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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

帝国

虹色の道

作者: 伊藤@


「アイン・シュバルツです。これから宜しく」

「グレース・サクリーです。こちらこそ、宜しくお願い致します」


 キラキラと陽の光を受ける金の髪に、凍えそうな冷たいアイスブルーの瞳。少年は笑顔がなくても宗教画の天使の様に美しい。

 対して向かいに座る少女は重そうな焦げ茶色の髪に冬を思わせる灰色の瞳、可愛らしいが至って普通の少女だ。

 

 ()()()の婚約者が伯爵家の平凡な少女。アインは10歳にして現実を突きつけられた。

 シュバルツ侯爵家の神童として広く知られ、文武両道を目指し励んできた。確かに祖父母から甘やかされていたけれど、自分の相手は同等の爵位か格上だと思っていた。


「グレース、お庭でも案内して差し上げなさい」

「はい、お父様。こちらへどうぞシュバルツ侯爵子息様」


 伯爵家と侯爵家の当主が居る前だ、婚約者として一応の体裁はとろうか。

 目の前の少女の父と我が家の祖父がなにやら話し込んでいる。普通であれば母親が仕切る顔合わせだが、グレースの母親はすでに他界している。

 我が家の父と母は非常に仲が悪い。既に崩壊し家族はバラバラだ。父は王都の妾の家に入り浸り、母は長男を溺愛し領地の屋敷から出てこない。

 次男の僕は祖父母に育てられている。

 引きこもりの愚図な長男、それでも腐っても跡継ぎだ。


「アインと呼んで頂けると」

「ア、アイン様こちらです」


 並んで歩くと同じ背の高さ。

 

「我が家の庭は白薔薇を植えております」

「お庭全てが真っ白で素晴らしいですね」

「ありがとうございます」


 サクサクと子供2人が庭を歩く。後ろから少し距離をあけて護衛と侍女がついて来る。この年齢の子供はもっと煩かった気がする。なる程、伯爵家とはいえそれなりに躾けられているようだ。


 チラッと横顔を盗み見ると、気がついた少女が微笑んで私を見つめてきた。ふとその微笑みを見て思う。

 劇毒にも良薬にもならない、ただの粉。

 すぅと胸が冷える。

 この僕が、伯爵家の入り婿になるなんて。


 そう気がついたら、話を盛り上げるのも馬鹿馬鹿しくなったのでさっさと祖父が待つ庭園に戻った。

 急に冷めた私を不思議そうに見ていた少女だけど、愚鈍なのか特に気にもしていないようだった。


「おや、早かったね」

「初めてお会いしたのに、あまり歩いてもと思いましたので。また次回にでも」

「ええ、是非また案内させて下さい」


 卒なくフォローがはいる。

 確かこの少女は貴族の間では、作法も賢さも抜きん出ていると評判だ。一人娘で婿取りをする立場は貴族の次男や三男から喉から手がでるほど魅力的だろうな。


 季節の挨拶、互いの誕生日、行事の参加、グレースと数々の思い出を重ねても愛しいとも思えなかった。

 そんな彼女との付き合いも5年になる。15歳になり互いに学園に通っている。


「アイン様、今度の長期休暇はどのように過ごされますか?」

「あぁ…いつものように王都で過ごすつもりだ」

「あの、もし良かったらうちの領地に…」

「すまないが、婚姻したら嫌でもグレースの領地に行く事になる、もう少し王都に居させてくれないか」

「はい…」


 すんなりと引き下がり歩いて行ってしまった。グレースの凛とした後ろ姿を見ていたら、級友でもあるクリストファー第2王子殿下に声を掛けられた。


「アインと婚約者のグレース嬢は仲が良いみたいだな」

「…まぁそれなりには」

「グレース嬢が願った婚約と聞いたぞ」

「そうでしょうね」


 グレースが願った婚約と周りが言っているからきっとそうなのだろう。


「余裕だな」

「いえ…そんな事は」

「ふふ、まあ謙遜するな」


 僕の中の自尊心は、ほんの少しだけ満足する。

 しかし、クリストファー殿下の婚約者ユリアナ嬢や周りの嫡男達の婚約者を思い出すと、急にグレースが色褪せる。

 所詮、次男や三男にあてがわれる、その程度だ。


 16歳になると、ジリジリと焦げ付く様な焦燥感が湧き上がってくるようになった。グレースとの結婚が後数年に迫ってきているからだろう。

 自分にはもっと美しく地位の高い運命の女性がいるのでは無いだろうか…。もっと、もっと。


 もはや惰性と習慣で季節ごとのカードを贈り合い、月に1度の顔合わせも欠かすこともない。ガラス玉の様に感情の籠もらない目で彼女を見つめる。

 こんなに気持ちが無いのに、全く気が付かないグレースに苛立ちすら感じる。





 そんなある日、衝撃的な事が起き世間を騒がせた。


「ミキ・ダールイックです。宜しくお願いします」


 100年ぶりに聖女が異世界から来たのだ。王宮の泉に落ちてきた彼女は、国の宰相が養女として身元を引受けた。春先に保護され貴族のマナーを理解もしていない内に学園に来たのは夏の初め。


 よく笑い、怒り、悲しみ、楽しそうにコロコロと表情を変える彼女は新鮮で眩しかった。

 それに、なんと言っても聖女というネームバリューもさることながら、彼女の後楯は宰相のダールイック侯爵家だ。


 すぐさまミキに近づき親切にしてやった。夏も終わりには、ミキは困ったようにはにかむと好きだと伝えてくれた。僕は笑いが止まらなかった。

 ミキこそ僕の運命の相手。地位も名誉も思うままだ。僕は有頂天になりミキにのめり込んだ。


 秋の終わり。


 僕とグレースは17歳になった、婚姻は早くて18歳と言われている。

 やっとグレースに婚約の白紙を言い渡してやった。これでこの平凡な少女の顔を見なくて済むと思うと知らず満面の笑顔になっていた。


「すまない。婚約を無かった事にしてもらえないだろうか」


 グレースは衝撃を受けているようだった。


「わ、若?」


 慌てた侍従や侍女が僕の気は確かかと確認してくる。僕は侍従と侍女に言い聞かせるように。


「私はどこもおかしくなっていないよ?

 それで、グレース返事を聞かせてもらえないだろうか?」


 蒼白になったグレースは俯向きながら、掠れた声で問われた。スカートを握りしめた手は白い。


「私になにか落ち度でも?」

「いや…落ち度というなら私だ。私は真実の愛を見つけたんだ」

「し、真実の愛ですか…」


 シン…と針を落としても聞こえる静けさが広かった。少しだけ時間が過ぎグレースはふっと息を吐いた。


 そして真っ直ぐに僕を見つめて伝えてきた。


「私の父にお話しして下さいませ。それでは失礼致します」

「何故?君の父君に。この婚姻は君が…」

「いいえ。いいえアイン様。私も父も望んでおりませんでした。アイン様の祖父であるシュバルツ侯爵閣下からの直々のお話でお断りする事は叶いませんでした…ですから、アイン様から父やシュバルツ侯爵閣下へ説明して頂きとうございます。そして、その結果を私はただ聞くだけでございます」


 グレースが望んだ婚約では無いと?


 少しだけ不味い事になったかなと頭を不安がかすめたが、お祖父様も聖女を射止めたと知れば怒ることも無いだろう。

 もう婚約者でもないグレースの見送りはせずに、真っ直ぐお祖父様の部屋へ向かった。




 祖父の仕事部屋に通され、すぐ様報告する。


「お祖父様、たった今グレースとの婚約を白紙にしました!」

「…そうか。とうとうやったか」


 重厚なカヤン材で作られたテーブルを挟み、祖父は椅子に座り僕は立たされ、沈痛なため息が祖父から聞こえた。


「幼い時から傲慢な子供だと思っていたが…そうか」


 祖父はそう言うと、テーブルの左の引き出しから、分厚い報告書を取り出し僕の足元へ投げつけた。

 祖父から、激しい怒りが伝わりギクシャクと報告書を拾う。


「立ったまま読め」

「は、はい…」


『ミキ・ダールイック身辺調査書』


 読み進めるにつれ僕の体が震えた。

 騙されたという怒りと、未来が閉ざされた音すら聞こえた。読み終わるまで祖父はジッと待っていた。

 最後のページを見終わり、僕は祖父を上目遣いに見た。


「何か言う事はあるか?」

「…ぼ、僕はこんな事知らない!そうだ、騙されていました!だから、今からでもグレースに」

「黙れ」

「グレースに」

「黙れと言ったのが聞こえなかったか?」

「………」

「この婚約は、儂が自ら選び抜き、儂が頭を下げて叶ったものだ。かの領地は豊かで実質侯爵家以上の力も財力もある、しかし揉め事を嫌いわざと伯爵の爵位にとどめている。この意味がわかるか?」

「……そんな…」

「伯爵が嫌であれば、お前の代で侯爵にでもなればよかろうが。この馬鹿が、目先の欲に溺れよって」


 祖父は淡々と事実を突きつけてきた。


「グレース嬢が何度お前を領地へ誘ったか覚えているか?夏と冬の長期休みの度に誘われていたそうだな?1度でもかの地へ赴いておけばその繁栄がわかったものを…もう良い。既に根回しは済んでおる」


 祖父は、僕がグレースを見ていたのと同じガラス玉のように感情の籠もらない目で僕を見た。そんな目で僕を見るな!体がガクガクと震える。


「お前の母親がみっちりと領地経営を仕込んだ兄を呼び寄せたわ。学園を卒業する迄はここへ置いてやる。だが学園を卒業したら何処へとも行くといい、わかったな?」

「そんな!お祖父様」

「摘みだせ」


 家令と侍従に引きずり出され扉は閉められた。


「当主様からの伝言で、グレース嬢に復縁を迫る事があれば、貴族籍を直ちに抜くと仰っておりました」

「うわああああああああっ!お祖父様!何でもします、放逐だけは!お願いです!お祖父様!お祖父様!!」


 



 結局、祖父が会ってくれる事はなかった。


 あれだけ馬鹿にしていた兄は祖父に生き写しの様な人で太刀打ちすら出来なかった。学園を卒業して直ぐに父に頼ったが、鼻で嗤われ追い払われた。

 

 学園を卒業させてくれたのは、今思えば祖父の温情なのだろう。短い期間とはいえ家を出る準備が出来た。

 そして学園を卒業した事で何とか王宮の平文官となった。しかし雑用を押し付けられるのは当たり前、長い労働時間に低賃金。

 なんとか借りる事が出来た家は、立て付けが悪く隙間風が入り体は芯から凍えて目が覚める。朝は黒パン2つと夜は少しの具が入ったスープ。

 明日もしれない貧乏暮らしに既に心は折れてしまった。


 ミキは、卒業パーティでやらかしたクリストファー殿下とその取り巻きと共に断罪された。自分の今後の身の振り方を考える為に、彼等から距離を置いていたのが、首の皮一枚で助かったというところだが、今の現状なら同じようなものかと項垂れる。



 暫くしてグレースが帝国の側妃となったと風の噂で聞いて呆然とした。僕が手放した価値の大きさに、胸が真っ黒に塗りつぶされた。

 嫉妬、羨望、後悔、すぐ側に僕の栄華はあったのに。


 その日、なけなしの金で酒を買い、前後不覚になるまで酔い潰れた。酒を飲む間だけ全てを忘れられた。美しいと言われた美貌も今や見る影もない。


 落ちぶれて自己憐憫にたっぷりと浸りきり、酒に溺れ仕事も首になり借家も追い出され、借金をしていた金貸しに捕まり僕は雑役夫として知らない土地へ送られた。

 只ひたすら、毎日石を掘り出し整備された地面に石を撒く。何も考えず頭を空っぽにして、毎日毎日。


「よう、あんさんやってるか?」

「………」

「全く暗え奴だな!」


 1年も経つ頃に、ここの仕事を取りまとめる男が朗らかに話しかけてきた。


「最初は力は無いし、石は転がすし、全く使えない奴だと思ったが、あんさん何とか勤め上げたな!おめでとさん。今週いっぱいでお前の借金は無くなるってよ」

「え…?」

「なにボケた面してんだ?喜べよ」

「…借金が無くなる?」

「そりゃそうだろう。真面目に働いてきたんだ。見ろよお前この光景を」


 バンっと背中を軽く叩かれて、僕は俯くのをやめて背後を振り返った。


 整備された街道に撒いた石が踏みしめられ、雨風で色が滲み出し、眩しい程の輝きを放つ。少し顔を横にすると煌めきが変わりまた別の色が目に入る。

 今まで見たこともない七色の輝きに、胸が言葉にできない熱いものでいっぱいになった。


「うわぁ…」

「まぁ、毎日俯向きながら働いてたらわかんねぇよな。俺らこんな綺麗なもの造るのは初めてだぜ!じゃ伝えたからな!今週いっぱい精出してくれよ!ガハハハッ」


 僕は何故か泣いていた。

 理由は解らない、わからないけど何かが揺さぶられた。


 その日、雑役夫の宿舎で夕食を食べている時に、初めて周りの雑役夫にここは何処で、何を作っているのか聞くと、皆呆れた顔をして色々と教えてくれた。


「ここは帝国領の1つで、グレース側妃様の治める土地だぜ」

「そうそう、グレース様が道整備してくれて見通し良くしてくれただけでも有り難いのにな」

「なんか石を撒けなんて言われた時は、何言ってんのか貴族ってのは変わってるなと皆思ってたけどよ」

「そうそう、あん時はみんな唖然としたけど」

「見たか?あの輝き」

「凄えだろう!」

「あの使えなかった屑石が今じゃ高値で売られる様になってな」

「グレース様々だよな!本当」

「君達はここの地元の人間なのか?」

「あぁ!そうさ、俺は隣の領地の農家だけどな。今みたいに寒くなった休畑時期は、ここで働かして貰ってるよ。いい給料貰えて家族も養えていい領主様だぜ、グレース様は」

「本当だな!よしグレース様に乾杯だ!」

「グレース様に乾杯!!」


 男達は陽気にグラスで乾杯していた。

 こんなに気の良い人達だったなんて、知らなかった。あのグレースの治めている土地だなんて知らなかった、僕が毎日やっていた仕事がこんなにも感動するなんて思わなかった。

 僕は幾つになっても大切な事に気がつくのが遅い。




「え?そのまま働かせて欲しいだって?」

「はい、出来たらなんですが。自国に戻っても待つ人なんかいませんし。この綺麗な道の完成がみたくなって…」

「まあ、人手は足りないから構わないが、ならもう石落とすんじゃねぇぞ!」

「はい、それはもう」


 僕はここに来て初めて笑顔で返事をした。僕の心からの笑顔に周りはどよめいていたが、心が晴々としてこんなに気分が良いのは生まれて初めてだ。


 この道の完成が見てみたい。

 また昨日の様に胸が熱くなってみたい。

 

 


 資料によると帝国のグレース領から始まった街道整備はその後、帝国全土に広げられ完成したのは50年後だった。

 後に、この街道整備の総監督として全力を注いだ男が100年掛ると言われた整地を50年で仕上げたと言われている。


 現在、大帝国が滅びてから数百年経った今日(こんにち)でも、七色に輝く街道は常に人が賑わい感動を与え続けている。

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