隠しルートがあってね、ヒロインを攻略すると悪役令嬢の処刑ルートを回避できるらしいよ
はい、思い出しましたよ。それはある日突然に。
「えっ、なんで毎回悪役令嬢であるクラウディアが死んじゃうのよー!」
「頭抱えてるねぇ、理乃。私知ってるのよー、そのゲームの攻略法。悪役令嬢クラウディアが死なない唯一の方法」
「えっ、うそ、そんなのあるの?ちょっ、教えてよ」
「ふふふ、それはね…」
そう友人は教えてくれた。学校の帰り道。その時私がハマっていた『聖女召喚、ユリアをめぐる四人の貴公子たち』の悪役令嬢クラウディアのビジュアルがもろ好みだったので、ヒロインがどのルートを辿っても最終的には処刑か殺されるかの運命になってしまう彼女を、なんとか生かしてあげたかったのだけれど…
「なんかね、製作者側がお遊びで作ったらしいんだけど、ヒロインを攻略する隠しルートがあるんだって。そのルートに入りさえすれば、悪役令嬢のクラウディアが助かる道があるらしいの」
ナニソレ、と思いました…だって攻略対象は貴公子四人ですよ。なぜその中にヒロインが入るのでしょう?それ面白いの?そんなルート見たことないんですけど。こんなに毎晩やってるのに。
「なかなかそのルートに入れないから、隠しなんだって。まぁ、見つけてみなよ。そんだけやり込んでんなら、いつかは見つけることできるんじゃない?」
そう言われて俄然やる気になった私。友人と別れて足早に帰ったその道の途中で…
記憶はすでにあやふやなのでその時の衝撃は忘れてしまったのだけれど、どうやら私は交通事故で死んだようです。
そして都合良くこのゲームの世界に転生後、思うがまま自由にわがままに、金と美と権力を手にして産まれた私は存分に人生を謳歌していたのですが、ある日父上がこんなことを言ってきました。
「先ほど聖女さまがこの国にご降臨された。これで隣国の脅威から守ってくださるぞ!」
感極まっているようです。涙すらも流しております。その隣で私は突っ伏してしまいました。その姿に父は同じ喜びに咽んでいるのだと思っているようですが、はっきり言ってひどい勘違いです。
私はその瞬間思い出してしまったんです。この美しくも見目麗しい私が、この後辿るであろう悲劇的結末を!
こんなことはしていられません。時は一刻をも争うのです。この美しい私が死ぬなど決してあってはならないのです。バッドエンド回避のためにそれまで忘れていた前世の記憶を総動員して、そして思い出したのです、
「ヒロインを攻略すると、悪役令嬢の処刑ルートを回避できるらしいよ」
あの友人の言葉を…幸運なことに、私はゲームの内容を覚えていました。だから、えぇ、私がことごとく潰してやりましたよ。王子、騎士、生徒会長、学園の教師、キャラによって起こる様々なイベントに覚えている限り先回りして、ヒロインの好感度が上がるセリフを耳元で囁いてやりました。
男のセリフでしょ?はぁ?そんなことを言っている場合ではありません。私の命がかかっているのです。某歌劇団のイメージを憑依させ、見事になりきってやりましたよ、男役に。
ユリア以上に素晴らしい女性はおりません。私以上にあなたを大事に思っている者はおりません。あなたは私が守ってみせます。あなたに涙は似合いません。苦しい時は一番に私の名を呼んでください…
乙女ゲームの世界の口説き文句を総動員して、ヒロインに何度も囁きましたよ、ええ、ヒロインも満更ではないようです。だって顔を真っ赤にして、私の手を握るんですもの。
作戦はうまくいっているようです。だって、王子、その他のモブキャラがヒロインの周りを今もうろちょろとしているけれど、ヒロインからのお声かけは一切ありません。それどころか、王子からのお言葉に返答をしても、視線は私から外さないという勝ち馬的立ち位置。
あらあらかわいそうにね、王子様。なぜか私への風あたりは強くなってきているけれど、処刑ルート回避にはヒロインを落とすのが一番効果的だと分かった以上、あなた方を相手にしている余裕はございません。廊下をすれ違いざま、嫌味を聴こえるように言っておりますが、私はにっこりと微笑んで差し上げます。だって、今は私の方がヒロインの気持ちをがっちり掴んでいるんですもの。勝ったも同然ですわ、オホホホホッ…
「クラウディア、おまえをこの国の反逆分子として投獄する!」
いよいよやってきました、断罪イベント。準備万端に用意していた私の計画は、これから発揮されるというものです。だって、本来なら王子の後ろに隠れて怯えているはずのヒロインが私の前に立ちはだかり、王子と対峙しているのですから。
「いったい何をおっしゃっているのですか、ユリウス殿下」
「いや、ユリア、君はそこにいてはいけない、その女は断罪されるべきことをやってきたのだ」
「いったいなんの罪です?その罪状をここですべて述べてください。私はそれすべてに反論できる自信があります」
さすがはこの世界のヒロインです。はっきり言って私の出る幕はございません。傍若無人なヤンデレキャラであるはずの王子に対して引くどころか、圧倒すらしております。
「それでもクラウディア様を投獄するというなら、聖女である私を敵に回すとお考えください!」
あれっ、これって本当にあのゲームですよね?ヒロインこんなキャラでしたっけ?私、ちょっと混乱しているようです。眩しいほどカッコいいヒロインなんて反則じゃありません?一瞬見惚れてしまった私は、悪役令嬢失格かもしれません。
「安心してくださいクラウディア様。あなたを投獄なんて私が絶対させませんから。彼らから守るために、なんなら私がずっとおそばについております」
そう言いながら私の手を両手でがっちりと握る。正直たじろいでおります。ヒロインからの気持ちが何やら重いです。恐れていた断罪イベントを回避できて喜ぶべきはずが、違うフラグが立ってしまいそうで不安しかありません。
ヒロインの言葉どおり、私は投獄も処刑されることもなくあれから平和な毎日を過ごしております。えぇ、きっと平和なのでしょう。私の首は繋がったまま、こうして日々を過ごさせてもらっているのですから。
「クラウディア様、学園を卒業したら私、聖女専用の屋敷を頂けることになりましたの。だから、その…い、一緒に住みませんかっ?」
ヒロインが何やら申しております。私は本当の意味でヒロインを攻略してしまったようです。このルートの回避方法が分かりません。彼女からの猛アピールにどんどん包囲網が狭められています。深みにはまる前に逃げる方法をなんとか考えねばなりません。
「残念だわ、ユリア。私家のために将来を見据えたお見合いをすることになっているの。でも心配しないで、あなたとの友情はずっと変わらないし、いつだってこれからもユリアを一番に想っているわ」
完璧な回答ではないかしら。これなら彼女もこれ以上強くは言ってこないでしょう。あらっ、何やら聖女にあるまじきどす黒いオーラがヒロインから漂っています。ちょっと、こわいです。顔は微笑んでいるのに、です。
「どなたとのお見合いですか?その方は聖女である私よりも将来有望で格上な方なのかしら?」
「い、いいえ…聖女さまをこえる貴族などいるはずがないでしょう?王族ですら平伏すお方なのですから。」
「それなら私がクラウディアさまのお相手で良いではないですか!」
突然何を言っているのでしょう、この娘は。
「いえ、この世界では同性同士で添い遂げるような婚姻制度はないのですよ?」
私も何を言っているのでしょう。ここは努めて冷静に対応しなければなりません。目の前にあるそのフラグはとても危険なのです。
「あら、ならば変えてしまえばいいじゃない」
なんか悪い顔になってません?ヒロインですよね?そんな顔、たくさん集めたスチル画像にもありませんでしたよ。
「だって私がこの国の最高権力者なのだから」
恐れていたルートのフラグが、今まさに、立ち上がってしまった。
「クラウディア様とこれからも一緒にいられるように、王にお願いして聖婚書を作ってもらいました」
このヒロイン、とうとう法律までも変えてきましたよ。着実に狙ったターゲットをものにしていくその手管は、まさにゲームのヒロインそのもの。この強制力から逃れる術を早く考えなければなりません。
「最近私に愛を囁いてくれないのですね。前はあんなに私を必要としてくれていたのに、とても寂しいです」
ソファーに座る私の隣に恋人の距離で寄り添ってくる。断罪イベントを回避できた私としてはもうその必要もないのです。本当ならそのままこの世界の表舞台からフェードアウトする予定だったのに、何やらどんどんおかしな方向に向かっています。ならばここでその流れを完全に断ち切らなければなりません。
「女の気持ちはうつろいやすいのです。今の私にはあの時のような情熱はもうないのです」
えぇ、言ってやりましたよ。あなたへの気持ちはもう薄れてしまったと。遠回しにお断りの返事を伝えました。ところがです。
「大丈夫です、クラウディア様のかわりに今度は私がたくさん愛を囁きますから。これから覚悟していてくださいね」
何が大丈夫なのでしょう。斜め上をゆくポジディブな返答に、思わず眩暈を起こしてしまいそうになりましたよ。本当に私の意図が伝わっていないのでしょうか?
しかも聖女の幸せキラキラパワーが溢れんばかりに私へと向かってきております。両手を掴まれそれをマックスで注ぎ込まれてしまっては、女の私でも太刀打ちできようはずがありません。身体中が火照ってしまって、もはやヒロインを直視することも難しいのです。
「そんなに緊張しないで。私にすべてを任せてくれれば良いですから」
その言葉の後に、なぜ私を押し倒す必要があるのでしょう?任せる?いったい何を?恐ろしくて聞けません。愛を囁く意味が私とヒロインとで認識が大きく違っているようです。
でも間近にあるヒロイン…ユリアの嬉しそうな表情に、まぁ、いいか…なんて、私も絆されてしまったようで…
「後で聖婚書に一緒にサインをしましょう」
その言葉に不覚にも頷いてしまうのでした。
*****
「ねぇ、それって、理乃に教えなくて良かったの?」
「だって先にネタばらし聞いちゃったら面白くないでしょ」
「そうだけどさ、でも結局悪役令嬢は大変な目にいろいろあっちゃうわけでしょ?」
「それでも死なない唯一のルートなんだから。彼女の宿命なんだと諦めてもらうしかないわね」
「理乃びっくりするかな?まさかあのヒロインがさぁ…」
「クリアしたら聞いてみよっか。意外と楽しんでやると思うわよ。だって理乃だもん」
夕暮れに染まる路地に無邪気な少女たちの声が響き渡る。
悪役令嬢クラウディアの本当の受難は始まったばかりである。