43 土曜日 実は不満です(二)
ベルはゆっくりと口の中のものを咀嚼して飲み込んだ後に言った。
「カミーラって……かなり慎重で警戒心が高いわよね」
「女性として普通だと思いますが? それともベルは私が黙って政略結婚を受け入れる女性だと思っているのですか?」
「思ってはいないけれど、誰もが相思相愛で結婚できるわけじゃないわ。失恋だってするし、政略結婚から生まれる愛だってあるわよ?」
ベルはそう言いながら、それが普通なのだと自分に言い聞かせた。
「では、ベルは政略結婚をする気なのですか? 両親が待てという間は何歳になっても待ち、相当年齢が上がった後、大したことのないと思える男性を素晴らしい結婚相手だと言われ、何も疑うことなく結婚するのですか?」
「絶対に嫌よ!」
ベルは即答した。
「私も同じく嫌なのです。このままではベルも両親の思惑通りに結婚を待たされ、望まない縁談を強く薦められ、断り切れずに結婚することになりそうです。それに反抗し、自ら相手を探した方がいいのではありませんか?」
「カミーラは反抗中なの?」
「そうです」
ベルは深いため息をついた。
「私もそろそろけじめをつけようと思っていたのよ。だから……次の恋を見つけるわ。結婚相手かもしれないけれど」
「お互いに頑張りましょう」
「そうね。というか、ジェイル様の話を断って、誰と結婚するつもりなのか謎だけど」
ベルは無駄だろうと思いつつも尋ねた。
「ちなみに、狙っている男性はいるの?」
「います」
たっぷり間が空いた。
「ええっ?! いるの?!」
「私に好意を持っているはずなのです。だというのに、アプローチがありません」
それってカミーラが勝手に思っているだけじゃ……ないわよね?
ベルは心の中で呟いた。
「待っていればそのうちと思っていましたが、さすがに待ちきれません。このままでは埒が明きませんので、私からアプローチする必要があると判断しました」
「それって……カミーラから告白するってこと?」
カミーラは眉をひそめた。
「まさか。向こうから告白するように仕向けるのです」
「どうやって?」
「私が結婚に焦っている、このままでは誰かと結婚してしまうかもしれないと思わせ、プロポーズするしかないと思わせるのです」
これまではイレビオール伯爵夫妻だけでなく、カミーラも結婚については慎重に判断すると言ってきた。
しかし、これからは違う。両親が反対しても、条件が良ければ結婚したいと周囲に少し漏らしていた。
そのことが相手に伝わっていないわけがない。情報収集力は抜群にある。
ジェイルと外出したこともアピールの一つだった。
カミーラとジェイルなら釣り合う。このまま交際あるいは結婚するかもしれないと思わせるためのものだった。
カミーラの計画を知ったベルは驚愕した。
「ジェイル様を利用するなんて!」
「ジェイル様も私を利用したのですからお互い様です」
勿論、ジェイルはカミーラの真の狙いを知らない。
カミーラが狙っている男性を動揺させるための当て馬になっていると思うはずがない。むしろ、自分こそ本命だと思うはずだった。
だからこそ、カミーラに交際を持ちかけたのではないかとカミーラは睨んでいた。
しかし、カミーラにとっては有難迷惑としか言いようがない。ジェイルは当て馬らしく、エスコート役をほんの数回してくれればいいだけの存在だ。
「カミーラが悪女に見えて来たわ……」
「ジェイル様を慕う女性にとってはそうでしょう。ですが、私が他の男性と結婚した方が喜ぶに決まっています」
「まあね」
ベルは心から納得したという表情になった後、ハッとした。
「ねえ、カミーラが狙っているのって……シャペル?」
カミーラは眉をひそめた。
「なぜ、シャペルの名前が?」
「だって……青玉会の正会員になれるし」
「財産目当てで相手を選ぶと思っているのですか?」
「そうじゃないわ。でも、一応あれでも伯爵家の跡継ぎで領地付きよ。カミーラは領地経営に興味があるでしょう? シャペルは頼りないし、カミーラがそれこそ手綱を握って思い通りにできるんじゃない? シャルゴットじゃなくても、ディーバレンを支配することができるわ。容姿もそんなに悪くはないし、ダンスも上手だし、誰とでも結構仲良くなれる感じよ。一緒に社交するにも丁度いいんじゃない?」
カミーラは呆れた。
「シャペルはベルに夢中です。そのような男性をなぜ私が狙わなければならないのですか? ベルは自分が結婚したくない男性を私には優良物件だと薦めるのですか?」
「そういうわけじゃ……ないけど」
「では、わざと私がシャペルを誘うことで、本当にベルのことを愛しているか、確かめて欲しいのですか?」
ベルはうつむいた。
「シャペルはもう仲間なの。恋人にも夫にもならないわ。別の道を歩き出したの。私とはダンスを愛好する者同士として友好的に接する。それだけよ」
カミーラはじっとベルを見つめた。
「あまり嬉しくなさそうに見えます。アルバイトをしながらシャペルと一緒に過ごすうちに、ベルの気持ちに何らかの変化が生じているのですか?」
ベルはカミーラを心から信用している。誰にも言えないことを話すこともできる。だからこそ、打ち明けてしまった。
「……結構悪くないのかもって思う気持ちはあるのよ。でも、レイフィール様とは結婚できないから別の人と付き合うみたいな……打算的というか……なんか、嫌じゃない?」
カミーラは眉をひそめた。
「シャペルは嫌がっていません」
「そんなことないわ。シャペルは結局、私とは仲間でいることを選んだんだもの。私の気持ちが変わったように、シャペルの気持ちも変わったのよ」
「ベルはそれでいいのですか? ずっと仲間で?」
ベルの答えはわかりきったことだった。
仲間でいい。何の不満もないということであれば、ベルは何も言わない。
このように落ち込んだ表情でカミーラにこっそり話していること自体、ベルがどう思っているのかを如実にあらわしていた。
「……嫌かも」
「自分でどうするかを考えるしかありません。ベルの人生はベルのものです。例え、私とは違う考えや判断をしても、ベルらしくあることの方がずっと大切なのです。ここだけの話ですが、ベルが家を飛び出して駆け落ちしても、それがベルの望んだ道だということであれば反対はしません。駆け落ちするよりは一緒に両親を説得しようとは言うでしょうが」
ベルはカミーラを見つめた。
「カミーラは……私にとって本当に大切な存在よ。姉であり、親友であり、仲間だわ。いつだって私を応援してくれるのも知っているの。でも、私……馬鹿なことをしてしまったの」
「どのようなことですか?」
「シャペルに……取引を持ち掛けたの」
カミーラは動揺を決して悟られないようにするために、表情を固定した。
「どのような取引ですか?」
「イレビオール伯爵家に来た王家の縁談について教えてくれたら、よほどのことがない限り結婚してもいいって約束したの」
カミーラは信じられないというような表情になった。
あまりにもシャペルに有利過ぎる取引だ。そんな取引を申し込んだベルが愚かしくも、叱責はできなかった。
なぜなら、それだけ気持ちが追い込まれていたことにカミーラは気づいていなかったからだ。
「シャペルは何度も取引を無効にするチャンスをくれたの。でも、私はどうしても知りたかったのよ。でないと……レイフィール様への想いにけじめをつけられないと思ったの。告白して駄目だったら、それをけじめにできるのかもしれないけれど、私は告白したくなかったの。レイフィール様からはっきりと言われたくないのよ。臆病で勇気がなかったの。だから、別の方法でけじめをつけるしかないって思ったのよ」
カミーラは結婚したくてもできないことを辛いと思っていたが、ベルもまた抜け出せない恋に苦しみ、もがいていたことを実感した。
カミーラは金曜日、本当にあったことを知った。何があったのかを理解した。
「王家に関わる情報だから、守秘義務があるのよ。でも、縁談はまとまらなかったってことは今の状況を見ればわかるわ。理由も普通だったの。ようするに、お兄様が大事ってこと。お兄様の受け継ぐものを、妹達が受け継ぐことはないってこと。ただそれだけ。お父様やお母様がいつも言っていることと同じだわ」
カミーラは以前、嫁に出すのが無理なら婿養子を取ればいいと両親に言ったことがある。
その際、領地の一つをくれればすぐに相手が決まるだろうとも。
しかし、両親は激怒した。
カミーラやベルが婚姻する際、相応に持参金は与えるものの、爵位や領地を分け与えることは絶対にない。全てヘンデルが受け継ぐということを明言していた。
「常識的な判断だからこそ、この判断は覆らないってことがわかっただけなのよ。でも、それで良かったと思っているの。レイフィール様が私のことを嫌っていて、それで縁談がなくなったわけじゃないってわかっただけでもね」
ベルは大きく息をついた。
「ようやく一歩進めたって思ったの。シャペルのおかげよ。いきなりこれで何もかもスッキリした、全部忘れるなんて言えないわ。まだ、時間がかかると思うのよ。でも、シャペルと一緒なら大丈夫かもしれないって思ったの。なのに、全部忘れていいって……きっと、仲間のままの方がいいって思ったんだわ。取引で結婚するなんて言ったから、シャペルに嫌われちゃったのかもね」
ベルは明るく元気な女性だ。
しかし、その明るさと元気は無限ではない。暗くなる時も、元気がでない時もある。
カミーラはベルを慰める言葉をかけることはできると思った。しかし、ベルが弱っている原因は王家の縁談が駄目だった理由が判明したことではない。
シャペルが取引を無効にし、仲間として距離を置いたことだと判断した。
「今夜は秋の大夜会です。この件は一旦保留にしましょう。私は王太子府に行き、お兄様と打ち合わせをしなければなりません」
「私が起きるまで待っていてくれたの? ごめんなさい」
「大丈夫です。それよりも、リーナ様は今夜のデートをとても楽しみにしています。心配させないように」
「わかったわ。この件は保留ね!」
「ダンスが終わったら、私は社交に行きます。ベルはどうしますか?」
「私も社交に行くわ」
「わかりました。では、ダンスが終わったら社交に行きましょう」
「そうね」
ベルは気持ちを切り替えるように強い口調でそう言った。




