓いが夢魔と戦うために振るうのは、魂の力。それをエネルギーへと変えて、武器の形状に固定して戦う。……のだけれど、ちーちゃんの場合はその魂の力──アニマが、平均的な悪夢祓いの数十倍もある。

 普通の悪夢祓いが二人がかりで挑むような夢魔を、一人で複数同時に相手して薙ぎ払えるくらいに、ちーちゃんは強い。

 けれど悲しいかな、その相棒であるところの私は、そうでは無かった。ううん、それどころか、もっと。

 最弱って言い方をしたら陳腐になるし、そもそも最弱を決めるような不毛なことしてないけど……それでも、下から数えた方が早いほどの強さなのは確か。単独での夢魔討伐だって、未だにゼロだ。


 別に劣等感とか、そういうのがあったわけじゃない。そりゃちょっと……いや結構あったかもしれないけど、重要なのはそこじゃない。

 私が弱いままだと、戦うことも、殺すことも、ちーちゃんが全部背負うことになるから。

 私が弱かったから、あの時最後まで一緒にいてあげられなかったから。

 私が弱かったから、ちーちゃんにもう一度家族を失う恐怖を味わわせてしまった。


 だから私は、エリュシオンと名乗るその夢魔の出した提案に、乗ったんだ。

 彼が私に要求したことは二つ。一つは、人の身を捨てて夢魔となること。そしてもう一つは、彼のものとなること。

 前者だけ受け入れて、後者は拒否して。そして、ちーちゃんと力を合わせてなんとかエリュシオンを撃退することには成功して。

 そして私は見事念願の戦う力を手に入れたのだった! なべてことなしめでたしめでたし。どんどんぱふぱふー。


 ……なーんてハッピーエンドには行かないんだな、これが。

 分不相応のものを願うなら、どんなことにもリスクがある……なんて、都合のいいことは言わない。

 私が選んだんだ。この選択を。だから──その代償は、全部私が背負わなきゃいけないんだ。



 ★


「ハル! よかった……もう目が覚めないんじゃないかって……」


「はいはい、どうどう。落ち着いてねー、ちーちゃん」


 泣きじゃくりながら抱きついてくる彼女の背中をさする。


「……っていうか、昨日も夢の中で会ったばっかりじゃん」


 悪夢祓いの戦場は、夢の中だ。当然、夢の中で意識を保つ技術も他人の夢へ入る技術も確立されている。

 目が覚めないからって、意識が無いわけではないのだ。いや、肉体の方には意識は無いけど。


「だからって……!」


「心配してくれるのは嬉しいんだけどね。私は、ちーちゃんに心配されるだけの弱者よりは、胸張って隣で戦える存在でありたいかな」


 そう答えて、ちーちゃんを押し返す。


「それで……見覚え無いけど、ここはどこ?」


 そう言いながら、部屋を見渡す。

 少なくとも自宅ではないのは確か。雰囲気からして病院っぽいとは思うけど……果たして、私の症状で普通の病院に入院できるものか。

 となれば答えはおのずとわかってくるんだけど、それでもわざわざちーちゃんに質問したのは、話を逸らすためだ。

 そのことを知ってか知らずか……多分わかってるんだろうな。何か言いたいことを堪えるような表情で、ちーちゃんは答える。


「リデル・インダストリー本部の特別病棟だよ。ハルも来たことあるでしょ」


 まあ、知ってはいたけど。

 どうやら私が今いるのは、組織としての悪夢祓いの表の顔ことリデル・インダストリーの本部で。

 つまるところ夢魔を狩る組織の総本山で。

 おっと、ここに一人、半分夢魔みたいな存在がいるな?


 ……ひょっとして、ピンチでは?


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