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1章開始です
勢いで城を出たのはいいが、さてこれからどうしたものか。
金もない、情報もない、力もない。
ないない尽くしの現状ではあるが、『演算』と『千里眼』という特殊能力と蒼井、そして私自身という手駒だけはある。
これらをうまく使って切り抜けなければならないというわけだ。
忌々しいばかりに白く輝き出した空を睨みつけ、これからの行動を思案する。
……まずは先立つ物。そして情報、か。
考えようにも、その材料がなければ間違った結論しか吐き出せまい。正しい情報を得る必要がある。
「えっと……東御さん……?」
「英佳でいいわ。なに? 遥」
「えっ、あ、うん。これからどうしよう……って思って」
いや、少しくらい自分で考えろよ。
小さくため息を吐くと、遥はビクリと身を竦ませた。
……なるほど。
これまでこの子は、そうやって生きてきたわけだ。
強い者の下につく。
自信がないから、自己主張せず、考えもせず、怯えながら言われたことをこなし続ける。典型的な負け組、いじめられっ子の思考。何があったか知らないけれど、正直嫌いなタイプだ。
いやまあ、好きなタイプとかないけど。
「……まずはお金を稼ぎましょう」
今の私たちは無一文。着の身着のままとはこのことだ。今日の食事代と宿代くらいは稼がなければいけない。
遥もそれに思い至ったのか、慌ててコクコクと頷いた。
王城から離れるように移動しながら考える。
「さてどうしましょうか」
「どこかで雇ってもらうとか……?」
「別にそれでもいいのだけれど、あまり好ましい案ではないわね」
現状維持はできるだろう。けれど、生活は良くならない。
それと、懸念が一つある。
「必要だったとはいえ、あれだけ煽ったヒセアムが何もしないでいるなんてあり得ない」
好々爺の仮面が剥がれた後のヒセアムは、特殊能力によって人を区別し、使えないと判断した相手を見下していた。最底辺と断じた相手にあれだけの仕打ちを受けたのだ。絶対に報復してくる。
問題は、それがいつなのか……無一文で追い出した以上、即座に何かしてくるとは思えない。だけれど、ヒセアムのお膝元である王都からはできるだけ早く逃げ出したほうが良いだろう。
「だから、生活を支えるだけでは不十分よ。できる限り早く、逃亡資金まで稼ぐ必要があるの」
「そっか……」
浮かんだ案をいくつか検討する。
……仕方ない。リスクはあるが、今回は速さ重視でいこう。
「付いて来て」
「う、うん」
メイドから聞いた情報によれば、王城は、大きな湖を背後に作られている。そこから半円状に広がる都の、王城に近い方から、執政区、貴族街、商業区、歓楽区、一般区。歓楽街の西側はスラムとなっている。
今から目指すのは商業区だ。
貴族街を囲う城壁を抜けると、街並みが一変した。高級感のあるゆったりとした造りは変わらないが、建物の目的が明確に変化する。居住のための閉ざされたものから、客を呼び込み物を売るための開かれた場所へ。それが、開放感に繋がっている。
移動しているうちに日が昇り、あたりは明るくなっている。貴族街に近いだけあって騒がしさはないが、すれ違う人々もそれなりにいて、話し声も聞こえてくる。
「……やっぱりね」
周囲の人々の様子を見て、口の中でつぶやく。
なんとか目論見通りにことが運びそうな感触を得て、わずかに気が緩んだ。
「失礼、ご婦人。少しお時間をよろしいでしょうか」
「どうされましたか?」
通りがかった、上品な女性を呼び止める。薄手のワンピースを身にまとい、日傘をさした妙齢の美女だ。背後には執事服の男性を控えさせている。私が声をかけた瞬間、執事が婦人の横に立った。何かあれば割って入れる位置だ。
「恥ずかしながら、この辺りには詳しくないのです。服を仕立ててもらいたいのですが、良い店をご存知ありませんか?」
「服を、ですか。申し訳ありませんが、そのようなお召し物を仕立てられるお店は存じ上げません」
「いえ、ぜひ、ご婦人のお召しになっているようなものをと思ったのです」
実際、女性の服は非常にセンスが良い。決して華美ではないが、女性の持つ儚げな魅力を余すことなく表現し切っている。
……残念ながら私には似合わないだろうが。儚げなどという形容詞は私には付かない。
「まあ……この服を仕立てていただいたお店でしたら、お伝えできますわ」
ほんのりと頬を染めた女性に店の場所を教えてもらい、お礼を伝えて別れる。
ついでにブレザーがこの世界では珍しいことも確認できた。想定以上の成果だ。
「服屋に行くの? お金なんてないのに……」
首を傾げている遥を「行けばわかるわ」と促しげ歩みを進める。言われた通りに進めば、10分ほどでそれらしい建物が見つかった。扉が開け放たれた小洒落た民家といった外見で、小さな看板と可愛らしい服を着せられたマネキンが2台出されている。
「可愛い……」
「そうね。私には似合わないだろうけれど」
小さく嘆息しながらつぶやく。可愛いとか儚げとか、私はそんなキャラじゃないのだ。知ってた。
「そんなことないよ! 英佳さんすごく美人だし、きっと似合うと思う……!」
「ありがとう。けれど、言動を知ってる人からすれば違和感しかないでしょう」
ワタワタと両手を振っての主張はありがたいが、自分のことは自分が1番よく知っている。慰めてくれなくても結構だ。
そう思っていたが、遥の意見はどうやら違うらしい。
「う、ううん! そんなことない、絶対似合う!」
……意外だ。
思わず固まってしまった。不覚。
そんなことを言われるとは、想像だにしていなかった。
「ご、ごめん」
「いえ……ありがとう」
俯いてしまった遥にゆるく首を振る。
この胸中を満たす気持ちはなんなのだろう? 何故だか非常にこそばゆい。
ギクシャクしながら店の中に入る。
「……失礼」
「あら、可愛らしいお客さんね。いらっしゃい」
私たちを出迎えてくれたのは、薄い桃色のエプロンを身につけた、これまた笑顔の似合う美人だった。
思えば城のメイドたちも美人だった。この世界、美人率高すぎだ。
店主の興味深そうな視線を感じ取り、内心で笑みを浮かべる。
「服を仕立ててほしいのだけど……その前に」
見せつけるように、その場でくるりと一回転する。
店主の目がキラリと光った。
「この服を買い取ってもらえないかしら。幾ら出してくれる?」