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 店主は真剣な表情で、私の着ている制服を調べている。女性同士だから良いものの、これが店主が男性だったら犯罪案件だ。

 軽く苦笑をこぼし、提案してみる。


「よろしければ、一度着替えましょうか。替えの服がないのでお借りすることになりますが……」


「そうね、こちらに来てちょうだい」


 食い気味にそう言われ、内心の笑みを深くする。

 制服の類は日本でも高級品だ。星宮高校は私立だけあって、制服一式を揃えようと思うと20万ほどはかかる。


 現代を現代たらしめているものの一つに、投資の規模の大きさがある。

 中世では、得られた余剰利益の8割が消費、特に王国貴族の贅沢に消えるが、現代ではその比率は反転する。

 何よりもまず、明日の豊かさのために投資をし、残った財が収入や支出として分配される。


 これは衣類を考えると分かりやすいだろう。

 中世の王族を飾る衣類は、購入しようと思えば一般市民の数十年分の年収が必要となる。

 それに対し現代では、アルマーニのフルオーダーだろうが数十万円で購入できる。


 その差が、明日の消費を増大させるのだ。


 ……言いたいのは、封建制では大した豊かさは実現できないということだ。富を民間に移し、積極的に設備投資が為されることで豊かさは実現する。


 その豊かな世界の中でも指折りの先進国である日本で生産された、20万もする制服が、この世界に通じないわけがないだろう?


 既にギラついた視線を隠そうともしない店主。最初の可愛らしい雰囲気は彼方に消え去っていた。


「そうね……これを着てちょうだい。もちろん2人分売ってくれるのよね?」


「金額次第ですが、そのつもりです」


 満面の笑みとともに2着の服を押し付けられる。


「はい、これ」


「あ、うん。ありがとう」


 2人で着替えていく。

 制服を脱ぎ、下着姿になる。

 ……遥は着痩せするタイプなのか。私は自分の胸を見下ろしてため息を吐いた。


 ふむ。

 何か言うべきなのだろうか?

 体育前の更衣室を思い出す。

 仲の良い女子たちが組んず解れつしていて迷惑を被った記憶しかないが、あれが友情を深める一歩なのだとすれば、やっておいた方がよいのだろうか。

 むむ、と悩む。

 ああ、やはり人間関係は面倒くさい。


「……あの」


「どうした?」


 考え込んでいると遥の方から声をかけられる。

 遥は遠慮がちに、私の体に視線を這わせていた。


「英佳さん、すごくキレイだね……」


「え」


 なんか先に言われてしまった。

 思わずぽかんとしてしまう。遥はボッと顔を赤くして、慌て始めた。


「あ、いや、その、ごめ、私、何言って」


「お、落ち着いて」


 何が起こってるの?

 どうしたらいい?

 正解がわからない。

 ああもう、人間って面倒くさい!


「その、本当に、英佳さんがキレイでビックリしちゃって」


「……ありがとう。とりあえず、着替えよっか」


「う、うん……」


 遥は消え入るような声で頷く。

 着替え終わるまで、何となく居心地の悪いままだった。






「お待たせしました」


「いえいえ。よく似合ってるわ」


 店主は自身が選んだ服を着た私たちを見て、満足そうに何度も頷いた。

 実際センスは凄くいい。


 私に渡されたのは、黒を基調とした、怜悧な印象を与えるシンプルなワンピースドレス。地味にならないギリギリまで装飾を抑えた結果、控えめな装飾やフリルが存在感を主張する。姿見を見れば、私自身の鋭さを感じさせる美貌もあり、孤高の姫君を思わせる。


 遥のは、私のものとは雰囲気が一変する。空色の生地をふんだんに使いふんわりと仕上げたハイウェストのロングスカートに、キラキラと上品な存在感を発揮する白色のブラウス。何かが織り込まれているのだろう、生地自体が輝きを発しているかのようだ。おっのりとした顔を赤く染めてうつむく様子は、例えるなら、初恋に戸惑う少女のようだ。


 ……我ながら、何とも現実からかけ離れた評価になったものだ。

 私は姫君どころかサイコパスだし、遥はコミュ症のいじめられっ子である。落差が凄まじい。


「良い服ですね。これは幾らするんですか?」


「気に入ってもらえたのかしら? 銀貨で40枚よ」


「なるほど。ちなみに遥の着ているのは?」


「そっちは32枚。その黒い生地は染色がすごく難しいらしいのよ」


 そんな会話をしながら

 店舗の奥への部屋へと案内され、座って向かい合う。


「それじゃ、自己紹介させてちょうだい。カミラです。この店のオーナーよ」


「英佳と申します」


「は、遥です」


「エーカにハルカね。分かったわ」


 発音が若干変だが、まあいいか。


「まずはこれを」


 私が着ていた制服を渡す。カミラは机の上に制服を広げ、検分し始めた。


「んん……生地は動物の毛、なのかな? 見たことがないくらい上質だから、もはや別物な感じもするわね。デザインも見たことがない……」


「おっしゃる通り、生地はウール……羊毛がメインです。ポリエステルが3割ほど使われていますが」


「生地を混ぜたの!? そんなことが……それに、ポリエステルっていうのは聞いたこともない」


 まあ化学繊維だし。


「そもそも複数の素材を使うという発想がなかったわ。この発想だけでも一つの技術革新になり得る……私個人で手に負える話じゃないわね」


 しまった、そこは考えていなかった。

 ……そうか! 既得権益、ギルド制!

 排他的な職人組合の存在。この文明レベルならあってもおかしくない。


 カミラは意を決したように顔を上げる。


「この話、服飾ギルド、そして商人ギルドへと持っていっても?」

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