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 現状に特に不満はない。

 クラスで孤立していようが、友人と呼べる存在が1人もいなかろうが。強がりでもなんでもなく、私はそんなものを望んでいない。

 むしろ、人間関係という七面倒なものに労力を割かずに済み、去年やらかしたことが噂として出回っている以上、誰もちょっかいなど出してこない。実害がないどころか、その労力をそのまま他に向けられると思えばありがたいほどだ。

 そのおかげか元から良かった偏差値も上昇を続けているし、健康状態も良好。総じて、非常に充実した学生生活を送れていると言って良いだろう。


 ……という私の丁寧な説明は、しかしてどうやら、目の前の男性には通じないらしい。

 応接室で革張りのソファーに座り向かい合っているのは、若い男性だ。ゆるくウェーブを描く髪は目の上あたりで切り揃えられており、十人見れば十人が「爽やかでカッコいい」というであろう顔には真剣な表情が浮かんでいる。細く引き締まった体にピッタリと合った濃紺のスーツ、磨き上げられた黒い革靴。やり手のIT企業の若社長かと思うような風貌だが、残念ながら私の担任である。


 桐谷 直哉。担当教科は英語。噂だが、彼がこの学校に就任して以来、英語の偏差値が平均で5くらい上がったのだとか。まあ元がレベルの高い学校ではないから、5といっても大したことはないのだが。


 桐谷は小さくため息を吐き、口を開く。


「そうはいってもな、東御トウミ。学校は社会生活の練習をする場所だ。友人と良い関係を築く力を身につけることは、絶対に無駄にならないと思うぞ」


「お言葉ですが先生。私は、この学校に、大学の受験資格以上のものを求めていません。別に高卒認定試験を受けても良かったのですが、親の世間体のために高校を選んだだけなのですよ。別に社会性は求めていませんし、何度も言っていますが友人など面倒です」


「しかしな……」


 私にとって高校とは、大学に行くための前段階である。

 だから、それ以上のものは必要ない。

 必要ないのだから求めない。

 そんなシンプルなロジックなのだが……なぜか伝わらない。


 私だって、先生の求めるものが理解できていないわけではない。けれども、それが私の妥協できるところを上回っているのだから、拒否する他ないだろう。

 普段なら面倒だから潰すのだけれど、それにはこの先生が持つ『人望』という武器が非常に厄介だ。生徒、保護者、学校の全てから高い評価を受ける桐谷は、敵に回すにはあまりにも強い。

 結果、こんな中途半端な対応になってしまう。


「……平行線だと思いますよ。これまで通り」


「なあ東御。お前は本気で、このままでいいと思っているのか?」


「変なことを聞きますね。初めからそう言っているではないですか」


 じっと見つめあう。

 表情を変えずにいると、桐谷は根負けしたように大きく息を吐いた。


「はあ……。時間を取らせてすまなかったな。戻るか」


「はい」


 この話し合いは初めてではない。

 去年の11月にAクラスから桐谷のBクラスに編入して以来、もう3度目になる。たった半年で3回だ。かなり多いだろう。

 桐谷はどうしても、私をクラスに馴染ませたいらしい。

 今後もあきらめないだろうし、この面倒な話し合いは続くのだろうな……。

 面倒臭さにため息が漏れる。


 教室の扉を開けると、一瞬話し声が静まった。

 気にせずに中に入ればすぐにざわめきが戻ってくる。

 桐谷が解決したいのはこういう現状なのだろうが、気にしなければ実害がないのだから放っておけばいいじゃないか、というのが私の意見。まあ、一般的に見てよい状態じゃないのは理解しているけれど。


 ……とまあ、そんなことが昼休みにあり。

 急ぎ目に昼食を食べ終えたころには、あと5分で午後の授業が始まる時間になっていた。

 間に合ってよかった。

 周囲を見回せば、|同じクラスというだけの赤の他人クラスメイトも8割くらいは戻ってきている。

 授業の準備をしていると、桐谷が姿を見せる。ワイワイと女子生徒が集まりだし、残りたった数分だというのにおしゃべりを始めていた。


 木曜の5限は英語。つまり、生徒に絶大な人気を誇る桐谷の授業だ。その前はいつもこう。うるさいから嫌いな時間だ。

 普段なら読書でもしてやり過ごすのだけれど、たった2分ちょっとでは集中し始めたころにチャイムが鳴ってしまう。ほんのわずかなヒマを持て余し、目を閉じて机に伏せた。


 残り1分。扉が音を立てて開き、生徒たちが駆け込んでくる。

 30秒。ガチャガチャとロッカーが開閉する音。教科書でもとりだしているのだろう。

 15秒。再び足音。推察するに2人ほど足りない。

 5秒。その2人が飛び込んでくる。

 2秒。もういいだろう、と目を開ける。


 そして、チャイムの

 ――――ではない、荘厳な鐘の音。


 思わず顔を上げ……上がらない。

 一瞬混乱するが、すぐに思考が冷めていく。

 できることを確認。体……動かせない。眼球だけは動く。周囲を見回し、他の生徒や桐谷も同じ状況であることを確認。体調不良やそれに類する状態である可能性は排除。

 であれば……知っている知識の中に、このような状況を引き起こすものはない。未知の技術による干渉の可能性……一番現実的だが、それを使われるほどの価値がこのクラスにはない。であれば。


 何らかの超常現象か。

 真っ先に排除するような可能性だが、現状その可能性を捨てきれない。


 そこまで考えて思考を止めた。これ以上は悪魔の証明となるから、思考に意味はない。

 事態の進展を待つ。


 鐘の音は1分ほど鳴り続け、ゆっくりと尾を引いて宙に溶けていく。

 そして、教室の床に白い幾何学的な紋様が浮かび上がり、

 視界を真白に染め上げるように光が爆発し。






 意識が、吹き飛ばされた。

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