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夜。
皆が寝静まった頃、私は隣のベッドに声をかけた。
「蒼井さん、起きてる?」
「あ……うん。起きてるよ」
布団がモゾモゾと動き、泣き腫らした目がこちらに向けられる。
「ごめんなさいね。どうしても今夜中に話して起きたくて」
「ううん、大丈夫……」
あの後。
詳しい話は明日からということで、私たちは部屋へと案内された。ほかのクラスメイトたちは個室が与えられていたが、私たちは空いている使用人の部屋に連れて行かれた。いっそ清々しいほどの差別。綺麗さっぱりと躊躇いを消し飛ばしてくれたので、むしろ有難い。
「蒼井さんはこれからどうするつもり?」
ここに連れて来られる途中に、私たちは2つの選択肢を与えられていた。
「下働きとして、みんなのサポートをするか、……城を出て行くか。だよね」
「そう」
ヒセアムはもう演技を止めていた。
彼の浮かべていた、ネチャついた笑みと見下すような視線を思い出す。
「私の予想だけれどね。下働きを選んだら、性奴隷コース真っしぐらよ」
「えぇ!?」
「静かに。……あの視線を思い出して」
男子高校生なんて性欲の塊だ。
自由に命令できる女子生徒を相手にすれば、エスカレートするに決まっている。
ましてや、私も蒼井も、外見だけはトップレベルなのだから。
「うう……ぐす」
再び涙を流し出した蒼井に向け、言葉を続ける。
「それに、気付いた? 命をかけた戦いに連れて行かれるというのに、不自然なほど反論が出なかった。きっと何か、特殊能力で、精神干渉を受けてる。私は、能力で人を差別して、人を洗脳するような相手は信じられない」
「たしかに……」
「だから出て行くわ。こんなところにいるのはごめん。そして……できれば、貴女にも付いてきてもらえると、心強いわ」
「わたし……?」
真っ赤な目を見つめ、強く頷く。
「ええ。蒼井さん、あなたよ。『千里眼』、素晴らしい能力じゃない。それに、貴女はすごく話しやすいの。貴女だから、付いて来て欲しい……どうか、力を貸してくれないかしら」
私の言葉に、蒼井は、ゆっくりと……だけれども確かに、頷いた。
小さく唇の端が持ち上がる。
「ありがとう……! 明日はよろしくね」
「うん……!」
「もう寝ましょう。起こしてしまってごめんなさい」
ふっとロウソクの炎を吹き消すと、部屋は闇に包まれた。しばらくすると、隣のベッドからは小さな寝息が聞こえてくる。蒼井は眠ったようだ。詰めていた息を静かに吐き出す。
ああ、まったく……人間っていうのは、やっぱり面倒くさい。ぐすぐすうるさいし、説得するにも結論だけ伝えるのではダメときた。
論理的に考えて出て行くだろう、こんな国。なぜ躊躇うのか理解できない。なのに、「この国は信用できないから出て行こう」と伝えるだけでこんなにも時間を使わなければならないとは。実に無駄な時間だった。
だが、間違いなく、『千里眼は』使える。ヒセアムは望遠鏡で代用できると言っていたが、そんなわけがない。
ヒセアムの特殊能力に対する評価を聞いていて、わかったことがある。
特殊能力は、「戦闘に役立つかどうか」を軸に評価されている、ということだ。
その観点からすれば、なるほど確かに、千里眼は役に立たない。
本当にそうだろうか?
『戦闘』であれば、そうだろう。
だが。『戦争』ならばどうか?
リアルタイムで広域を視認できるこの能力が、使えないわけがない。
ああ、実に嘆かわしきは、パラダイムの古さだ。地球では紀元前500年ごろに孫武が『兵は詭道なり』と金言を残したが、こちらの世界では2500年ほど考え方が遅れているらしい。
他にも、使い道などいくらでも思い浮かぶ。
こんな汎用性の高い能力を否定するとは……愚かにもほどがある。
なにはともあれ、今は『千里眼』が手に入ったことを喜ぼう。
そう考え、私もゆっくりと目を閉じた。
翌日。
「さて、答えを聞かせてもらえますかな」
私たちは早朝に部屋に来たヒセアムと向かい合っていた。その顔には下卑た笑みが浮かんでいる。本格的に隠すつもりがないらしい。
まあ、分かるよ。
能力とともに存在価値を否定され、差別的な扱いを受け、孤立した。その精神的負荷は察するに余りある。そこに精神干渉を打ち込めば、手のひらの上だと思うだろう。
……通常ならば。
「下働きか、出て行くか。ああ、どちらでも勇者の称号は剥奪します。無能に名乗れるほど安い名ではありませんのでな」
チラリと蒼井を見遣れば、小さく震えている。これは無理かな? 覚悟を決めるためにも、出来れば蒼井に言って欲しかったのだけど……。
……いや。
ちょっと背中を押してみるか。
「……!」
そっと指の先を握る。視線を合わせ、強く頷いてやる。大丈夫、私が守る。なんてね。
蒼井は小さく深呼吸を繰り返し、覚悟を決めたように口を開いた。
「出て行きます」
「……ほう」
きっぱりと告げられ、ヒセアムは手を細めた。
十中八九、精神干渉をしてきたのはヒセアムだ。詳細は分からないが、おそらくは言葉を信じやすくさせる効果を持つ能力だ。
きっと、人を手玉に取れると信じてきたのだろうな。
悪いが、私はそんなに甘くない。
残念ながら、お前が打ってきた布石は、既に昨夜、私によって完結しているのだ。
「しか「聞いての通りだ。私たちは城から出て行く。結論は変わらない」
言わせない。
言葉で何かしてきているのは分かっているのなら、言葉など聞きはしない。
「では失礼」
付け入る隙など与えない。
顔を歪めるヒセアムの隣を抜けて部屋を出る。手を引くまでもなく、蒼井はちゃんと付いてきた。
私たちはそのまま、城を出た。
……流石に道を覚えておらず、途中メイドを捕まえて案内してもらったのは、ご愛嬌。