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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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52 土曜日 ダンスの相手

 王族席の間を出ると、先に部屋を出た第二王子のエゼルバードがいた。


「二人と踊るのですか?」

「そのつもりだ。兄上の判断は正しいが、リーナの美徳である優しさと思いやりも守ってやりたい」


 レイフィールがベルとカミーラにダンスの相手役を命じたのは、リーナのためであることがはっきりとした。


「では、カドリーユにするのはいかがですか? 同時に二人と踊ることができます」


 エゼルバードがそう言ったのは、レイフィールのためではない。それもまたリーナの願いを叶えるための配慮に過ぎなかった。


「ダンスの変更を伝える必要があるな」

「私の方で指示を出しておきましょう」

「もう一人必要だ」


 カドリーユは二組のペアが互いのパートナーを何度も交換しながら踊る。


 レイフィールのペアとパートナーを交換するペアの男性が必要だった。


「エゼルバードも踊るか?」

「踊りません」


 レイフィールは側近のローレンを見た。


「ローレン」

「オスカーを呼んでは?」


 ローレンはすかさず別の者を推薦した。


「オスカーか」


 オスカーはレイフィールの友人の一人で、部下でもある。


 ヴァルモア公爵家の次男。カミーラの熱狂的な信望者で、親衛隊長を自負している。


 また、カミーラとは同じ社交クラブに所属しているため、派閥が違っても面識がある。


「すぐに見つかるか?」

「イレビオール伯爵令嬢が下に行けば、勝手に寄って来ます」

「オスカーが来なければ、お前が踊ることになる」

「必ず捕獲できます」


 ローレンは迷うことなく断言した。




 ベルはレイフィールの後ろに付き従う形で土間へと移動した。


 仮面を被っていても、王族が来たことを察知した者達が頭を下げながら道を開ける。


 どこからどう見てもカッコいいし、護衛もいるし、バレバレだわ!


 ベルは周囲を見てそう思ったが、周囲の者達もまたベルを見ていた。


 どうして私やカミーラが第三王子の側にいるのかって思っていそうね……。


 レイフィールはダンスフロアの側にまで来て止まった。


「探せ」


 誰をとは言わない。だが、付き従う者達はオスカーのことであるとわかっていた。


 ベルも素早く周囲を見渡すが、仮面を被った赤い衣装の者達ばかりのため、なかなかそれらしい姿を発見することができない。


「皆様、この後は列形式のカドリーユになります。参加される方はペアを組んだ状態でこちらにお並び下さい!」


 ダンスフロアの担当者達が周囲にダンスの種類が変わることを告知し始めた。


 少しずつ参加を希望するペアが並び出す。


「オスカーが見つからなければ序列でペアを決める」


 レイフィールと組むのはカミーラになり、ベルはローレンと組むことになるということだった。


 王族の判断に異を唱えるわけにはいかない。


 ベルはレイフィールと踊ることができるだけでも奇跡的、十分だと納得した。


 しかし、カミーラは納得できなかった。


 さすがに自分が王族と組む者を勝手に決めることはできないために黙っていたが、ベルが一途にレイフィールを想い続けて来たことを知っているだけに、レイフィールと組ませてやりたいと思っていた。


 ローレンがオスカーを推薦したことも都合が良かった。


 オスカーはレイフィールに対して遠慮しない。絶対にベルではなくカミーラと組みたいと言い出すに決まっていた。


 レイフィールもそれを見越して、オスカーが見つかった場合はカミーラと組ませるという判断にしたに違いなかった。


 カミーラは後ろ側に向きを変えると、叫んだ。


「オスカー!」

「ここにいるよ」


 すぐに返事が聞こえ、少し後ろの方から男性が近づいてきた。オスカーである。


 オスカーは可能な限りカミーラの予定に合わせ、出席する催しには自分も出席し、憑かず離れずの位置に陣取る。


 しかし、常に視界に入るとカミーラの機嫌を損ねかねないと感じ、できるだけカミーラの視界に入らない位置、後方にいることが多い。


 そのことをカミーラは熟知していた。


「意外と近くにいたな。気が付かなかった」

「気づかれないようにしていたから当然だよ」

「カミーラが呼んだだけですぐに姿をあらわすとは、さすが犬だ」

「番犬って言ってくれる?」


 オスカーが所属している部隊名はケルベロス。地獄の番犬と言われる怪物の名称だった。


 そのため、犬呼ばわりには慣れている。


「カミーラと組め。カドリーユを踊る」

「マジ?! レイ、超カッコいい! イケてる! 愛してるよ!」

「お前に言われても嬉しくない。愛よりも忠誠を示せ」

「だって、今夜のテーマは愛だし?」

「軽薄な愛は必要ない」


 友人らしい軽い口調のやり取りが終わると、ベルはレイフィール、カミーラはオスカーとペアを組み、カドリーユの参加者として列に並んだ。




 レイフィール様と踊れるなんて……絶対に失敗できない! 人生で最高のカドリーユを踊らないと!


 ベルは緊張しつつも、気合を入れてカドリーユに挑んだ。


 列形式のカドリーユは四角形の配置のカドリーユに比べると、かなり控えめに踊ることになる。


 個人的にダンスの技能を披露すると目立ち過ぎてしまい、全体のバランスを崩してしまいかねない。そのため、できるだけ音楽や周囲に合わせて踊ると見栄えが良く、評価も高くなる。


 ベルのようにダンスの技能に自信のある者にとっては踊り甲斐がないともいえるが、細かい部分で差をつけることは可能だ。


 相手ペアもカミーラだけに、交代のタイミングもうまく取れるだろうと確信し、ベルはまさに一挙一動に注意しながら踊った。




 良かった……ミスはなかったし、今の私にできる最高のダンスを踊れたはずだわ。


 ベルは会場に鳴り響く拍手を聞きながら、レイフィールと共にダンスフロアから移動した。


「このような機会を与えていただけましたことに、心から御礼申し上げます」


 ダンスフロアから移動したカミーラがレイフィールに礼を述べたため、ベルも頭を下げた。


「私もこのような機会を与えていただけ、感激しております。心から御礼申し上げます。一生の思い出にします」

「いつもとは違う相手と踊るのも悪くなかった。私は移動するが、お前達は残って楽しめばいい」


 ここからは別行動で、自分についてくるなということだ。


「丁度いい者達がいる」


レイフィールはそう言うと、少し離れた場所にいる者達の名前を呼んだ。


「シャペル、こっちに来い!」


 えっ?!


 ベルが振り向くと、近づいてくるシャペルの姿が目に入った。


 その表情は固く、どこか緊張した雰囲気が漂っている。


「しばらくの間、相手をしてやれ」


 レイフィールはベルの方を向いた。


「お前はダンスが好きだろう? 私とでは楽しめない。シャペルと楽しめ」


 ベルが驚いている間に、レイフィールは待機していたローレンや護衛騎士達を連れてその場を離れていった。


「カミーラ、もう一回踊ろうよ」


 オスカーの言葉にカミーラは眉をひそめた。


「またカドリーユを?」

「レイが残れと言った以上、しばらくはこの辺にいないとだよ。ベルはシャペルと組めばいいし、もう一回踊ろうよ」


 レイフィールとは別の場所に行くためであっても、すぐに移動してしまうわけにはいかない。その言葉に従ったと示すため、今いる付近に留まらなければならなかった。


 ダンスフロアの側ということを考えれば、ダンスを踊って時間をつぶすというのは妥当でもある。


「ベル、どうしますか?」

「……シャペルと楽しむように言われたわ。従うべきだと思うから踊りましょう。シャペル次第だけど」

「次の列に並ぼう」


 列形式のカドリーユは四角形式とは違って踊りやすいせいかかなりの人気で、入れ替えを待つペアが行列を作っていた。


「あら?」


 ベル達が並んだすぐ後に来たのは見覚えがある女性のペアだった。


 名前が出てこない……! シーアス様と一緒にいたのはわかっているのに……。


 ベルがそう思っていると、カミーラが声をかけた。


「オードリー、シーアス様はどうされたのですか?」

「さあ? ご友人達と話をしに行くため、自由行動にすると言われましたの。おかげで素敵な男性に誘われましたわ!」


 オードリーをエスコートしている男性は確かになかなかの容姿をしている。


 ベルやカミーラは全く知らない男性だったが、シャペルとオスカーは知っていた。


「デイビットは面食いで手が早いよ」

「ひと気がないところへは行かない方がいいかな」


 あまり好ましくない男性に誘われてしまったようだとベルは思ったが、オードリーは悠然と微笑んだ。


「まあ、ご親切にどうも。デイビット様、カドリーユを踊ったら飲み物を取りに行くか、人気のないところへ行くか選んで下さいませ。答えによってはお別れですわ」

「選択肢が少なすぎる。できれば互いに仮面を外し、より親しくなれるように話をしたい」


 危ないわよ、オードリー!


 ベルは心の中で叫んだ。


「デイビット様が本気で私と親しくなりたいと思われているのでしたら、屋敷まで馬車で送り届けて下さいませ。その時であれば、仮面を外しながらおしゃべりが楽しめますわ!」


 デイビットに屋敷まで送らせ、事前に貰った馬車代を小遣いに回す気だとカミーラは推測した。


「わかった。私の馬車で送る」


 デイビットはオスカーとシャペルを睨んだ。


「俺は本気で口説いている。邪魔するなよ?」

「マジ?」

「本気なら、ちゃんとしないと駄目だよ?」

「シャペルの言葉はそのまま返す! ちゃんとすべきはお前の方だ!」

「その通りだな」


 オスカーが笑いながら相槌を打つと、シャペルはようやく表情を崩して苦笑した。


「ちゃんと踊るよ」


 シャペルがベルの手を握る。その瞬間から、ベルの胸は強く早く鼓動し始めた。


「ベルと一緒なら、どんなダンスでも大丈夫だけどね」

「大した自信だ」

「ダンス馬鹿だしね?」


 オスカーの言葉に腹を立てたのはシャペルではなくベルだった。


 ダンス馬鹿ですって?! ダンスはとても素晴らしい愛すべきものなのに!


「そうね! シャペルとならどんなダンスでも踊れると思うわ!」


 ベルはわざとらしいほどにっこりと微笑みながらシャペルに同調した。


「お二人は強く信頼し合っていますのね。とても素敵なカップルですわ!」


 オードリーの言葉は正確ではない。カップルではなく、ペアだ。


 しかし、誰もそのことを指摘する者はいない。


「ベル、今度は好きに踊っていいよ」

「えっ?! もしかして私のダンス、おかしかった?!」


 ベルが驚いて聞き返すと、シャペルはゆっくりと首を横に振った。


「いや。でも、相手に合わせて上手く見えるように踊るのを優先しているように見えた。ダンスは良かったけれど、表情が硬かった」


 シャペルの指摘は正しかった。


 ベルはとにかくミスなく、レイフィールと合わせて踊ることを優先した。頭の先からつま先、指先まで全てに気を遣い、上手く踊ることにも。


 楽しむ余裕はなかった。それが知らないうちに表情へ出てしまっていたのだと気づく。


……やっぱり、私じゃレイフィール様の相手は務まらないわ。


 王族の相手を務めることができるのは名誉だが、完璧に踊ることに気を取られてしまう。純粋に踊ることを楽しめない。


「相手を考えれば緊張して当たり前だ。でも、ベルには楽しく踊って欲しいな。その方が似合っている。その点、僕となら緊張することはないだろうし、好きに踊れるよ」


 そうね。シャペルとなら、安心して踊れると思うわ。


 ベルはそう思いながら、シャペルの手を握り返した。


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