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「はい、確かに承りました。明日の夕刻までにこの木版を持って、もう一度ここにいらしてください」
「分かりました」
「ありがとうございました」
受付嬢のお礼を受けながら、私は代読屋の少女に視線を向けた。
「あなた、名前は?」
「ん? ミティだよ」
「そう。ミティ、もう一つ仕事を頼みたいのだけど」
この子の頭の回転は非常に早い。
相手の話からニーズを掴み、的確なアドバイスを提供する。
教育を受けていないのが信じられないほどだ。
ここで逃すには惜しい。
「なーに?」
「馬車の移動には2日かかるんでしょう? その間に必要になるものを買いたいのだけれど、文字が読めないから不安なの。買い物に付き合ってもらえないかしら」
「んー。別にいいけど、いくらくれる?」
「言い値で払うわ」
ミティはパッと顔を輝かせると、
「ちょっと待ってて! 代わりを呼んでくる!」
と飛び出していった。
元気ね。
「英佳さん、どういうこと?」
「この街の、しかも貧民よね、彼女。だったら安い店を知ってるんじゃないかと思ったの」
「なるほど……」
「それより遥。一回、千里眼で城の、いえ、ヒセアムの様子を確認してもらえないかしら」
動きは早めに察知しておきたい。
「あ、うん。……仕事してるみたいだよ。書類の山に目を通して、判子を押して、ってしてる」
「……あのジジイ、仕事してたのね」
なんというか、意外だ。
遥も苦笑いで頷く。
素顔を知っている私たちからすれば、そういう印象なのだ。
「まあ、それならいいわ」
良くはなかったのだ。
残念ながら、既にヒセアムは動いた後なのだと、今の私たちには知る術がない。
それを、後で思い知ることになる。
「お姉さんたち、お待たせ!」
ミティが男の子の手を引いて駆け込んでくる。
「そんじゃレオン! そこ頼んだよ!」
「……ゼェ……ゼェ……突然なんなんだよ……あぁ、はいはい」
「それじゃ行きましょ!」
「あー……いいの? 彼」
可愛そうなほど息を切らしているレオン少年を指差す。ミティは輝くような笑顔を浮かべていた。
「え? 何が?」
笑顔で言い切ったミティに戦慄する。
この子、相当にイイ性格してるわ……。
自分の儲けのために、躊躇いなく他人を巻き込んだ。
「なんでもないわ。遥、行きましょう」
「あ、うん」
レオンは銅貨を渡された相手に、つっかえながら代読の仕事を始めていた。
ミティの先導で街を進む。
賑わっている商店街を通り抜け、裏道へ。
「……いいの?」
「何が?
……ああ。あんなところで買うのは素人だけよ。あたしらが買うのはもうちょっとグレーなところ」
にししと笑うミティ。
要するに、向かっているのは地元民だけが知る闇市か。
そう。私はこういうのを求めていたのだ。流石、と言うべきか。
「……ねぇ、書くものある?」
「え? お姉さん文字分かんないでしょ?」
「この辺の文字は、ね。育った土地のなら書けるよ」
「へー」
手渡されたのは木版と、黒いチョークのような何かだった。
「……これは?」
「煤と粘土を混ぜて固めたやつだけど」
「へぇ……」
こんなものを使ってるのか。
手の中で弄って眺めていると、ミティが頬を膨らませた。
「悪いけど、あたしたちはインクを変えるような身分じゃないんだよ」
「あ、いや、そういうのじゃなくて」
……めんどくさい。
道具を観察するのも失礼なのか。
何かを言うのも面倒になって、買いたいものリストを書くのに意識を向けた。
えっと。
食料、野営道具、自衛のための武器、あとは……
「油紙とかあった方がいいんじゃない?」
「油紙?」
気付けば、ミティが木版を覗き込んでいた。
「うん。防水にも使えるし、火を起こす時の着火剤にも使える優れものだよ」
「へぇ……」
木版に『油紙』と日本語で書き足した。
「あとはね……」
ミティに言われるままにリストを作りながら、心の中で笑みを浮かべる。
疑問だったのだ。
当たり前のように代読屋なんて職業が成り立つ世界で、どうやってミティの年で文字を学んだのか。
去り際に見たレオンの仕事ぶりは、ミティに比べるとずっと劣るものだった。
だが、客の反応は悪くなかった。きっとあれが普通なのだ。ミティが規格外なだけで。
もちろん、ミティの努力という可能性もある。
あるが……
頑張っても受け取るものが変わらないのに努力を続けられるほど、ほとんどの人間は勤勉ではない。
私はそう信じている。
無償の善意やら、
勤労精神やら、
そんなものはあり得ないと本気で思っている。
だから、初めから疑っていた。
ミティも持っているであろう、『特殊能力』を。
間違いない。
ミティは、解読系の能力を持っている。
非戦闘系だからこの国では評価されないが、
私が今、最も求めているうちの一つを。




