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#0 そしてぼくは、また彼女を殺す


 †


 今の己を形成する過去というのは、大抵の場合は悪夢だ。

 なぜならそれは、過去の己が死んだ瞬間と同義なのだから。


「……ああ、またこの記憶(ユメ)か」


 目を開いて、眼前に広がるその地獄に対して抱いた感想は、実に淡白なものだった。

 なだらかな丘に立ち並ぶ無数の処刑台。それが、バラバラに解体されていく。

 視界に赤い線が走り、一瞬遅れてその線に合わせて世界が切り裂かれる。そして、その切り口を起点に炎が燃え広がって行く。


 この後どうなるかはよく知っている。

 さらに解体が進み、炎はこの世界全てを包み込むように燃え広がって行くんだ。

 あらかた解体が進んだところで彼が現れて、そして、目当てのものを探して歩き始める。

 それは、並外れた才能を宿した二人の少女。どちらでもいい。どちらもなら尚いい。それ以外がどうなろうとどうでもいい。

 故にこそ彼の行動はシンプルだ。ただ適当に、視界を広げながら歩いて回るだけ。

 どうせ果てのある世界なのだ。全てを切り崩していけばそのうち探しものは見つかる。


「だから……」


 炎の広がる中心地。そこに行けば、彼はすぐに見つかる。


 目の前に姿を現したぼくに、彼は少し驚いた顔を浮かべた。

 ──これは過去の再現じゃない。記憶を元にした、ただの夢だ。

 間髪入れずに、隙を突くようにして剣を抜く。

 ──こんな過去は存在しない。記憶にある光景はこうではない。

 そしてそのまま踏み込んで、彼の喉元を貫く。

 ──こんなことをしたって過去は変わらない。死んだ人は戻らない。


「……うるさいな」


 ただ一つの言葉を発することもなく、黒い靄へと化して消えていった彼を、剣を払うようにして掻き消しながら、頭の中に鳴り響く声に苛立ちをぶつける。


 過去が変わらないなんてことはよくわかっている。けれど、だからといって何もしないでただ成り行きを眺めているなんてことはできない。

 だって、悪に抗うことをやめたらぼくはぼくでなくなってしまうから。

 ……それに、やることはまだ残っている。


「ほら、出てきなよ。そこにいるのはわかっているんだ」


 背後に向かって、そう言い掛ける。

 このタイミングで彼女がそこにいることはわかっているんだ。忘れられようはずもない。

 何故ならここが。この時、この場所が。

 彼女の亡くなった瞬間なのだから。


「……強がらなくてもいいのに」


 やがて、彼女が姿を現す。

 蚕の糸のように綺麗な白い髪。強い意志の宿った眼差し。客観的に見て上の上に位置するような美貌。


 ぼくの大嫌いな彼女の姿が、そこにはあった。


 彼女はぼくのことをつまらなそうに一瞥すると、瓦礫の上に腰掛ける。

 過去の再現ではない。彼女がぼくに言葉を投げかけるなんてことは本来ならあり得ない。

 けれどこの会話も、何度だって経験してきたことだ。

 そう、今と同じ、ユメの中で。


「泣きたいなら、泣けばいいんだよ。どうせ誰も見てやしない」


「知ったような口を聞くな」


「知らないような口を聞くんだね。知ってるくせに」


「うるさい。黙れ」


(わたし)が本当にそう望むなら、そもそも私は言葉を口に出すことすらできていないよ」


 さて。と、彼女は一息ついて立ち上がり、ぼくの方へと一歩歩み寄り、腕を広げる。


「さ、目を背けたいならどうぞご自由に。どうせ聞く耳を持つ気は無いんでしょう? なら、好きにすればいい」


「……言われるまでもない」


 改めて、剣を構える。

 目の前にいるのは、一人の少女。

 自分の大切なものすら守れなかった、無力という名の悪だ。

 ぼくの正義に誓って、彼女を生かしておくわけにはいかない。

 例え殺すことになんの意味も無かったとしても、殺さないことを選んだ時点でぼくはぼくでなくなってしまうから。


 刺突の瞬間に、言葉は無かった。

 胸を貫かれた少女が、夥しい量の血を流しながら、力を失ってぼくへと倒れ込んでくる。

 そして完全に命を失う瞬間。僅かに残った力で、彼女はぼくの耳元で囁く。その言葉は、決まっていつも同じだ。



「自覚しなよ、嘘つき」



 ……そして、その言葉とともにぼくは夢から覚める。

 彼女のその言葉が、脳裏にこびりついたまま。



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