07 金曜日 コレアード家(二)
拍手による出迎えを受けたベルはにこやかに微笑んでしたが、心の中では驚いていた。
未成年とは聞いていたけれど、子供ばっかり!
会場はまさにダンスパーティーを開くような舞踏室。オーケストラもいる。
そこには大勢の者達がいるが、年齢が若い。非常に。
ベルの予想では中学校から高校に通っているような年齢だろうと思っていた。
勿論、そういった年齢の者達もいるが、圧倒的に多いのは初等部、あるいはそれ以下の幼児達だった。
「紳士淑女の皆様、今夜はコレアードの特別なダンスパーティーにようこそおいで下さいました!」
テリーが司会役を務め、観客達に挨拶をした。
拍手が起きる。
「本日のプログラムをご紹介致します。まずはこちらにいる素敵なお二人に素晴らしいダンスを披露していただきます。男性は私の友人であるディーバレン子爵です。王子府にお勤めになられており、第二王子殿下の側近の一人です。お父君はディーバレングループの総帥でもあります。まさに高位の貴族、エリート中のエリートという凄いお方です。今日は私が友人として頭を下げに下げ、特別に貴族のたしなみとしてのダンスを披露していただけるようお願い致しました!」
盛大な拍手が起きた。
主に椅子に座った低い年齢層の者ではなく、より上の年齢層の者達だ。
「その次は、代表者とのダンスです。さきほどのくじ引きで特別賞を当てた方になります。男性の当選者はこちらの貴族の女性と。女性の当選者はディーバレン子爵とワルツを一曲踊っていただけます。最高に名誉なことですので、足を踏まないように頑張って踊ってください。ステップを間違えても大丈夫です。とにかく、足は踏まないようにして下さい!」
「大丈夫だよ。踏まれても怒らないから」
シャペルがにこやかに声をかけた。
「ありがとうございます。足を踏んでも大丈夫のようです。でも、できるだけ少ない方がいいに決まっています。日頃の練習の成果を出しましょう」
ベルの素性は伝わってはおらず、貴族の女性ということだけが伝えられていたので、そのような説明になった。
それでも平民にとって、貴族の女性と踊れるというのはかなりのこと、ステータスであり、名誉であることは間違いなかった。
「ダンスが終わった後は、ディーバレン子爵と女性に感謝の気持ちを込めて花束を贈呈します。その後、ダンスパーティーになります。では、ディーバレン子爵、よろしくお願い致します!」
オーケストラの演奏に合わせ、ベルはシャペルと組んで踊り始めた。
緊張はするものの、ベルにとってダンスは愛すべき楽しいもの。
始まった音楽に合わせて動き始めれば、自然に笑みがこぼれて緊張が解ける。
ダンスが大好き。楽しい。その気持ちが届くように。
ベルとシャペルの優雅で完璧なダンスは観客達を魅了した。
最初のワルツが終わると、まさに渾身の力を込めたような大拍手が鳴り響く。
続いて二曲目が始まる。今度は先ほどとは違い、上級の技巧的なダンスになる。しかし、二蝶会でよく踊るものだけに、二人は軽やかに素晴らしいダンスを披露した。
そして、くじ引きの特賞を当てた者とワルツ。当選者はワルツをしっかりと踊れることが条件であることと、身長に問題がないと思われる者達の中から選ばれている。
緊張はあったものの、大きなミスをすることも足を踏むようなこともなくダンスが終わった。
仕事の依頼は三曲踊ることだった。そのため、これで終わりだ。
テリーの説明によれば、花束の贈呈をして終わりということになる。
「テリー、ちょっといいかな?」
シャペルはテリーを呼び、小声で話をした。
テリーは驚くような表情になると、叫んだ。
「皆様、なんと、シャペ……違った。失礼しました。ディーバレン子爵がもう一曲踊って下さるそうです!」
シャペルはとても楽しいダンスパーティーに招待されたことを理由に、特別にもう一曲踊ることを提案した。
相手はシャペルとベルがそれぞれ会場にいる者達から一人を選ぶことになった。
「では、男性一名、女性一名です。ダンスを全く踊れなくても大丈夫とのことですので、踊りたいと思う方は手を上げて下さい!」
次々と手が挙がる。
平民が貴族と踊れる機会はかなり少ない。しかも、高位の者。大チャンスだった。
「こちらのレディにしよう」
シャペルが選んだのは小学校に通う年齢と思われる小さな女の子だった。
「名前は?」
「エリザベス。ベスって呼ばれているの」
「じゃあ、ベス。一緒にダンスを踊ってくれますか?」
「はい!」
拍手が起きる。ベスは頬を赤く染めており、いかにも嬉しそうな表情だ。
「好きな者を選べばいいよ。身長的に踊りやすい者でもいいし」
それはシャペルの選択に合わせて子供を無理に選ばなくてもいいということだった。
「じゃあ、あそこにいる黒髪のカッコいい子にするわ」
ベルは第三王子に似ているイケメンの少年を選んだ。
「ねえ、名前は?」
「……ジニアス」
やや小さな声で少年は答えた。
「えっ! 天才君?」
ジニアスは恥ずかしそうに頷いた。確かにジニアスという名前は天才という意味からきている。しかし、本当に頭がいいかどうかは別だ。
「何の天才君なのかしら? 得意なことは何?」
「ダンス。天才っていうほどうまくはないけど」
ジニアスは勉強が嫌いだった。しかし、ダンスは好きだった。
「大丈夫よ、一緒にメチャクチャダンスを踊りましょう!」
「えっ?」
ジニアスは驚いた。
「メチャクチャダンス? それは無理かも……知らないダンスだ」
「自分の好きに踊るのがメチャクチャダンスよ。間違えてもミスをしてもわざとなの。そういうダンスの構成だということよ。面白いし、安心して間違えられるでしょう?」
「いや、そこまで下手じゃ……」
「心配しなくても、私がリードしてあげるわ! 女性がリードすることもあるのよ! 振り回すとも言うけどね!」
ベルがノリノリな様子で言ったため、会場も明るく、どんなダンスなのだろうという興味の視線が降り注いだ。
「じゃあ、始めようか。曲はワルツだけど、メチャクチャダンスだ」
「わかったわ! よろしくね!」
「こ、光栄です」
音楽が流れだす。メチャクチャダンスが始まった。
一曲の時間は長くない。あっという間に終わったようなものだった。
シャペルは小さな女の子と踊るため、身長差が半端ない。そのため、最初は両手をつないでゆらゆらと踊ったりくるくると回ったり、片手だけになってくるりと上手にターンをさせていた。
まさに小さな子供にダンスを教えるためのようなものであり、ダンスが楽しいと思わせるような内容だ。
後半は腰の部分を掴んで持ち上げ、同じ視線に合わせる。ある意味強制的なダンスだが、ベスは浮かんでいる為、ステップを間違える心配も足を踏まれる心配もない。
最後は一緒に横に並び、シャペルは胸に手を当て、ベスもしっかりとお辞儀をした。それ位なら小さな子供でもできる。盛大な拍手でシャペルのメチャクチャダンスは終わった。
ベルは自分と同じぐらいの身長の少年とダンスだ。
ダンスが得意といっただけに、普通にワルツを踊っていた。しかし、それではメチャクチャダンスにならない。
ベルはわざと止まってジニアスのバランスを崩したり、勢いよく振り回したりするような自分勝手なダンスを踊った。まさに女性に振り回されている男性のようなダンスに見えたため、観客は驚きつつも喜劇に出てくるダンスのようだと感じた。
ジニアスはなすすべもなく振り回され、ぐったりと疲れた様子でダンスを終えた。それが余計に笑いを誘った。
「さすがね。笑いを取れるダンスができたわ!」
ベルは満面の笑みを浮かべてそう言ったが、ジニアスは不満だった。
「ちゃんと踊れたのに……」
「駄目よ。もっともっとダンスがうまくないと、ちゃんとなんていえないわ。私みたいにおかしなことをする女性であってもしっかり対応できないとね。教本通りに踊れればいいわけじゃないの。それに、いかにも緊張してるって感じで、笑顔じゃなかったもの。ちゃんとしたダンスは、どんな時も相手に笑顔を向けるのよ。だって、二人で踊るんだもの。一緒に踊ることができて嬉しいって顔をしないとね。笑顔で魅了すれば、女性は貴方に見惚れて勝手なことはしないわ。どう? 大事じゃない? カッコいい男性限定の裏技よ!」
そうかもしれないとジニアスは思った。
「ジニアス君が笑顔で踊ったら、女性に凄くモテそうね。頑張って裏技を習得して!」
「はい。頑張ります。ありがとうございました」
ジニアスはしっかりと頭を下げて挨拶し、ベルも淑女らしくそれに応えた。
ベルのメチャメチャダンスも無事終了である。
花束贈呈の後、ベルとシャペルは控室に戻った。
「シャペル、ありがとう!!!」
テリーは何度も頭を下げた。
「おかげで盛り上がったよ! 出し物もできたし!」
テリーの説明ではプロの者達を手配していたが、怪我をしてしまったためにキャンセルされてしまった。
婚活ブームの影響で代役が見つからず、急遽シャペルに依頼したのだった。
「来てくれなかったら、俺が踊ることになってた。ドリーと」
「サリーじゃなくて?」
「妊娠しているから駄目なんだ。本人は大丈夫だと言ったけど、無理をさせたくない」
「なるほど」
「後、非常に嫌な役回りだが、一応は伝える。父が二階で取引先とのパーティーをしている。時間があれば少しだけでもどうかって」
「遠慮しておく」
「了解」
「あれは取引先の家族?」
「そう。いつもは大人しか呼ばないけど、今夜は未成年も一階でパーティー」
「正直に言うけど、宣伝されたくなかったな」
「ごめん。でも、シャペルが来るって絶対上で話していると思う。だから、下でも言っておいた方がいいかなって。牽制になるだろうし」
「売名行為はしたくない。ああいうのは断るよ」
「わかった。もう次はしない。久々に会えたし、俺もちょっと舞い上がってた。悪かったよ」
「わかってくれればいいんだ。テリーは友人だしね。今夜は帰るよ」
「わかった」
「ああ、でもちょっといいかな? 実はさっき出た菓子なんだけど、あれってコレアードの?」
「新製品。本店で発売したばかりだ」
「女性用? 普通の?」
テリーはシャペルが菓子に興味示したことを喜んだ。
「女性用と高級菓子のものだ。普通の菓子はさすがに出せない」
「最高級じゃないんだ?」
「食べ慣れてそうだったからあえて落とした。変わっていると思って、手をつけてくれるかもと」
「適当に送ってくれないかな? 王子府に」
「気に入ったのか?」
「なんとなくもう一回食べてみたい」
「百箱ぐらいでいいか?」
ちょっと! 多すぎでしょう!
ベルは心の中で叫んだ。
「じゃあそれで。最高級品もつけて。今夜の報酬ね」
「助かる! 王子府で配ってくれ! 宣伝になる! 勿論、知り合いにも!」
「そのつもり。だから毒入りは困る」
「当然だ! もしもそんなことがあれば、コレアードはおしまいだからな!」
「じゃあ、また」
「明日には届けることができると思う。週末だが、王子府でいいのか? 屋敷にするか?」
「王子府でいい。休日出勤している者達が大勢いる。明日でいいよ」
「午後になると思う。あまり早くはない」
「いつでもいい。消費期限は?」
「一週間以上大丈夫だ。最高級品はもたない。一日だけだ」
「二箱だけでいいかな。他は高級品でいい。それと、化粧品もつけてくれる? 彼女にあげたい。今夜の特別ボーナスで」
「母に聞いてみる。ただ、すぐには無理かもしれない」
「知り合いだからいつでもいいよ。忘れないうちで」
「忘れないから大丈夫だ!」
「姉妹がいるんだ。五人分位よろしく」
「わかった!」
しっかりと菓子と化粧品についての約束をした後、ベルとシャペルはすぐに馬車へと移動した。