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08 金曜日 バイト終了

「あーあ」


 馬車が動き出すと、シャペルはぼやいた。


「悔しいな」

「えっ?」

「ベルと三曲踊れると思っていたのに」


 シャペルは三曲踊ることを依頼されていたが、くじ引きのことは知らなかった。


 しかも、ベルが他の男性と踊る手配をシャペルがしてしまったことになり、内心ではかなり怒っていた。


「しかも、相手の選び方が……」


 ベルは第三王子に似ているイケメンの少年を選んだ。


 ベルの好みはそうだろうと思いつつも、やはりショックだった。


「ベルは黒髪がいいの?」

「カッコいい男性がいいわ。女性はみんなそうよ。男性だって美人がいいでしょう? 一緒よ」


 シャペルは反論できない。


「それより、今夜の報酬って言っていたけど、シャペルはボランティアなの?」


 つまり、無報酬ということだ。


「友人からの依頼なんてそんなものだよ。まあ、すぐ帰るつもりだったから」

「パーティーに出なくて良かったの?」

「コレアードの取引先の中には、うちじゃない銀行を使っている者もいるだろうし、面倒だからいい。家業にはまだしっかりと関わっていないから、正直よくない。下手なこと言えないし」

「でも、百箱なんて太っ腹ねえ。高級菓子でしょう? 金額に換算したらかなりじゃない?」

「急に頼んで来たんだし、自社製品だ。しかも、百箱だ。絶対に持て余して知り合いや職場に配るに決まっている。つまり、新商品の宣伝に利用するためにわざと百箱にした。向こうの方が得じゃないか」

「それはそうだけど……」


 ベルはもう一つ気になることがあった。


「化粧品、どうして五人分なの?」


 ベルの姉妹は一人。カミーラだけである。つまり、二人分でいい。


「その方がどこの家の者かわかりにくいよ。母親の分なんかも含めていると思うかもしれないし。それに、リーナ様やラブにも会うだろうしあげたら?」

「リーナ様には無理かも。安全かどうか確認しないと……ラブは平気ね。いらないって言われるかもしれないけれど」

「好きにしていいよ。侍女に配ってもいいし、全部自分のものにしてもいいから」

「わかったわ」


 シャペルは少し間を開けてから言った。


「ところでベル、怒ってない?」

「どうして?」

「ベルは高位の身分の令嬢だ。くじ引きの賞品扱いなんて嫌だよね? しかも、平民のパーティーだ。失敗したと思った。でも、嫌な顔しないでくれたから助かった」

「ああ、それね。びっくりしたけど、これは仕事よ。平民のパーティーっていう時点で割り切っていたわ。それに、ダンスの素晴らしさを広める活動の一環だもの。ダンスをするのは貴族だけじゃないわ。平民も同じ。国民全員が広める対象だって思っているから平気よ」


 ベルも正直に尋ねた。


「シャペルこそ怒ってないの?」

「実は怒っている。ベルに甘えてしまった自分に。詳細を伝えなかったテリーにも。まあ、いずれ何かに協力させる。それこそボランティアで」

「お菓子と化粧品を貰ったじゃない」

「ディーバレン子爵にはそれだけの価値しかないってこと?」

「そうじゃないけど……」

「まあでも、すぐに怒りはしない。仕事ができないよ」

「偉いわ。でも、これはボランティアよね? 仕事は王子府でするようなことでしょう?」

「一応、仕事に関連しているとはいえなくもない」

「そうなの? ああ、婚活まではいかないけど、未成年の社交とか交流活動だから?」

「今は婚活チームの仕事がメインかな」


 シャペルは婚活ブームの情報を収集し、ブームを煽る担当、通称婚活チームに抜擢されていた。


「セブンも同じチームになった。ホテルでは催しが多くある。自分のところだけでなく、ライバルのホテル事情を調べるのは通常仕様だし、丁度いいって」

「そうかもね」

「ジェイルも同じチーム。後宮担当だったけど側妃候補はもういないからね。退宮後の側妃候補とかその他もろもろ込みってことで。元々社交担当だし」

「ジェイル様もなのね」


 やっぱりジェイルは様付けなのか……。


 シャペルの心はダメージを受けた。


「でも、本当に助かったよ。ありがとう」

「気にしないで。お小遣い稼ぎよ」


 シャペルは一息ついた後に言った。


「ベルの小遣い、実は相当少ないのかな? 今夜の様子を見ていて気になった。お高く留まっていないのはいいけど、身分や家柄にしてはなんていうか……一般的な貴族と同じような感じに見えた。付き合っている友人達とか、それこそ白蝶会の影響かもしれないけれど」


 ベルはすぐに答えなかった。


 あまり話したくない。イレビオール伯爵家の名誉にかかわる。


 しかし、二蝶会のメンバーの者達は色々知っている。白蝶会についても黒蝶会についても。


「普通じゃない? 予算は多いけど、両親がチェックするわ。変な使い道はしていないけれど、思わぬことが目に留まって説明するのは面倒なのよ。みんなそうでしょう?」

「そうだね。みんなそんな感じだよ。男性は働いているから、給料を小遣いにできるけど」

「もしかして、シャペルも予算が大きくて小遣いは少ないとか?」


 シャペルは首を横に振った。


「いや。うち、結構甘いから。小遣いは結構くれる」

「いくら?」


 別に答えなくてもよかった。取りあえず聞いただけだった。


 しかし、シャペルは答えた。


「とにかく沢山、かな」


 無難な返事だった。


「いいわね。私も沢山欲しいわ」


 ベルも無難に返した。


「だったら……その……」

「付き合わないわよ?」

「アルバイト、どうかな? また、こういうの」


 ベルは不機嫌な表情になった。


「一回だけって言ったでしょう?」

「そうだね。ごめん。忘れて」


 それっきり話がパタリと止んだ。


 気まずい。


 シャペルは勇気を出した。


「でも、もし……気が変わったら教えて欲しい。今、婚活チームだから、色々予定があって……やっぱり、信頼できる相手がいいし、ダンスの上手い知り合いがいい。今回のことで、白蝶会の誰かにアルバイトを頼んでも断られそうだとわかった。それは結構痛い。黒蝶会に誰か紹介して欲しいとも言いにくいしね。紹介する代わりに戻って来いって言われそうだ」


 シャペルの事情を知っているだけに、ベルは少しだけ同情心が芽生えた。


 しかし、ここで負けてはいけないとガードを固くする。


「特に未成年とか小さな催し、平民の催しは嫌がられる。アルバイトをしつつも自分を売り込みたいとか、ついでにパーティーに行きたいとか、婚活したいって女性が多いんだよ。今日だって未成年の者達のパーティーだったよね? 平民の。何の得もないって思うわけだ。ベルや白蝶会のメンバーみたいにダンスの素晴らしさを広めるための活動ってことで理解してくれればいいけど、ただのアルバイトじゃそうは思わない」


 そうかもしれないとベルは思った。


 ダンスの素晴らしさを広める活動については任意ということもあり、実際にしているかどうかは問われない。形骸化しているといってもいい。


 ベルもちゃんとしているとはいうものの、結局はアルバイト、お金のため、自分がパーティーで踊りたいだけだと言われると反論しにくい。


「これまでも雇った女性がいたっていったよね? そういう女性は今夜のようなものだったら、絶対に嫌な顔をする。それか怒る。友人の前でも堂々と。そしたら雰囲気が悪くなる。友人関係にも影響が出る。でも、たった一回のアルバイトだから関係ない。言いたいことを言う」


 シャペルはため息をついた。


「パーティーにも出たがる。自分を売り込もうとする。帰ると言っても、一緒にパーティーに出ようとか、自分は残るとか言い出す。でも、ベルは違った。ずっと笑顔だった。余計なことも言わなかった。予定通り帰るのに合わせてくれた。やっぱり全然違う。さすがだなって思ったよ。どこに連れて行ってもしっかりと状況を見て振る舞ってくれる。安心だ、信用できるって思った。そんな女性はなかなかいないよ。アルバイトを受けて貰えたのは幸運としかいいようがない」


 シャペルはベルにすがるように言った。


「だから……無理にとは言わないけれど、考えて置いて欲しい。今だけは婚活ブームで人が見つかりにくい。ベルじゃなくても、これぐらいちゃんと仕事をしてくれる女性だったらまた誘う。仕事として冷静に判断している。それだけはわかって欲しい」

「仕事を評価してくれたのは嬉しいわ。でも、誤解されたくないの。シャペルとあちこち顔を出したら、付き合っているのかとか言われるかもしれないじゃない? 今夜は平民のパーティーだから、知り合いがいなくていいと思ったのもあって」

「それは同じ。平民の友人のパーティーだからアルバイトを頼んだ。社交新聞とかに載ると困るからね。個人的で小さな催しなら情報も漏れにくいし、今夜みたいに紹介しないで済むなら余計に都合もいいかなって」


 ベルは自分で色々と考えていたつもりだったが、シャペルもまた同じようにベルのことを考えていたことを理解した。


「気を遣わせて悪いわね」

「こうなったのは、まあ、正直……二蝶会とかエゼルバードのせいだし、どうしようもない」


 その通りだというしかなかった。


「キューピッド役なんて嘘よね」

「この件に関しては、特別な指示があったわけじゃない。黒蝶会で企画したものに、友人でもある側近達が助力しただけだ。でも他のところではそうでもない」

「ちゃんとまとめているってこと?」

「側妃候補の数人、すぐに片付いたよね? あれ、エゼルバードの力あってこそだからさ。ヘンデルも喜んでいたよ。物凄く」


 そうだろうとベルは思った。


「王太子殿下もエゼルバードによくやったって直接言ったんだってさ。そのせいでエゼルバードは凄く喜んじゃって、もっと頑張ろうってなったわけ」

「麗しい兄弟愛ね」

「でも、エゼルバードは基本命令するだけ。おかげで側近、というか婚活チームが大変だよ。やっぱり成果を出さないとだし」

「そうでしょうね」

「アルバイト探しでつまずいている場合じゃないんだけどね。頑張ろうって気持ちはあるのになかなかうまくいかない。悔しいよ」


 シャペルはそう言って黙り込んだ。


 カミーラだったら、絶対に駄目だって言う。二度と会うべきじゃないって。それ位の覚悟でいないといつまで経っても諦めない。困るのは私。つきまとわれる。わかっているのよ。


 ベルは思う。


 でも、私はカミーラのようにできない。だって、シャペルは仲間だったんだもの。同じ二蝶会の。カミーラは二蝶会じゃない。ダンスがうまくても、好きなわけじゃない。違う。違うのよ! だから、私はカミーラのようには思えない!


 ベルの心は揺れ動いた。


 シャペルだって嫌な思いをしたわ。みんなに騙されたのは私と一緒。でも私のせいにはしていない。謝ってばかり。そんな人を責めるわけにはいかない!


 ベルは決心した。


「……努力することはいいことだわ。仕事を頑張ることにしたって聞いて、良かったって思ったの。頑張って欲しいって。でも、私は関わるべきじゃないと思ったの。だって、付きまとわれても困るじゃない?」

「そうだね。わかっている。ごめん」


 シャペルはうなだれた。


 わかっている。未練がましい。失恋した。諦めるべきだと思っている。そのために告白した。新しい道を進む。そのために仕事を頑張っているのもある。


 しかし、ベルに認めて欲しい。希望を捨てたくない。愛してはいけないわけじゃない。見返りは求めない。ただ、遠くから見守っているだけなら、ベルの幸せを願っているだけならいいはずだ。


 リーナ様がそう言ってくれた。だから、それでいいと信じたい。信じないと、先に進めない!


 二人の心の中で、様々な気持ちがせめぎ合った。



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