44 土曜日 お迎え
秋の大夜会。
第一会場は王宮の大舞踏会の間で仮装舞踏会。第二会場は王立歌劇場で仮面舞踏会。
会場が二つあることから、王宮における招待客人数はいつもより減らされ、多くの者達が第二会場に招待されている。
王太子は王宮の仮装舞踏会で一時間ほど過ごし、その後馬車で王立歌劇場に移動する。王立歌劇場の仮面舞踏会でも一時間ほど過ごす。
婚約者であるリーナも同じ。王宮と王立歌劇場で一時間ずつ過ごす予定になっていた。
ヘンデルは御用聞きの当番として待機するため、通常の整列位置ではない。侍従達が控える場所の前列になる。
今回、カミーラとベルは王太子の側近補佐に任命されたため、本人だけでも大舞踏会の間に入ることができる。
しかし、会場まで徒歩で移動するのは遠い。専用の馬車もない。
今回、ファーストダンスは王太子とその側近が踊ることになっている。カミーラはキルヒウスと、ベルはアンディと踊る予定だ。
そのため、キルヒウスとアンディが部屋に迎えに来てくれる。二人の馬車に同乗して移動すればいい。
大舞踏会の間における開会時も、二人の同行者として隣に整列する。
カミーラがヘンデルに説明されたのはそれだけで、リーナの側に待機するといった役目は特になかった。
ベルとカミーラは開場時間に合わせて身支度を整えた。
王宮に住んでいるため、屋敷から行くよりも距離は短い。だが、歩いて移動するのは大変だ。迎えが来てくれるのはありがたかった。
木曜日にジェイルが二人のための馬車を用意し、自由に使用できるようにすると約束をしたが、アルバイトをするという前提の申し出だった。
現在、カミーラはアルバイトができない状況になってしまった。
また、実際に馬車を用意するのはシャペルになるが、馬車を用意したという連絡はない。あてにするわけにはいかなかった。
開場時間が迫るとアンディが二人を迎えに来た。
「キルヒウス様はお仕事ですか?」
「後から来る。先に行こう」
ベルとカミーラはアンディの馬車に乗った。
普通の馬車である。貴族用の。
これまではなんとも思わなかったが、シャペルやジェイルの持つ豪華な馬車やお洒落な馬車を知ってしまった二人にとって、アンディの馬車はあまりにも普通過ぎた。
比べてしまう。
二人の視線が馬車に注がれるのを、アンディは見逃さなかった。
「どうした? 馬車が気になるのか?」
「こちらは王宮の馬車でしょうか? それとも、アンディ様が個人的に所有されている馬車でしょうか?」
アンディは眉を上げつつ答えた。
「今夜は個人所有の馬車だ。伯爵家の馬車は家族が使用する。この馬車は通勤用で豪華とは言えないが、王族の側近の馬車として登録している。検問を通過しやすい」
「検問があるのですか?」
三人はすでに王宮敷地内にいる。馬車で受ける検問はないはずだった。
「今回はあまりにも大掛かりな催しになるため、馬車の数が多くなる。門のところで検問をすると、検問待ちの馬車の行列がいつも以上になってしまい、王宮付近の交通事情に多大な影響を与えてしまう。そこで、今回は王宮の敷地内に臨時の検問所を設けている」
王宮の所有する馬車だと、検問を無条件ですり抜けてしまう。検問の意味がない。
そこで、公式行事への参加者は必ず自前の馬車で王宮に入り、馬車用の検問を受けるように指示されていた。
その検問を通過することで、馬車の停車位置を指定される。馬車を降りた後は、歩いて会場に向かうことになっていた。
「では、必ず歩くことになるのですね?」
「私達は歩かない。招待状を受け取っているな?」
「はい。今夜はイレビオール伯爵令嬢ではなく、側近補佐としての招待だと言われました」
「馬車の検問で必要だ。それを見せれば、ここにいるのは全員官僚で、特権持ちと判断される。正面出入口に馬車を横付けするように言われるだろう。ほとんどの者達は左右の別棟まで行き、そこで馬車を降りて徒歩になる」
アンディの説明通り、馬車は王宮敷地内に設けられた臨時の検問所で停まった。
三人が持つ招待状を確認することで、正面出入口に向かうよう指示される。
多くの招待客が歩く中、三人を乗せた馬車は正面出入口に到着した。
勿論、ここでも検問がある。
正面出入口は大扉が三つ、小扉が二つある。
中央の大扉は王族用のために締め切られ、上級貴族は左右の大扉、下級貴族は小扉から入ることになっていた。
「私達は別棟から来たわけではないため、手荷物はクロークに預けることができる。身分証と官僚登録証、招待カードは必ずポケットに入れておけ。何かあると全て確認される。侍従や侍女などに何か頼む際は官僚登録証を見せろ。王太子府の関係者だとわかるため、対応が早い。身分証や招待カードには役職がないため、反応が悪い」
招待カードというのは招待状に付属しているカードだ。
公式行事に参加できる者はこのカードを携帯することになっている。どんなに身分や階級が高くても、このカードがない者は招待者ではないと判断されてしまう。
「今回は招待者が多すぎる。実際に参加する者達がどの程度かはわからないが、事前に送る出欠表ではかなりの数字が出た。約七千人だ」
七千という人数は、一つの会場に入りきらない。あくまでも二つの会場を前提とした招待者数だ。
「警備による招待カードの確認がいつもよりも多くなるだろう。カードを紛失したら、すぐにヘンデルか警備に伝えろ。お前達の招待カードは特権付きだ。普通の者が出入りできない場所も出入りできる。他の者に悪用されると困る」
「わかりました」
「はい!」
時間が迫るとキルヒウスとシーアスが現れた。珍しいことに、シーアスは女性連れである。
しかも、かなり若い。
「こんばんは。シーアス様」
「こんばんは。今夜は女性をエスコートされているのですね」
カミーラとベルがそれぞれ挨拶すると、シーアスは小さくため息をついた。
「紹介します。いとこのオードリーです。今夜は踊らなくてはならないので、しぶしぶ同伴しました」
「しぶしぶ同伴させていただいておりますオードリー=ウェーゼルです。どうぞよろしくお願い致します」
美少女はにっこりと微笑んだ。
この女性、頭が良くてしたたかなタイプだわ。
カミーラとベルは瞬時に判断した。
「本当はヴァークレイ子爵かレーベック子爵の相手をさせていただきたかったのに、シーアス様の相手役というのは残念ですわ」
「キルヒウスとアンディの相手はイレビオール伯爵令嬢達が務めます。無礼ですよ?」
「私はお二人が羨ましいだけですわ」
「私はカミーラと踊る」
「私もベルがいい」
キルヒウスとアンディは即座に冷たい口調で答えた。
「これで組み合わせは決定です。オードリー、狙うのであれば別の者にしなさい。二人に纏わりつくことは、私の足を引っ張る行為です。二度と王宮に出入りできないようにしますよ?」
「それは困りますので、私と同じく田舎から上京した新参者を狙っておきますわ」
その後、オードリーについて簡単に紹介があった。
オードリーは成人したばかりの男爵家の令嬢で、王宮に来るのは初めてになる。
ずっと父親の領地で過ごしてきたが、婚活のために王都に滞在していた。
今回はどうしてもと叔父に頼み込まれ、シーアスはしぶしぶではあるものの、ダンスの相手が必要ということもあり、オードリーを同伴することにした。
「初めて来る者は大抵失敗します。私に迷惑をかけないように」
「それは父にもきつく言われております。声をかけられてもついていかないようにと。シーアス様は助けて下さいませんものね」
「成人の場合は自己責任です」
「いとこなのに冷たい方」
「いとこだからです」
「いいえ、違います。シーアス様は女性全般に厳しい方ですわ。だから独身なのです」
「帰りの馬車は別の者に頼みなさい」
「知り合いなんかいませんのに」
「馬車代を貰って来たはずです。私に合わせると帰るのが遅くなるかもしれませんからね」
「それはお小遣いに回したいのです」
「却下します」
オードリーがいるせいか、三人組は普段と異なる対応をした。
それはシャルゴット姉妹をそっちのけで話をするのではなく、しっかりと会話の中に入れる、というよりは褒めることだった。
「二人とも赤いドレスがよく似合っています」
「髪色との相性もいいな」
「綺麗だ」
饒舌な男性なら全てを一人で言ってしまうような文を三分割。しかも最後のキルヒウスの言葉は棒読みに等しかったが、二人は珍しい対応に笑みを浮かべ直した。
「ありがとうございます!」
「派手に見えなければいいのですが」
「大丈夫だ。気にすることはない」
「今夜は皆、赤い衣装ですからね」
「そうですか」
カミーラは何も言わなかったキルヒウスに視線を移した。
カミーラが初めてキルヒウスの同行役を務めた際、真っ赤なドレスを着用した。
カミーラはそれこそ赤いバラの花になったような気分だったが、キルヒウスは派手に見える、赤いドレスは避けた方がいいかもしれないと評した。
美人であるカミーラは何でもよく似合うと言われて来た。それだけに、キルヒウスに注意されたことに強いショックを受け、赤いドレスを避けるようになった。
しかし、今回は赤い衣装を着用しなくてはならない。それがドレスコードだ。ジェイルに赤が似合うと言われたこともあって、カミーラは自分に似合うデザインを考えに考え、思い切って真っ赤なドレスを選んで着用することにした。
「キルヒウス様はどう思われますか? 派手でしょうか?」
「ドレスコードだ。問題ない」
さすがに似合っているとは言われなかったものの、駄目だしはされなかったため、カミーラは安堵した。
「キルヒウス様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私が初めてキルヒウス様にエスコートしていただいた時も赤いドレスでした。あまりにお気に召さなかったようでしたので、赤は控えるようにしていたのですが、今夜は赤がドレスコードなので気になっていました」
「私は覚えていますよ。あまりにもカミーラが美しいので、蜂がうるさいと不機嫌でした」
シーアスの次はアンディが続くように発言した。
「対応するのが面倒なため、別の色のドレスを着た方がいいと言っていた」
「よく覚えていない」
「そういうことにしておきましょう」
「今夜もカミーラの周囲は多くの蜂が飛びそうだ。守ってあげた方がいいんじゃないか?」
キルヒウスは親友二人を睨みつけた。
「お前達の方がよほどうるさい」
「この辺にしておこう。シーアス」
「そうですね」
「移動する」
キルヒウスはカミーラをエスコートし、整列するために大舞踏会の間へと入っていった。
「アンディ様」
ベルは小声で呼んだ。
「なんだ?」
「もしかして、キルヒウス様はカミーラを……狙っているとか?」
ベルとカミーラはよく王太子の側近の同行役やダンスパートナーを務める。
これは王太子派貴族の交流活動で、家同士やヘンデルの同僚達との関係を良好に保つためのものだった。
イレビオール伯爵夫妻は娘達を王太子派の貴族に嫁がせたいと思っている。そのための売り込みのようなものでもある。
しかし、縁談の話があるのかといえば、さっぱりない。というか、ベルは聞いていない。
引く手あまたであるはずのカミーラも同じ状態というのはおかしい。
王家との縁談のように何も教えられていないものの、水面下では何か、縁談なり約束事のようなものがあるのではないかと感じた。
「それよりもベル、シャペルとはどうなっている? 交際しているのか?」
突然の切り返しにベルはドキッとした。
「えっ! どうしてそんなことを?」
「アルバイトをしていると聞いた。だが、シャペルの気持ちに応えるつもりがないのであれば、アルバイトを受けるべきではない。シャペルの気持ちを利用して大金を稼いでいると思われると、第二王子派の貴族達に目を付けられる」
「大丈夫です。私とシャペルは仲間ですから」
「シャペルは黒蝶会を辞めたと聞いたが?」
「二蝶会ではなく、ダンスを愛好する者同士としてです。アンディ様もダンスを愛好し、その素晴らしさを多くの人に伝えたいと思われているなら仲間です」
「ダンスは嫌いではないが、ヘンデルをいじめる方が好きだ。私の仲間はキルヒウスとシーアスだな」
アンディらしい答えだと、ベルは苦笑した。




