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正直なところ、「制服を売る」という行為が、ここまで大ごとになるとは思ってもみなかった。
精々が、上質な生地と斬新なデザインで専門家の目に止まるくらいだろうと、ちょっと高値で売れたら儲けものと、その程度に考えていた。
話を整理しよう。
問題となっているのは、合成生地の製法が技術革新になる可能性だ。
見返りは、話の持っていきかた次第ではあるが多額の金銭。
懸念すべきは……時間か。
「カミラさん。そちらに持っていった場合、話がまとまるまでどれくらいかかると思われますか?」
「ええと……こんな商談はしたことがないから、正確なところはわからないけれど。かなり大きな話になるでしょうし、数日はかかるんじゃないかしら」
アウトだ。
「お断りします」
「えっ!? でも、相応の見返りは……」
「そういう話じゃないんです」
ヒセアムが何か始める前に、この街から出て行くための資金を得る。
それが制服を売ろうとした理由だ。
この話に乗れば、資金は潤沢に得られるだろう。だが、街を出るのが遅れる。それは望まない。
だが、ほかに売れそうなものなどない。
「提案です。技術革新とかそういったことは一旦置いておいて、カミラさんはこの服そのものにはいくらの値を付けますか?」
だから、服を得るのは継続する。
付随する技術については、私の知るところではない。勝手にやってもらおうじゃないか。
「ううん……エーカさん、ハルカさんの体型からみれば、手直しはそれほど必要ないでしょうし……生地も上質、デザインも斬新。金貨2枚かしら」
「ではこうしませんか? 私たちは金貨20枚で、服2着とそれに付随する権利全てを提供します。技術の権利については一切主張しないこととするので、この場で換金してください」
「いいの? きちんと扱えば巨万の富を築くことすらできるかもしれない、未知の技術の権利をそんなに簡単に手放すなんて」
「はい」
「貴女も……それでいいの?」
遥はびくりと肩を弾ませる。
「えっと……」
「エーカさんが全て決めているようだけれど、貴女の私物でもあるのよね。ハルカさんにも決める権利はあるはずよ」
「私は……」
「その通りね。遥。私の意見に賛成か、反対か、自分で決めなさい」
言葉に詰まった遥にそう告げる。
初めから、依存させるという選択肢はない。『演算』の力もあって状況把握がしやすいとはいえ、流動的な状況にたった2人飛び込むのだ。今後、自律的な判断が求められる可能性が極めて高い以上、傀儡など不要である。
そう思うと、今の状況は都合がいい。遥の意思確立に使わせてもらうことにしよう。
「これはあくまで私の意見よ。状況的に、今必要なことは、必要最低限の資金を得ること、できる限り早く行動すること。王都に長く留まるとそれだけリスクが増していくわ」
丁寧に、今の状況を説明していく。
「この話を受ければ、お金は得られるかもしれないけれど、数日という時間が必要になる。『服を持ち込んだのが私たちである』という足も付いてしまう。それにね、利権はしがらみにもなるの。王都を離れるのが難しくなる可能性もある」
その上で、この選択をした時に何が起こり得るのかを伝える。
「お金は惜しい。でも、自分たちの身を危険に晒してまで得ようとする必要はないと、私は思うわ」
真剣に目を合わせ、言葉を重ねる。
「私たちは時間が惜しいの」
遥はぎゅっと目をつぶり、小さく頷いた。
「そう、だね……」
「けれど、最初にも言った通り、これは私の意見。納得できないことがあるなら言いなさい」
そのまま待つが、遥は口を開かない。
結局、ゆるゆると首を横に振った。
「英佳さんの言う通りだと、思う」
「それはちゃんと考えてのこと」
「……うん」
「そう」
本音を言うなら質問くらいはして欲しかった。
だが、遥のこれまでを考えると、すぐには難しいだろう。
どのみち布石は打った。結果を急ぐ必要はない。
「ということです」
カミラに視線を向けて告げれば、渋々とした様子ではあるが、頷きが返ってきた。
「分かったわ。エーカさんの提案を受け入れます」
「ありがとうございます。……契約書は無しでいいですか? 先程も言った通り足を残したくありません。手放してしまえば私たちの所有物であった証拠はなくなりますし、私たちは王都を離れますから」
「事情は聞かないわ。巻き込まれたくありませんから」
「あ、金貨2枚分は銀貨でいただけますか」
遥の分の制服と引き換えに、皮袋を2つを受け取る。金貨18枚が入ったものと、銀貨200枚が入ったものだ。ふうん。100枚で1つ上の貨幣になるわけか。
半分に分けて、遥に渡した。
「え?」
「カミラさんも言っていた通り、これは遥のものよ」
言葉だけでは意味がない。
行動が伴って初めて、発言には説得力が生まれるのだ。
「昨日も言った通りよ。私は貴女だから、一緒に来て欲しいと願った。その言葉に偽りはないわ」
だからこそ、この程度のリスクは許容しよう。
結局、何をするにしても不確実性は発生する。
ならばその不確実性は、コントロール下にあることが望ましい。
蒼井遥という少女は、私にとって脅威たり得ない。
であるから、ある程度のリスクは許容される。
私は極めて真摯に、最善の未来への言葉を吐き出した。
「頼りにしてる。よろしくね」
「……う、うん!」
遥は、ほんのりと頬を赤く染め、強く頷いた。