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5

「はい、確かに承りました。明日の夕刻までにこの木版を持って、もう一度ここにいらしてください」


「分かりました」


「ありがとうございました」


 受付嬢のお礼を受けながら、私は代読屋の少女に視線を向けた。


「あなた、名前は?」


「ん? ミティだよ」


「そう。ミティ、もう一つ仕事を頼みたいのだけど」


 この子の頭の回転は非常に早い。

 相手の話からニーズを掴み、的確なアドバイスを提供する。

 教育を受けていないのが信じられないほどだ。

 ここで逃すには惜しい。


「なーに?」


「馬車の移動には2日かかるんでしょう? その間に必要になるものを買いたいのだけれど、文字が読めないから不安なの。買い物に付き合ってもらえないかしら」


「んー。別にいいけど、いくらくれる?」


「言い値で払うわ」


 ミティはパッと顔を輝かせると、


「ちょっと待ってて! 代わりを呼んでくる!」


 と飛び出していった。

 元気ね。


「英佳さん、どういうこと?」


「この街の、しかも貧民よね、彼女。だったら安い店を知ってるんじゃないかと思ったの」


「なるほど……」


「それより遥。一回、千里眼で城の、いえ、ヒセアムの様子を確認してもらえないかしら」


 動きは早めに察知しておきたい。


「あ、うん。……仕事してるみたいだよ。書類の山に目を通して、判子を押して、ってしてる」


「……あのジジイ、仕事してたのね」


 なんというか、意外だ。

 遥も苦笑いで頷く。

 素顔を知っている私たちからすれば、そういう印象なのだ。


「まあ、それならいいわ」


 良くはなかったのだ。

 残念ながら、既にヒセアムは動いた後なのだと、今の私たちには知る術がない。

 それを、後で思い知ることになる。






「お姉さんたち、お待たせ!」


 ミティが男の子の手を引いて駆け込んでくる。


「そんじゃレオン! そこ頼んだよ!」


「……ゼェ……ゼェ……突然なんなんだよ……あぁ、はいはい」


「それじゃ行きましょ!」


「あー……いいの? 彼」


 可愛そうなほど息を切らしているレオン少年を指差す。ミティは輝くような笑顔を浮かべていた。


「え? 何が?」


 笑顔で言い切ったミティに戦慄する。

 この子、相当にイイ性格してるわ……。

 自分の儲けのために、躊躇いなく他人を巻き込んだ。


「なんでもないわ。遥、行きましょう」


「あ、うん」


 レオンは銅貨を渡された相手に、つっかえながら代読の仕事を始めていた。


 ミティの先導で街を進む。

 賑わっている商店街を通り抜け、裏道へ。


「……いいの?」


「何が?

 ……ああ。あんなところで買うのは素人だけよ。あたしらが買うのはもうちょっとグレーなところ」


 にししと笑うミティ。

 要するに、向かっているのは地元民だけが知る闇市か。

 そう。私はこういうのを求めていたのだ。流石、と言うべきか。


「……ねぇ、書くものある?」


「え? お姉さん文字分かんないでしょ?」


「この辺の文字は、ね。育った土地のなら書けるよ」


「へー」


 手渡されたのは木版と、黒いチョークのような何かだった。


「……これは?」


「煤と粘土を混ぜて固めたやつだけど」


「へぇ……」


 こんなものを使ってるのか。

 手の中で弄って眺めていると、ミティが頬を膨らませた。


「悪いけど、あたしたちはインクを変えるような身分じゃないんだよ」


「あ、いや、そういうのじゃなくて」


 ……めんどくさい。

 道具を観察するのも失礼なのか。

 何かを言うのも面倒になって、買いたいものリストを書くのに意識を向けた。


 えっと。

 食料、野営道具、自衛のための武器、あとは……


「油紙とかあった方がいいんじゃない?」


「油紙?」


 気付けば、ミティが木版を覗き込んでいた。


「うん。防水にも使えるし、火を起こす時の着火剤にも使える優れものだよ」


「へぇ……」


 木版に『油紙』と日本語で・・・・書き足した。


「あとはね……」


 ミティに言われるままにリストを作りながら、心の中で笑みを浮かべる。


 疑問だったのだ。

 当たり前のように代読屋なんて職業が成り立つ世界で、どうやってミティの年で文字を学んだのか。

 去り際に見たレオンの仕事ぶりは、ミティに比べるとずっと劣るものだった。

 だが、客の反応は悪くなかった。きっとあれが普通なのだ。ミティが規格外なだけで。


 もちろん、ミティの努力という可能性もある。

 あるが……

 頑張っても受け取るものが変わらないのに努力を続けられるほど、ほとんどの人間は勤勉ではない。

 私はそう信じている。


 無償の善意やら、

 勤労精神やら、


 そんなものはあり得ないと本気で思っている。

 だから、初めから疑っていた。

 ミティも持っているであろう、『特殊能力』を。


 間違いない。

 ミティは、解読系の能力を持っている。


 非戦闘系だからこの国では評価されないが、

 私が今、最も求めているうちの一つを。

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