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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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48 土曜日 シャペルの馬車

 ベルはシャペルと共に正面玄関に向かい、シャペルの馬車で王立歌劇場に向かうことにした。


 シャペルは正面出入口に行くと、馬車の順番待ちを整理している侍従に声をかけた。


「緊急だ。僕の馬車を用意して欲しい。別ルートを使うから、第二王子騎士団に先導させる。伝令として待機している者達を呼んで」

「直ちにご用意致します。どうぞこちらへ」


 シャペルが第二王子の側近であることを知っていた侍従はすぐに返事を返した。


 側にいた数人の貴族達が狡いと呟くように言ったため、シャペルは立ち止まった。


「みんなも急いでいるのに悪いね。あまりにも廊下が混雑していて、第二王子の側近用馬車に乗り遅れてしまったんだ」


 つまり、自分は第二王子の側近だというアピールである。


 シャペルのことを第二王子の側近だと知らなかった貴族達はすぐに押し黙った。


 緊急用に空けられている中央階段でベル達は馬車が来るのを待つことになった。 


「五分以内ならチップをはずもうかな」

「すでに全力を尽くすよう指示しております」


 馬車は六分で用意された。


「お待たせして申し訳ございません」

「努力を買っておこう」


 シャペルは侍従に百ギールを渡した。


 しかし、これで終わりではない。


 シャペルは先導をしてくれる第二王子騎士団の者達にも挨拶をしに行った。


「急いでる。できれば王族の入場前に着席したい。よろしく頼むよ」

「わかった。だが、別ルートは暗い。安全を最優先にしてもいいだろうか?」

「勿論。それから、これ。ちょっとした気持ち。飲み物代にでもして欲しい」


 シャペルは第二王子騎士団の者達にもチップを渡した。


「二人分。半分に分けて」

「五百で欲しい」


 シャペルが渡したのは千ギール札一枚だった。


「じゃあ、百ずつに変えてもいい?」

「これでいい」


 ベルとシャペルが乗り込むと、馬車はすぐに走り出した。


「悪いわね。お金を使わせてしまって」

「気にしなくていいよ。金払いがいいと顔や名前を覚えてくれるし、何かあった時に力を貸してくれる。先行投資みたいなものだ。それに、臨時収入は誰だって嬉しい。仕事にも励んでくれる」


 シャペルは早速弁当を取り出した。


「お腹が空いているから弁当を開けたい。ベルも食べるよね?」

「嬉しいわ。社交をしていたから食べていないのよ。王立歌劇場で何かあればと思ってはいたけど」

「向こうのメニューは少ないよ。開始時間が遅いから飲み物とつまみが中心。たぶんだけど、早めに行かないと売り切れだ」

「そうかもね。じゃあ、遠慮なく」

「飲み物もあるよ」


 シャペルはそう言うと馬車に備え付けてある隠し戸棚を開けた。


「そんなところに戸棚があるなんて!」

「普通、あるよね?」


 確かに馬車には様々な荷物を置く場所や戸棚などがある。


 しかし、大抵はどの辺にあるかわかっており、視線を向ければわずかな隙間などがあるため、わかりやすくなっている。


 ところが、その馬車の戸棚は完全に装飾に隠されているような形になっていたため、戸棚があるという隙間、黒い線などがまったく見えなかった。


 そのせいで、ベルはその場所に戸棚があるとは思っていなかった。


「水かワイン。赤白ロゼ。発泡酒もある」

「お水で」

「わかった」


 シャペルが水のボトルとグラスを取り出す。


 ベルは弁当の箱をじっと見つめた。


「どうしたの?」

「これお弁当なのに封蝋がされているのね」

「毒が混入されないようにするためだろうね」

「側近用のお弁当が毒入りじゃ困るわね」

「この弁当が毒入りだったら、パスカルのせいだけど」

「レーベルオード子爵の?」

「今回は王太子の側近が用意した弁当とこっちで用意した弁当を一部交換した」

「第二王子の側近用のお弁当と王太子の側近用のお弁当を交換したってこと」

「そう」

「意外と仲がいいのね」

「こういうのは初めてかな。偶然ヘンデルとパスカルに会ったら向こうも弁当手配中だったというか」


 ベルはピンと来た。


「お弁当の交換、お兄様が言い出したんでしょう?」

「正解。なんでわかったの?」

「お兄様は官僚の仕事を凄く頑張っているからよ。ちょっとしたことでも、チャンスだと思ったら見逃さないの。きっと、お弁当の交換は点数取りだわ」

「さすが妹だなあ」


 シャペルは苦笑した。


「シャペルもお仕事を頑張っているとは思うけれど、お兄様は本当に凄いというか、気合が違うわ。頃合いを見て退職しようと思っている貴族とは違うの」

「ヘンデルもそうなる。跡継ぎだし」

「お兄様は定年までずっと官僚として王太子殿下に仕えるつもりよ」


 シャペルは眉を上げた。


「領地が三つもあるのに定年まで? 大変じゃない?」

「大変よ。だから、できるだけ早く偉くなっておくって言ってたわ。そうすれば、部下に仕事を押し付けられるからって」

「なるほど。そういう考え方もあるね」

「お兄様、王太子の側近の中では若手でしょう?」

「そうだね」

「お兄様の同期や後から入った者達は側近補佐になった後、異動になったり辞めたりして側近になれなかったの。だから、レーベルオード子爵が来るまでは一番若かったのよ。序列が上でも後輩だから、何かと大変だったらしいわ」

「今はレーベルオード子爵が大変そうだね」

「でしょうね。でも、側近補佐がいるだけましかも。レーベルオード子爵が第四王子の専任になってしまったら、またお兄様が大変になるかもしれないわ。可哀そう」

「専任になるの?」

「私が知るわけないでしょう?」

「それもそうか。じゃあ、そろそろ食事をしようか」


 あまり政治的な話はしたくないと感じたシャペルは包み紙を外した。


「うわっ、ここの弁当なのか!」


 弁当の箱にはウォータール・パーク美術館と書かれていた。


 美術館が弁当を売っているわけがない。つまり、美術館の別館内にあるカフェで楽しめる最高級の絶品サンドイッチを詰めた弁当だと思われた。


「あそこ、取り寄せもできるの?」


 ウォータール・パーク美術館の別館カフェやサンドイッチのことはベルも知っていた。


「無理。できるのはレーベルオードだけだろうね。パスカルが手配したわけだし」


 ウォータール地区の地主はレーベルオード伯爵家だ。その関係で融通が利くのはわかる。


「名前で呼んでいるけれど、レーベルオード子爵と親しいの?」

「いや。側近はみんな名前呼びってだけ。ただ、パスカルは子供の頃から知っているというか、見かけたことはあったかな。銀行関係の催しで」

「ああ……なるほどね」


 レーベルオード伯爵家はグランディール国際銀行との関係が深い。


 パスカルが子供の頃から銀行関係のパーティーに顔を出していてもおかしくなかった。


「じゃあ、お兄様やレーベルオード子爵もこれを用意して食べているってこと?」

「かもしれないし、こっちが用意した弁当を食べているかもしれない」

「どこのお弁当なの?」

「セブンのところ。ウェストランドのホテル」


 シャペルはあっさりと情報を暴露した。


「ウェストランドのホテルってお弁当を販売しているの?」

「コネ」

「納得」

「品書きもあるな」


 品書きには、幸運をあらわす七種類のサンドイッチ。キャビア、キノコ、ロブスター、フォアグラ、ターキー、ローストビーフ、チョコレート。ハートのプリンとある。


「サンドイッチとは思えない具材だわ。キノコとチョコレートって変よね」

「開けるよ! ジャーン!」


 シャペルは効果音付きで弁当の蓋を開けた。


「わーっ! 凄いなあ!」


 箱の中には一口大の大きさになった様々な具材のサンドイッチとデザートのプリンがきっちりと詰められていた。


 非常に美味しそうかつ豪華なサンドイッチであることは言うまでもない。


「具のボリューム感が凄いな!」

「そうね……私は半分でいいかも」


 ベルはまじまじと弁当の中身を見つめた。


「ハート型のプリンって珍しいわね? ゼリーなら見たことがあるけれど」

「カラメルソースがないね。いただきます!」


 シャペルは端から食べた。だが、普通であればキャビアを取るものの、プリンの横にあるチョコレートのサンドイッチからだった。


「ちょっと、普通はキャビアの方からじゃない?」

「栗のペーストとホイップが絶妙だ!」


 シャペルはサンドイッチを飲み込んだ後で叫んだ。


「えっ、栗? チョコレートじゃないの?」

「濃い茶色の層がチョコレートで薄い茶色の層が栗のペースト。これ、物凄く美味いな! たった二切しかないなんて! もっと食べたい!」

「シャペルは甘党なのね」


 それでチョコレートから食べたのだろうとベルは推測した。


「疲れると甘いものが欲しくなる」

「もう疲れたの?」

「お昼を食べる暇もないほど働いていたよ」


 ベルとしては甘いサンドイッチはデザートのような感覚だ。いつもであれば最後に食べる選択をするが、シャペルが絶賛するので味を知りたくなった。


 興味に負けて手が伸びる。


「どう? 美味しいよね?」


 ベルはモグモグしながら頷いた。目が輝いている。


 ごくりと飲み込むと、一秒でも早く伝えたい言葉を発した。


「これ、凄く美味しいわ!!!」

「だよね! サンドイッチに栗を合わせるとは思わなかった。斬新だよ!」

「パイとかケーキはあるけど、サンドイッチに栗は使わないわよね!」

「ああ、そうか。確かにそういうのはあるなあ……でも、なんか優しい感じだね」

「そうね。油っぽくないし」

「次はキノコにしてみよう。なんか気になる」


 好き嫌いとかないのかしら?


 そんな疑問を感じつつ、ベルはシャペルが食べるのを見守った。


「何これ?!」

「キノコよ」


 ベルは冷静に答えた。


「キノコがこんなに美味いなんて!」


 シャペルはまたも大絶賛だった。


「全然メインの具材になるよ! ソースが美味しい!」


 ベルも気になってしまい、同じくキノコのサンドイッチを食べる。


 濃厚なソースの味が広がる。赤ワインのソースだった。


「ただのソースじゃないわね。なんていうか濃厚だし、お肉の味もするわ。キノコなのに……」

「普通はキノコが肉の添え物なのに、これは逆だね! キノコのために肉の味が添えてある感じだ」


 その後、二人は次々と高級食材を使ったサンドイッチを食べた。


 どれも美味しい。間違いなく誰が食べても高く評価するだろうと思える味だった。


「プリンはどんな味かな。この流れでいくと、物凄く美味しいはずだよね?」

「食べればわかるわ」


 どう見てもただのプリン。黄色。ハート型。


 ベルとシャペルは添えてある小さなスプーンでプリンを食べた。


 二人共に無言のまま完食する。元々小さいため、あっという間だった。


「真の美味さは人を黙らせる」

「同感よ」


 プリンは最後に食べるのにふさわしく、驚くほどなめらかで美味なものだった。



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