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09 金曜日 仲間

 先に答えを出したのはベルだった。


「シャペルのことは嫌いじゃないの。ただ、特別好きとかそういうのはなくて……ただの仲間なのよ。それなら普通に一緒にいることができるわ」

「もう仲間じゃない。黒蝶会をやめたし」

「そうなのよ。でも、今夜一緒に仕事をして思ったわ。シャペルは黒蝶会をやめても、ダンスが好きで、その素晴らしさを広める活動はしているんだって。仕事に関係している部分はあるとしてもよ。私だって同じだわ。アルバイトでも、ダンスの素晴らしさを広める活動の一つになっているように思うの。自分勝手な解釈かもしれないけれど。だから、私もシャペルもダンスが好きで楽しいってことを多くの人に伝えられたらいいってことは一緒だと思うわ。同じ気持ちを持つ仲間なのよ。二蝶会に関係なくね」


 ベルはシャペルを見つめた。


「ダンスの素晴らしさを広める活動になるようなアルバイトだったら、受けてもいいわ。勿論、細かい部分も検討するけど」


 シャペルは驚いた表情でベルを見つめた。


「本当はこういう活動ってボランティアにすべきかもしれないわ。シャペルのように。でも、私はお小遣いも稼ぎたいのよ。貴族の女性はそう簡単に働くってできないでしょう? 職種を選ぶし、体裁もあるわ。年齢的にも結婚して、夫からお小遣いを貰えって言われてしまうわけよ」


 だったら自分と結婚してくれればいいのに。お小遣いを沢山あげるよ。


 シャペルはそう思わずにはいられない。


「でも、そういうのは嫌なの。お母様の影響もあるけれど、やっぱり女性でも夫や両親に頼りきりじゃなくて、ある程度は自立すべきだと思うのよ」


 イレビオール伯爵夫人、青玉会のせいか。


 シャペルは心の中で舌打ちしたものの、仕方がないと思った。


 今はそういう時代なのだ。能力のある平民が活躍しているだけではない。能力のある女性達が自分達の権利を主張する、自立を考える時代なのだと。


「だから、自分のできることで稼ぎたいのよ。無理はしたくないから、好きなことで。それでダンス関係のアルバイトだけにしているの。どんなアルバイトでも受けるわけじゃないわ。わかる?」

「……無理しなくていいよ。気を遣ってくれなくても」

「楽しかったのよ。私、ああいうのに出たの初めてで、もっと普通のパーティーとかのアルバイトだったの。未成年でも社交デビュー直前の女性達だったし。だから、凄く小さな子供が沢山いて驚いたわ」

「そうなのか」

「シャペルが小さな女の子を選んだでしょう? あの時も凄くびっくりしたわ。後ろの方にいる女性達の誰かを選ぶと思ったのよ。どうなることかと思ったけれど、うまく踊っているからびっくりしたわ。女の子も喜んでいたし」

「それお世辞? 本心?」


 シャペルは確認した。


「本心に決まっているじゃない!」

「凄く嬉しい」


 シャペルは微笑んだ。


「実は子供向けの依頼を優先的に受けるようにしていて……大人向けだと面倒だから。絶対にそのままパーティーに出て欲しいって言われるし、売り込みも凄い。でも、子供達にダンスを好きになって欲しい、楽しんで欲しいから来ただけだからって言えば帰りやすい」


 意外だとベルは思った。


 普通は大人向けのパーティーの方がいい。便乗して名前を売れる。コネを作れる。様々な特典があるからだ。


 しかし、シャペルは面倒だと思っている。本当にダンスの素晴らしさを広める活動の一環なのだとベルは思った。


「未成年向けの活動は新聞とかにも載らないし、マナー教室とかダンス教室からの依頼もある。でも、昔一人で行ったら大変で……中学校とか高校に通うぐらいの年齢の女性ばかりだったんだ。全員に質問攻めにされた。独身なのかとか、恋人はいるかとか……怖いぐらいだったよ」


 ベルは呆れたような視線を向けた。


「今の子は凄いよ。どんどん遠慮なく聞いてくる。囲まれているし、子供相手に怒れないし。だから絶対にダンスパートナーを連れて行くことにした。知り合いの前でそういう話は困るって言えるから」

「なるほどね。女性避けでもあるわけね」

「そうなんだ。でも、婚活ブームのせいで余計に注意しないといけない。ドリーみたいに積極的な子は沢山いる。ダンスパートナーを連れて行っても遠慮しない。友人の妹だから大目にみたけど、本当はマナー違反だ。でも、着いたばかりだったから言いにくくて」


 ベルは自分がいてもシャペルに売り込みが来ていたことに気が付いた。しかも、堂々と。


 通常、男女で催しに参加している場合、エスコートをしていなくてもペアという認識になる。相応に配慮しなければならない。


 今回は仕事。ベルはアルバイト。とはいえ、貴族の女性だ。平民の女性であるドリーは配慮するのが常識であり、マナーになる。


 ドリーやテリーがお金を出して雇い主になったわけではない。ボランティアだ。それを考えれば、余計にシャペルの同行人として配慮すべきだった。


 それがないのは完全にマナー違反だといって間違いない。


 平民であるからこそ、貴族に対するマナーに慣れていない。マナー違反をしやすいのはあるかもしれない。若くて経験不足なのもある。


 しかし、冷静になればなるほど、ベルは自分が軽んじられていたと感じた。


 ベルにもプライドがある。そして、イレビオール伯爵令嬢だ。その名誉も守らなければならない。


 悔しい。


 急激にベルは強い感情が込み上げた。


「そうね。いきなり挨拶の段階であれはちょっと遠慮がなさすぎるわ。友人の妹で前々からの知り合いだったとしても」

「ベル、やっぱり怒っているよね」

「未成年ということで大目に見るのはいいのよ。でも、本当は注意すべきだったのかもしれないわね。ドリーのために」

「そうだね。ごめん」

「いいえ。私が言うべきだったわ。だって、シャペルはダンスパートナーだもの。その権利があったわ」

「そんなことをしたらベルのことを悪く思われかねない。僕が言うべきだった」

「いいえ。仕事として受けた以上、適切なことをしないと。私もまだまだ経験不足なんだわ。普段はイレビオール伯爵令嬢だってみんなが知っているから、何も言わなくても自動的に配慮してくれる。でも、私を知らない人、それこそ平民にはわからない。誰だかわからなくても、配慮すべき女性だって思わせるようにならないといけないし、軽視されたら適切に対応すべきだわ。貴族の女性というだけでも十分配慮されるべきなんだもの」

「その通りだと思う。でも、裕福な平民の中には馴れ馴れしいというか、遠慮しない者も多くて……たぶん、学校で貴族の子と仲がいいんじゃないかな。それだと、あまり身分差を意識しないで付き合える。学校ならいい。あそこは生徒として平等だ。でも、外では違うってことをやっぱり忘れちゃいけない。優秀な平民だからこそ、マナーも優秀でいて欲しい。しっかり守らないといけないって思うよ」


 シャペルはため息をついた。


「まあ、時代なんだろうね。昔は貴族というだけでかなりの別格扱いを受けた。でも、今は学校で肩を並べて勉強する時代だ。正直、確実に貴族は平民に軽視されてきているよ。貴族の上の方にいる者ほど、まだその意識が弱い。でも、平民と付き合いの多い貴族はわかっている。テリーがドリーに貧乏な貴族を狙えって言ってたよね。あれが本音だ。身分と金との結婚さ。ないものを互いに補える」

「昔は上位貴族と下位貴族でそういうのをしていたけれど、今は平民のお金持ちが凄く多いものね」

「エルグラードが豊かになった証だ。だけど、そのせいで変わっていくことも多い。だからこそ、貴族がしっかりして王族を守らないとね。王族を軽視する平民が増えたら、身分制の危機だよ。内なる戦争だ。身分の上下、貧富の差、商売争い、様々な争いがある」

「私、難しい話はさっぱりなの。関わりたくないのもあるわ。何もできないから」


 ベルは本当に何も知らないわけではない。だが、賢いからこそ、無責任な発言をすべきではないこと、何の力もない状態で関わることの無意味さと危険性を理解していた。


「ごめん。女性にはつまらない話だったね」


 シャペルは謝った。


「そうね。でも、シャペルなりに考えて、王族を守りたいと思っているってことはわかったわ。二蝶会でずっと一緒だったけど、こうして話してみると全然知らなかったことが沢山あるって気づけたというか」

「そうだね。ベルと直接話したおかげで、色々わかったよ」

「私達、普通に挨拶位は全然できそうな関係に戻れたわよね?」

「勿論だよ。挨拶位はして欲しい。カミーラは無視するよう言うかもだけど」


 シャペルはため息をついた。


「まあ、それでも仕方がないとは思っている」

「また、誘ってよ」


 ベルは言った。


「アルバイト。できれば平民向けがいいわ。もっと経験が積みたいの。私のことを知らない人の前でもしっかりと対応できるように。子供の催しでもいいわ」

「……本気?」

「本気よ。こういうことはやっぱり経験がないと、頭でわかっているだけじゃうまくいかないわ。私、今更だけど、平民ってよくわからないのよ。友人がいないもの」

「それが普通だよ。イレビオール伯爵令嬢なんだし」

「カミーラみたいに手伝いもしていないしね。領地経営のお手伝いをすれば、平民のことがもう少しわかってくるかもしれないわ」

「まあ、そうかもしれないけれど書類じゃね……」

「あら、補佐や秘書は平民だもの。話をする機会が増えるわ」

「そうだね」


 シャペルは思った。これは不味いのではないかと。


 優秀な平民は貴族の女性との結婚を考える。ベルが口説かれてしまうのではないかという懸念が頭をよぎった。


「……また誘うよ。アルバイト。平民とか子供関係の。いい?」

「いいわよ。王宮に住んでいるから連絡取りやすいし。ただ、報酬もちゃんと頂戴ね」

「わかった。千位でいいの?」

「もっとって言いたいけど、欲張りな女性って思われたくないからその程度で。今夜は特別ボーナスがあるから実質それ以上よね。化粧品が楽しみだわ!」

「そういうのでいいならいくらでもあるなあ」


 ベルはシャペルのぼやきに飛びついた。


「化粧品? お菓子?」

「色々。職場や黒蝶会は男性ばかりだから、男性が欲しいようなものはさばける。でも、女性用はなかなか難しい。いとこたちにもあげるけど、向こうは向こうでやっぱり貰っている。銀行だしね」

「そうなのね。銀行ってお金を儲けているイメージだけど、物納もあるのね!」

「賄賂じゃないよ? 違法なことはしていない」

「商品サンプルなんでしょう? それか、宣伝用」

「そういうこと。だから、正規のものより量が少ないとかってこともある。無料で配る試供品だ」

「いらないのあったら頂戴。どんなの貰っているのか、興味あるし」

「いいよ。むしろ、助かる。母上はそういったものを欲しがらない。迷惑だけど、家業的にしょうがないって思っている。不用品は貰ってくれた方がいい。相当喜ぶよ」


 シャペルは思いついたように言った。


「ああ、そうだ。ベル、馬車いらない? よかったらあげるよ。この馬車でもいい。お古がいっぱいあって困っているんだ。そろそろ馬車小屋を増築しないと入らなそうで。でも、不用品を所有するために増築するのもどうかと思うんだ」


 さすがにそれは駄目だろうとベルは思った。


 馬車は高額過ぎる。貰ったことが周囲にもバレバレだ。


 カミーラや兄がうるさい。怒られる。それこそ、縁談を断った相手からなぜ貰ったのかと。


「売ればいいでしょう?」

「見ず知らずの者に売りたくないなあ」

「じゃあ、友人にあげれば?」

「あげない。またくれって言われる。貰った馬車を転売して小遣い稼ぎをされる」


 その手があったかと思ったものの、ベルの良心がしっかりと駄目出しをした。


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