06 金曜日 コレアード家(一)
「ディーバレン子爵、ようこそおいで下さいました!」
シャペルとベルは大歓迎された。
屋敷の当主であるコレアード商会の会長とその家族の面々に。
「ごめん。父がどうしても家族で挨拶をしたいって……」
速攻で謝罪をしたのはシャペルの友人であり、コレアード商会の会長の息子であるテリーだった。
シャペルはにこやかに挨拶をした。
「コレアード会長は相変わらず見事なひげですね」
「ディーバレン子爵にお会いするため、身だしなみはしっかり整えなければならないと思いまして」
「コレアード夫人はいつ見ても若々しい。化粧品の販売は順調ですか?」
「ええ、おかげさまでとても。実はそろそろお店を拡張しようかと思っていますのよ。そのための融資をお願いしようと考えていましたの。どうか、今後もどうぞよろしくお願い致しますわ!」
コレアード夫人も満面の笑みを浮かべた。
「サリーも相変わらず綺麗だね。幸せ?」
「ええ。今夜お会いできてとても嬉しいですわ。主人は出張でいなくて……ご挨拶できなくて申し訳ありません」
「元々テリーとの約束で来ただけだから」
「そうだよ! 挨拶は終わり!」
「僕まだだよ!」
「私も!」
コリアード家は家族が多かった。
テリーの弟と妹が不満気に言った。
「ソールは随分大きくなったね。ドリーも。見違えたよ。学校はどう? ちゃんと勉強しているんだろうね?」
「兄とは違います」
びしっと真面目な顔をして、弟のソールは答えた。
「数学は得意なので、いつも学年上位です」
「だったら将来コレアード商会の会計部門を担当できるね」
「兄が心配なので、副会長を目指しています」
「無理だな。他の科目も成績を上げないと。特にダンスをなんとかしろ!」
「私の成績はとても良くて、先生に褒められています! ダンスの授業では特に。ディーバレン子爵の妻の座がなかなか埋まらないようであれば、ぜひともご考慮していただきたく思います!」
「ドリー! それは禁句だって言ったじゃないか!」
「だって、直接アピールできる機会なんてほとんどないもの。今は婚活ブームなのよ? 独身の素敵な男性は取り合いなの! しっかりアピールしないと、見向きもされないわ!」
年頃の積極的な女性らしい言動だとベルは感じた。
「大丈夫だ。お前は何をしてもシャペルからは見向きもされない。冷静に鏡を見てわきまえろ!」
「酷い! ディーバレン子爵は容姿だけで判断しないわ!」
「容姿が優れているとはいえないのであれば、身分と家柄でカバーするのは常識だろう?残念ながらうちは金しかない。シャペルはすでに金持ちだ。狙うなら貧乏貴族にしろ」
テリーは容赦なかった。
「じゃあここまで。約束がある。時間もだ。案内する。こっちだ」
ようやく挨拶の場を抜け出し、シャペル達は控室に案内された。
「ここが控室。自由にくつろいで欲しい。召使は廊下に待機させる」
控室は豪華で広い応接間だった。
「ここ、一番いい大応接間だよね? 気を遣わなくていいのに」
「父がここを使えってうるさいから……むしろ気を遣わせてしまうとは思うけど、待遇が良くなるのは悪いことじゃないって思ってくれると嬉しい」
「まあね」
「すぐに軽食と飲み物を用意させるよ。もう少しかかりそうなんだ。今はまだ食事中。終わったらすぐだから」
「わかった。急がせなくていいよ。食事をゆっくり楽しめばいい」
「助かるよ。というか、子供達相手に苦労しっぱなしだ!」
テリーは深いため息をついた。
「じゃあ、後でまた紹介する」
「わかった」
テリーが出て行くと同時に、召使が軽食と飲み物を用意したワゴンを持って来た。
「そこにおいていっていいよ。自分でするから」
「かしこまりました」
召使はすぐに部屋を出て行った。
シャペルはすぐにワゴンに行くと、お茶のポットの中を見た。
茶葉が入っているのを確認すると、すぐにカップに注ぐ。
非常に適当な淹れ方だ。
「ミルクと砂糖とレモンがある。好きに飲めばいい」
「わかったわ」
シャペルは遠慮なく用意された軽食、というには豪華な食事を食べ始めた。
「何も食べて来なかったの?」
ベルはお腹が鳴ると困るというのもあり、軽く食べて来ていた。
「うん。というか、昼食もなし。さすがにお腹が空いた」
「私はお菓子だけでいいわ。よかったら全部食べて」
「じゃあ、遠慮なく」
シャペルはベルの分のサンドイッチに手を伸ばした。
見事な食べっぷりで、続々と皿が空になっていく。
「……なんだか、食事を取りに来たみたい」
「間違いじゃない」
シャペルは笑った。
「友人の家だから心配しなくていいのはある。むしろ、毒入りとかを疑って何も手をつけないと、信用されていないって思われる」
「……信用しているってアピールなわけね」
「コレアード商会は大事な取引先だからね。ほんのちょっとくらいならサービスするかな」
ベルは自分もお茶を入れ、クッキーに手をつけた。
「美味しいわね。これ、コレアードのお菓子よね?」
コレアード商会は食品事業を手掛けている。特に有名なのが菓子だ。様々なブランド名で菓子を売っている。
美容や健康を重視した菓子は女性に絶大な人気を誇っていた。
また、コレアード商会の会長夫人は化粧品事業を営んでいる。コレアード商会がただの菓子ではなく、美容や健康を重視した菓子を販売し始めたのは夫人の影響だった。
「このお皿にあるのは見たことがないかも?」
「新製品じゃないかな? 味見して欲しいんだよ」
だったらといわんばかりにベルは遠慮なく手を伸ばした。
「美味しい?」
「当たり前でしょう! でも、どういうお菓子なのかわからないのは残念ね」
「美容にいいのかどうかってこと?」
「そういう感じのことね。お肌にいいとか、食物繊維が豊富とか」
「確かに。でも、説明書があると、いかにも自社製品の宣伝って感じに思われるよ」
「それもそうね」
「気になるなら後で聞くか、お薦めの菓子を送ってくれるよう言えばいいよ」
ベルは呆れた。
「シャペルは言えるかもしれないけれど、私は無理よ。ただのアルバイトだもの!」
「そうだった。でも、ちゃんと紹介すれば物凄く売り込まれるよ。屋敷に菓子が次々届くかも。それでもいいの?」
「嬉しいに決まっているでしょう!」
「女性の場合、ダイエットしていると嬉しくないかもしれないよね?」
「大丈夫。白蝶会のお茶会とかに差し入れで持って行けばすぐになくなるわ。日持ちしないものでも、カミーラや王宮の侍女とかに配ればいいのよ。余っているっていえば、みんな遠慮しないわ」
シャペルは苦笑した。
「不味いなあ。それを知ったら余計に送って来るよ。カミーラのグループや王宮の侍女に菓子や商品を配りたい商人は大勢いる。化粧品のサンプルもつけてきそうだ。夫人は化粧品を販売しているんだ」
「化粧品は大歓迎よ! アンケートにも答えるわ。でも、結構厳しい評価かも。平民製品でしょう?」
「高級ラインもある。貴族や裕福な平民向けだから大丈夫じゃないかな? 最高級品は完全に貴族向けだよ。値段がね」
「それを無料で貰えるのは嬉しいわ」
「無料じゃない。何かに利用されるかもしれない。伯爵家愛用品とか」
「それは困るわ」
「じゃあ、一回だけの送付でサンプルだけ。アンケートはなしってことにしておく?」
「できるの?」
「できるよ。友人のところだからむしろ言いやすい。でなければ、逆に言わない。やめた方がいいっていうよ」
「じゃあ、そんな感じで。でも、王宮の部屋に送って欲しいの。屋敷から転送して貰うのは手間でしょう?」
シャペルは困ったような表情をした。
「王宮に部屋を貰ってるとわかったら……大変だよ?」
「そうかしら?」
「かなり凄いことだよ。平民にとってだけじゃない。貴族にとっても同じだ」
「ああ、そうだったわ……私、侍女じゃないものね」
ベルはがっくりと肩を落とした。
王宮に住んでいるといっても、侍女などの住み込みとは違う。リーナの勉強を補佐するため、つまり、特別待遇の貴族という枠だった。
「よくよく考えると、素性は教えない方がいいかもしれない。ただのアルバイトって思わせておく方が賢明だよ」
「そうかも」
「その代わり、こっちで貰っておくよ。王子府に送ってもらう。それを届ける」
「……言っておくけど、貰っても何もないわよ?」
「気にしなくていいよ。ただの差し入れだ。白蝶会の女性達にもってことなら、むしろみんなのための差し入れだから大丈夫だよ」
シャペルは思いついたように言った。
「ああ、そうか。じゃあ、これは白蝶会への差し入れってことで。黒蝶会に戻ってもいいと聞いて、嬉しかったから貰い物を融通したことにする。無料で手に入れたものだし、黒蝶会にいた時もそういう感じで差し入れをしていたんだ。だから気にしないでいい」
「わかったわ。というか、黒蝶会にも差し入れしていたのね。お菓子とか?」
「色々とね。サンプル品とかは沢山届くんだ。銀行に融資を頼みたい者とか、取引先からね。高額なものはない。賄賂になるから。でも、しょっちゅう届くからもてあましててね。あちこち持って行く。職場もだけど、グループ活動がある時はそっちとか。みんな喜ぶし、処分できるし丁度いい」
「羨ましい……」
「でも、数が少ないものは取り合いになる」
ベルは笑った。
「でしょうね」
「そういう時はくじ引き大会とか、カードゲーム、ビリヤードの勝者とかにするんだよ。一番簡単なのはコイン当てかじゃんけん。勝負系は盛り上がる」
「男性らしいわ」
「全員分の化粧品は無理かも。それはベルやカミーラが貰えばいいよ。手数料。それか、今日の臨時ボーナス」
「現品支給ね!」
「それ」
「じゃ、それでお願い。やる気が出たわ!」
「仕事がまだだったのを忘れていた」
二人は笑い合う。
しばらくすると、テリーがやって来た。
「出番だ。頼む」
「了解」
シャペルはベルを見て言った。
「エスコートはなしだよ。アルバイトだから」
「わかったわ」
二人はテリーに案内され、会場へ向かった。