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「お、おお……成功だ……」
そんな声が耳に入る。
目を開けると、そこは様変わりしていた。
石で作られたのであろう、巨大な建築物。広さは体育館ほどだろうか。壁は大理石だろう白、地面には赤の絨毯が敷かれている。頭上には赤い布地に不思議な模様の描かれた旗が何本もはためいている。そんな部屋の中央に、私たちは倒れていた。
周囲を見回すと、何人かがふらふらと起き上がっているところだった。
「うぅ……何があったんだ。みんな、無事か?」
桐谷の声。生徒から信頼された担任の声は、相変わらずよく通った。
次々と上がる肯定の声に、その表情がわずかに緩む。
その様子を見て、私たちの前に立っていた黒いローブ姿を老父が口を開いた。
「失礼。あなたが、勇者様がたのまとめ役でよろしいですか」
「……そちらは?」
警戒心に満ちた桐谷の声に、場の緊張感が一気に高まる。
老父のとなりに立つ若い男が顔をしかめ一歩踏み出すが、老父はそれを手で遮る。豊かにたくわえられた髭を撫でながら苦笑いをこぼした。
「そう警戒してくださるな。儂はローメンス王国宮廷魔術師長をしております、ヒセアム・フォン・ゲンロと申します。この度は儂らの召喚に応えていただいたこと、心より感謝いたします」
「これはご丁寧に。星宮高校2-B担任、桐谷直哉です。……そして」
桐谷の目が剣呑に細められる。
「召喚とは、勇者とは。どういう意味なのか。ご説明願います」
「もちろん。すぐに説明させていただきますとも。ですが」
にこりと笑ったヒセアムが片手をあげると、背後の扉が音を立てて開いていく。
身を硬くして警戒していたが、入ってきたのは、なんというか……クラシカルなメイド服を着た、若い女性たちだった。手にしたトレーには、木製のコップが並んでいる。
「まずはお飲み物でも飲んでくつろいでくだされ。長い話にまります故」
メイドさんだ! とはしゃぐ男子たちと、それを冷たい目で見る女子。馬鹿騒ぎを聞き流しながら、差し出されたコップを見つめる。そっと桐谷を見やれば、彼もまた、飲み物に口をつけていなかった。
「失礼ですが、毒物が混ざっていない保証は?」
喜んではしゃいでいた男子生徒の表情が固まる。その顔には、もう飲んじゃった、と書いてある。
ヒセアムは近寄ってきたメイドからコップを受け取り、中身をゴクリと飲み込んだ。
「ふむ。これで如何ですかな」
「……失礼しました。いただきましょう」
男子生徒が大きくため息を吐き、中身を一気の飲み干す。それを尻目に私もコップを受け取り、口に含んだ。
……へえ。なかなか美味しい。
桃とミカンを合わせたような、すっきりとした甘さが口に広がる。
「アコルの果汁を薄めて冷やしたものです。王都でも人気がある飲み物なのですよ」
「アコル……聞いたことがない。さて、説明をお願いします」
ヒセアムが頷きを口を開く。
「では、お話しさせていただきますーーーー」
◇◆◇
人族は、人ならざるモノ……亜人と呼ばれる種族と争い続けていた。
亜人たちは凶暴だった。高い身体能力や魔力を持つ彼らは、基本的に人よりも強い。人が国を作り、防衛の仕組みを整える以前は、人は虐げられる側だった。
だが、人には、亜人にはない力を授かっていた。
特殊能力。
神より1人につき1つ与えられるその力は、時として大きな力を発揮する。
人は、戦闘に秀でた特殊能力を持つ者たちを集め、防衛のための軍事力とした。
長きに渡る戦いは今でも続いている。だが、戦闘に向く能力の持ち主が増え、軍事力が増した結果、ゆっくりと亜人を追い返していった。
いって、いた。
20年前。
魔王が出現した。
現れると同時に、あっという間に亜人を統率した魔王は、卑劣な手段を用いて人の国を蹂躙した。
男は拷問の末に残虐に殺され、女は狂うまで犯された。
いくつもの街が落とされ、多くの民が苦しみの中で死んでいった。
前線は大きく後退し、人族の生存領域は全盛期の6割近くまで減少した。
今でも人族は劣勢であり、押し込まれるのは時間の問題。そうなれば、滅亡への道を歩むのみとなってしまう。
そうなる前に……
国が滅び、民が苦しむ前に……
太古より伝わる儀式魔術、勇者召喚の儀を執り行うことが決定した。
そうして呼ばれたのが、私たち。
星宮高校2-Bの、二十八人の勇者たちである。
◇◆◇
……ヒセアムの話を要約するとこうなる。
要するに。
『魔王のせいで人類ヤバイよ、助けて勇者様!』
ってわけね。
ふざけてやがるわ。
苛々が募っていく。
私は、他人の尻拭いに、それなりに満足していた学生生活を奪われたってことになる。
あの、だれからも干渉されない静かな日常は、私が苦労して作り上げたものだ。
それを、奪う? そっちの事情で?
本当にふざけないでほしい。今すぐ日本に返せ。
「異世界に勇者召喚キタコレ!」
「ってことはチートとかあんだよね?」
「ま、困ってる人を助けるは当たり前だし」
ワアっと湧いた生徒たちを見て、ヒセアムがにこりと笑う。
苦虫を噛み潰したような顔の桐谷とは対照的だ。芝居染みた仕草で両手を掲げ、声を張り上げる。
「おお勇者様がた! 感謝いたします。どうか、我々を、弱き民たちをお救いください!」
クソッタレ。全ては計算通りというわけか。
好々爺のように振舞っておきながら、このジジイ、飛んだタヌキ野郎だ。
興奮した様子のクラスメイトを横目に、私は奥歯をギリリと噛み締めた。