1、好きだなんだと言われても
変わらない景色、変わらない日常。
蒸し暑い廊下でばったり出会したのは、少し変わってる男の子。
顔は良いが、なんとも頼りない。なんと言うか子犬みたいな、そんなクラスメイトの乾君だ。
「おはよう桜子さん……今日は、結果発表の日ですね」
「どうせ無理でしょ」
「無理でも、一回だけでも」
「嫌」
「そっかぁ……でも、好きです!」
「私は嫌いよ」
「何でもしますから……」
「おすわり」
「はいっ!」
本当に座ってる……!
この男、何度も何度も私をデートに誘ってくる。しかも毎回言葉が軽い。俗に言うチャラ男だろう。何かあればキラキラした顔で私を見たりしてくるし、面倒臭いったらありゃしない。
「あの……いつまで……」
「もういいわ。でもやっぱ無理」
「うぅ……」
なんだろうこの気持ち。何故私が申し訳なくなるのだろうか。まるで私が悪いみたいなこの罪悪感。でも廊下でおすわりさせてるのは確実に悪いかも。
それに、無理難題を押し付けたのも確かだ。彼は断じて頭が良い方では無い。対して私は学年トップ。言ってしまえば、彼に興味すら湧かない。ゼロだ。まさにゼロ。
そんな訳で、厄介祓いの為に一度だけ期末試験で私に勝てたらデートしてあげるという条件を付けた。
去年も一学期中間試験もほとんどビリだった彼が、連戦連勝の私に勝てるはずがないのだ。そう鷹を括っていた所。
「さ、三位……? ビリから三位!?」
「一応頑張ったんだけど……うん、仕方がない……やっぱり、桜子さんは凄いなぁ」
うん、頑張ったわね。相当頑張ったと思う。でも、このモチベーションは一体……? 全く理解出来ない。理解出来ないものは、怖い。
「や、約束は私に勝ったらだったわね? ゴメンなさいね、嫌よ……じゃなかった、やっぱり無理ね」
「次は……!二学期の中間テストなら!」
「次は……無いわ」
「も、模試も?」
「無い」
「そんなぁ……」
雨に濡れた子犬のように廊下を歩く後ろ姿を見て、なんとも情けない気持ちになる。言った手前申し訳ないが、約束は約束だ。
「桜子、あんた元々当たり強いけどさ……流石にあんだけ頑張ったんだから一緒に遊ぶくらいさ……」
由香が話しかけて来るが、そうもいかない。我が家には家訓があるのだ。
「ウチの家には決まりがあってね。約束は絶対なのよ」
「エリートの結城家はやっぱ違うわねぇ」
「やかましいわ。その結城家は実家、ウチは普通の家庭なの」
「ハイハイ、普通ね〜」
そう。我が結城家は実に普通の家庭。父さんはサラリーマン、母さんも共働き。父は一人息子だが、喧嘩別れした後、親の助けを一切借りずにここまで来たらしい。
家柄だけは良いが、実際は普通の家だ。お爺様と父さんは昔、絶縁状態だったと聞いてはいたが、今ではそんな様子も見せず、お爺様は私と妹にベッタリだし。
確かに、乾君は女子に人気がある。私が結城の人間じゃなければ露骨に虐められていたかもしれない。とはいえ、大きな花束を持ってこられた時や、体育で手を振られる度に睨まれてるのを感じるが。
そんな出来事が続く日々。その後も、度々乾君はめげずに話しかけてくる。好きだなんだと言われても、私のどこが良いのか、それすらも分からない。自分の良い所すら分からないのに。
「あの、結城さん」
「――――何?」
「少し、相談事があるんですけど……」
え
「今、人と話してるんだけど? で、何? 」
「ごっごめんなさい、なんでもないです!自分でやります!」
「えっ、ちょっと!」
なんの感情も込めていない筈なのに、クラスメイトの男の子はそそくさと逃げてしまった。一体何の用事だったのだろうか。
「あんた……そんなんだから彼氏出来ないのよ? やっぱ当たりがキツいわ」
当たりがキツい。人生で、散々言われ続けた言葉だ。頼りにされるのは嫌いじゃないのに。
「ちゃんと聞き返したのに……それに私の性格、有名じゃない。私の所に来るのが悪いのよ」
「あんた分かりずらいのよ。それにそんな事言っちゃってさ〜。どうせ後で聞きに行く癖にぃ〜、素直じゃないわねぇ〜? 」
本当に面倒。そもそも相手が悪い。用事があるならハッキリと言うべきでしょう? なんて考えてしまう辺り、つくづく自分が嫌になる。
まぁ、確かに後で聞きに行くけどさ……気になっちゃうし。そう、気になるんだから仕方がないじゃない。
「乾君、またこっち見てる。ありゃ相当アンタに惚れてるわね」
「知ってるわよ。無理、嫌よ、絶対無い。事ある毎に好き好き言ってくるもの。迷惑ったらありゃしない。いつかぶん殴ってやるわ」
「相変わらずねぇ。特に乾君にはキツいし……彼、割とモテるのよ? 最近も勉強も頑張ってるし」
「嫌いよ。私は乾君が嫌い」
これだけは言える。これは素直な気持ちだ。私は、乾君が嫌い。何故だかは、分からないけど。