45 土曜日 ファーストダンス
国王が開会宣言をすれば、秋の夜を楽しむための舞踏会が始まる。
ベルはアンディと共にダンスフロアに向かい、ファーストダンスを踊った。
今回はファーストダンスを王太子と婚約者のリーナ、周囲を王太子の側近ペアという王太子派の者達が務めることになっている。
中央は王太子とリーナ、その周囲にキルヒウスとカミーラ、アンディとベル、シーアスとオードリー、更に数人の側近がペアを組み、王太子府に所属する若手のエリート達が配置されていた。
「ベルと組めると安心できる」
「私もです」
ベルはそう言ってにっこりと微笑んだが、内心は別だった。
いよいよだわ。しっかりと踊らないと!
ベルは心の中で気合を入れ直した。
公式行事のファーストダンス、王族と共に踊るというのは非常に名誉なことになる。美しくミスなく踊る必要があると共に、王族の邪魔をしないようにしなければならない。
王太子にはその身分だけで注目が集まる。溺愛している婚約者が相手を務めるのであれば、大注目は必至だ。
その視線を奪ってはいけない。王太子ペアよりも目立ってはいけないのだ。かといって、王太子はともかく、婚約者のリーナはダンスが得意なわけではない。
そこで王太子ペアの周囲を他のペアが取り囲み、集中する視線を適度に遮ることで、細かい部分を見逃しやすくするというのが狙いだ。
とはいえ、ベルが誇れるものはダンスの技能だけだ。それ以外は到底カミーラに敵わないという自覚も周囲の目もある。
だからこそ、キルヒウスとカミーラのペアに劣るようなダンスを披露するわけにはいかない。
王太子のペア以外の者達の中で、最も良かったペアの座を勝ち取りたいという願望があった。
「アンディ様、シーアス様のペアには気を付けて下さいね。彼女は絶対に緊張すると思いますので」
彼女というのは勿論オードリーのことだ。
「シーアスのリードなら大丈夫だろう。いつも通り、私達のライバルはキルヒウス達だ。他の者達は関係ない」
「わかりました」
音楽が流れだす。
王太子のペアに合わせるようなゆっくりとしたリズム。
ベルはアンディとぴったりと息を合わせ、笑顔を振りまきながら、優雅なダンスを披露した。
無事ファーストダンスを踊り終えたベルは、そのままアンディと共にダンスフロアから移動し、セカンドワルツとサードワルツを鑑賞した。
セカンドワルツは第二王子とその側近達、サードワルツは第三王子とその側近達が踊ることになっており、エゼルバードの相手はヴィクトリア、レイフィールの相手はアルディーシアが務めていた。
ヴィクトリアのダンスは貫禄があるのよね。アルディーシアのダンスは美しいわ。悔しいけれど、レイフィール様の相手役に抜擢されるだけの実力があるのは確かなのよね。
ベルはいつも通りダンスを踊る者達を細かくチェックしていた。しかし、どうしても視線が向いてしまう。第三王子に。
レイフィール様は赤の礼装もお似合だわ。何を着てもカッコいいのよね。
いつもはレイフィールの姿を見るだけでベルの心は嬉しさで溢れたというのに、今夜は違った。
遠い。
手の届かない相手だということを思い知らされた気がした。
私もアルディーシアのように踊れたら、ダンスの相手役に選ばれたかしら?
何度もベルはそう思ったことがある。しかし、答えは否だ。第三王子の催しに招待されない者が、第三王子の相手を務めることはない。
「私は社交に行くが、お前はどうする?」
アンディが尋ねた。
「私はカミーラと一緒に友人の所へ行こうかと」
「カミーラは私に付き合え」
キルヒウスが断固たる態度でそう言った。
その言葉は絶対だ。逆らうべきではない。
誰もがそう思うはずだというのに、カミーラは了承しなかった。
「今夜は付き合えません。友人達と約束しています」
カミーラがキルヒウス様に逆らうなんて?!
そう思ったのはベルだけではない。アンディとシーアスも怪訝な表情をしていた。
「今は婚活ブームです。年齢的なことを考えますと、いつもとは違う意味で社交をするには絶好の機会ですので、ご理解いただきたく思います」
「イレビオール伯爵夫妻の意向か?」
「いいえ。私の個人的な考えです」
「好きにしろ」
キルヒウスはすぐに了承した。
「では、ベル、行きましょう」
「失礼致します」
ベルはカミーラと共に大舞踏会の間を抜け出し、廊下に出た。
「カミーラ、いいの? キルヒウス様に逆らって」
「問題ありません」
「でも、ヴァークレイ公爵家と揉めるようなことは良くないわ。お兄様の地位が安泰なのは、ヴァークレイ公爵家やキルヒウス様がお兄様に何かと目をかけてくださったからよ。カミーラの方がよくわかっているくせに」
王太子派の貴族で最大の力を持つのはヴァークレイ公爵家である。
ヘンデルが王太子の学友候補になれたのは、ヴァークレイ公爵家が推薦してくれたおかげだった。
王太子府に配属されたのも、側近補佐から首席補佐官になれたのも、ゆくゆくはヴァークレイ公爵になるキルヒウスがヘンデルに目をかけ、直属の部下にして厳しく鍛えたからである。
ヘンデルもシャルゴットもヴァークレイ公爵家から多大な恩恵を受けている。
また、中央に強力なコネがあるヴァークレイ公爵家に逆らうべきではないということは、王太子派の貴族であれば誰もが知っていることだった。
「私を制限しているのは両親だけではありません。キルヒウス様とヴァークレイ公爵家も同じです」
「でも」
「それよりも社交に行きましょう。キルヒウス様も好きにしろと言いました。大丈夫です」
本当に大丈夫なのかしら?
ベルは不安な気持ちを抱えたまま、カミーラと共に大舞踏会の間から移動し、それぞれの友人の元へ向かうことにした。




