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 資金は手に入ったので、次にするべきは移動手段の確保だ。

 カミラ曰く商業区にはそういった施設はないようなので、目指すは歓楽区。乗合馬車か護衛を雇っての徒歩が普通とのこと。

 現代もやしっ子である私たちが徒歩で長距離を移動できるはずがないので、選択肢は初めから馬車しかなかった。


 商業区と歓楽区の間には大きな壁がそびえ立っている。

 商業区は貴族や富裕層が顧客の店が並ぶ場所であり、歓楽区はそれ以下の階級のエリアとなっている。

 つまり、この壁は、上流と下流を分ける壁なのだ。


 だからなのか、壁を越えるには検問を受けなければならない。

 そしてそれは、一つの『リスク』だった。

 わずかに考え……しかし、すぐに結論が出る。

 そのまま進んだ。


「失礼、お嬢様方。この先にはどんなご用で?」


「観光よ。……ダメかしら?」


 堂々と、けれどちょっとだけ不安そうに。世間知らずの女の子が、ちょっとだけ冒険をしてみる時のように。そんな風に演技する。

 衛兵は小さく笑みを浮かべていた。


「ははは、そうですか。わかってるとは思いますが、歓楽区の先や、西側には近づかないようにしてくださいね」


 ニッコリと笑って頷きを返す。


「わかってるわ! お母様にも言われたもの」


「それなら安心ですね。どうぞ」


 笑顔の衛兵に送り出され、壁を抜ける。

 隣を歩く遥がぽかんと口を開けていた。


「……言いたいことがあるなら言いなさい」


「……さっきの、誰……?」


 私から促しはしたものの、あまりに遠慮ない言葉に青筋が浮かんだ。

 遥も気付いたのか、ワタワタと両手を横に振る。


「あ、いや、その」


「演技よ。お忍びの令嬢だと思われれば簡単に抜けられると思ったの。実際そうだったでしょう」


「た、たしかに。だけど、驚いちゃって」


 愛想がなくて悪かったわね。

 そう言ってやりたかったが、泥沼になるのが分かりきっていたから、溜め息を吐いて苛立ちを逃した。

 必要があれば、私だって普通に振る舞えるのだ。必要がないからやらないだけで。


「普段からああしてれば、友達できたのに……」


「必要ないもの」


 ハッキリと断じる。

 桐谷にもよく言われたけれど、本当にそれだけなのだ。

 友人など必要ない。ただ、高校卒業という肩書きが欲しいだけ。推薦入試を受けるつもりもなかったから、内心や評価すら必要ない。卒業したという実績と学力さえあれば、日本ではどんな大学でも入れるのだから。

 それに。

 仮面をかぶってまで作る仮初めの学生生活に意味なんてないんじゃないの?

 紛い物を欲して偽るほど、『私』は安くない。


 私は私なのだ。

 それは私にだって変えられない。


 これが私なのだ。

 だから、これで良い。

 それだけ。


「そんなことよりも、早く馬車乗り場へ行きましょう」


 脱出手段を確保してしまわなければ。

 カミラに教わった通りに歓楽区の中心部へと移動すると、大きな建物がちらほらと見え始めた。


 大声で客を呼ぶ商店。

 剣と盾の紋章を持つ傭兵ギルド。

 煙とともに良い匂いを漂わせる食事処。

 それらの中に混じって、馬車の紋章を掲げる小さな建物がある。

 私たちの目的地だ。


「ごめんください」


 中には、意外と多くの人がいた。

 商業区の人達ほどではないが、こざっぱりとした身なりの使用人。大きな荷物を抱えた行商人。麻の服を土で汚した、貧しそうな人。

 色々な人がいて、掲示板を眺めたり受付で話していたりしている。


「掲示板を見ればいいのかしら」


「そ、そうじゃないかな」


 とりあえず、張られた紙……ですらないわ、コレ。

 文字の書かれた木版に目を通す。

 見たことがない文字。読めない。


「やっぱりか……」


 特殊能力を示す推奨の文字が読めなかった時から予想はしていたが、やはり文字は読めないか。

 その割に言葉はわかるのが不思議だが、考察は後にすべきだろう。

 どうしようか……受付の人に聞きに行こうかと逡巡した時、壁にもたれかかっていた少女がこちらに近付いてきた。


「お姉さん、文字読めないの?」


「……ええ。どうしようかと思っていたところよ」


「制限時間付きの代読なら銅貨2枚。お目当ての依頼探しなら銅貨5枚。どう?」


 代読屋、か。

 識字率の低い世界なら、それも職業として成り立つのね。

 けれど、困った。


「生憎、銀貨しかないの」


「……服で分かってたけど、やっぱお嬢様かー。その割に文字は読めないんだ?」


 さて、どう答えたものか。

 少女はあははと笑って首を振った。


「いや、答えなくていいよ。せっかくのお客さん逃したくないし。お金は馬車予約したお釣りで払ってくれればいいから」


「なるほとね。じゃあ5枚の方でお願い」


「毎度あり! お目当ての依頼は?」


「そうね……」


 できるだけ早い出発で、できるだけ遠くへ。


「じゃあ……うーんと、コレ!」


 少女が示したのは、明日の夕刻に出発し、馬車で2日かけて大きな村へと向かうものだった。

 ……いいわね、この子。

 満足のいくその仕事に、私はニッコリと頷いた。

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