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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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42/53

42 土曜日 実は不満です(一)

 目覚めたベルはため息をついた。


 結局、泣いてそのまま寝た。


 一旦はそれで思考が止まり、時間を空けることで冷静さが戻って来る。


 ベルはゆっくりと起き上がると、時計を見て時間を確認した。


 すでにお昼は過ぎており、お茶の時間が迫っていた。


 バスルームに行って顔を洗う。軽く化粧をすると、カミーラの部屋のドアをノックした。


「カミーラ、いる?」


 すぐにカミーラが顔を出した。


「起きたのですね」

「ごめんなさい」


 部屋に入ると、そこには食事用のワゴンがあった。


「返事がないというので、私の部屋の方に入れました」


 平日の昼食はリーナと一緒にするが、週末は自室で取る。


 ベルとカミーラはいつもワゴンごと置いて行って貰い、何もなければベルの部屋で食事を取っていた。


 しかし、今回はベルの応対がないため、侍女が隣の部屋であるカミーラにどうするかを尋ね、ワゴンをカミーラの部屋に置いていったのだった。


「もう冷めてしまってますが、食べますか? 秋の大夜会があるので、お茶の時間は少し遅めで軽食がつくそうです」


 夕食は秋の大夜会に招待されていることから用意されない。


 しかし、大夜会で用意される食事は招待客全員が満腹になるまで食べることができるほどの量が用意されているわけではない。


 ベル達はただの貴族としてではなく、リーナ付きという立場でも出席することになるため、いざとなれば用事や待機を言いつけられる。食事をする暇がないかもしれないということから、配慮としてお茶の時間に軽食がつくという対応がされるのだ。


「軽食だけで足りるかわからないし、食べられそうなものは食べるわ。ここで食べていい?」

「構いません」


 ベルはテーブルに食事を運ぶとため息をついた。


「ちょっと……手抜き過ぎじゃない?」


 昼食はプレートランチになっている。


 サラダ、カップスープ、肉料理としてソーセージとハム、パン。


 一通りあるのだが、朝食のメニューと非常に似ていた。


 サラダは生野菜とツナのマヨネーズ和えが添えられているものだった。


 ベルの常識であればこれは二つをまとめてツナサラダという認識になる。


 しかし、実際は生野菜だけでサラダ、ツナのマヨネーズ和えだけでツナサラダか魚料理にカウントされている。つまり、二品という扱いになる。


 ツナのマヨネーズ和えはパンの上に乗せる具としては非常に優秀で美味しい。しかし、これだけで一品とするのは、ベルにとって手抜きにしか感じない。


 缶詰のコーンを軽く味付けしただけのものがコーンサラダとして出ることもある。


 なぜこのようなものかといえば、二人が自室で取る食事は官僚食堂のものだからだ。王族付きの侍女のものでさえない。


「自分でサンドイッチを作って下さいって感じのランチね……」

「なんとなくですが、お茶の時間に出てくるサンドイッチの中にツナサンドがあるのではないかと予想しています」

「リーナ様と一緒に食事を取らないと、本当に食事は駄目ね! 王宮の食事がこんなに酷いなんて思わなかったわ!」


 二人は側妃候補として後宮で暮らしていたため、王宮でも同じような生活ができるのだと信じて疑わなかった。


 しかし、現実は全く違った。


 側妃候補は長期滞在する客に近い扱いになるため、待遇がいい。しかし、王族の側に仕える者は客ではない。ただの雇用者だ。


 報酬はあくまでも給与。それ以外は報酬外。


 王宮に部屋が与えられるというのは、王宮に住む権利ではなく、王宮に来た際に専用の個室が使用できる権利であることもわかった。


 個室をどのように使用するかは自分次第になる。


 激務で帰宅しにくいために宿泊用の部屋にする者もいれば、上司等の許可を取って自分専用の仕事部屋にする者もいる。自分の仕事に関わる資料や荷物を置いておく金庫や倉庫代わりに使う者もいる。


 与えられた部屋を利用して王宮に住むことも可能だが、快適に住むためのサービス等は全くない。


 最初、二人の仕事は多くの残業や宿泊をしなければいけないようなものではないため、非常に狭く何の家具もない部屋が割り当てられた。


 しかし、ヘンデルが王宮省に掛け合い、バスルーム付きの部屋に変更させた。


 更に、二人が王宮内にある官僚用の食堂を使用するのは何かと目立ってしまうこと、王太子やリーナの情報等を探ろうとする者が接触を試みやすくなるという理由をつけ、自室で官僚用の食事やお茶を取れるようにした。


 おかげで二人は王宮に住むこともできるようになったのだが、二人にとっては人生で最もレベルの低い生活環境になった。


 とはいえ、王宮に住むことを強要されているわけではない。カミーラ達は通勤でも構わないと言われているが、屋敷に戻らずに王宮に住むことを選んでいた。


「カミーラはずっと王宮に住むつもりでいるの?」


 ベルはランチプレートのサラダや具を使ってサンドイッチを作りながら尋ねた。


「屋敷に戻りたければ戻って構いません。私はしばらく王宮に住み続けます」

「どうして? どう考えても不自由よね? 毎日通勤で通うのは手間だけど、生活のレベルは元通りになるわよ?」


 王宮での生活を始めるにあたり、二人はヘンデルから言われていた。


 後宮や屋敷の生活よりもずっと質素で不便になる。それこそ全寮制の平民学校に入るようなものかもしれない。


 最低限のものは揃えたため、住むことはできる。しかし、裕福な貴族の令嬢として生まれ育った二人の感覚から言えば、間違いなく快適ではない。不自由だ。


 生活に必要なものを購買部で購入し続けると、給料は自然となくなっていく。


 王宮に住むというステータスは得られるが、その内情は極秘であるため、誰にも話すことはできない。実は不自由極まりない生活だったと愚痴をこぼせば、情報漏洩と王宮の威信を傷つけたと判断され、処罰されかねない。


 残業もなく二十四時間待機するような仕事でもないため、宿泊する必要は全くない。通勤で全く問題ないのだと。


「私は今とても貴重な体験をしています。特別な許可を与えられて王宮に部屋を与えられて住むという生活です。多くの貴族はそれがステータスだと思い、自分も王宮に暮らしたいと思っています。ですが、実際はまったくもって不便な生活です。私達は特別というよりは、少しだけ優遇したサービスが受けられるただの官僚です」

「その通りね」


 ベルはサンドイッチを口に頬張った。


 こんな風に自分で作ったサンドイッチを早く食べるために口いっぱいに頬張るということができるのも、まさに王宮生活ならでは。自宅では絶対にありえない経験だった。


 イレビオール伯爵家の屋敷であれば、サンドイッチはすでに出来上がったものが出てくる。自分で作る必要はない。


 硬いパンの耳は切り落とされている。柔らかい部分だけを食べればいい。


 サンドイッチはカトラリーを使用し、一口大に切って食べる。手で食べるとしても、一度に沢山は食べない。上品に少しずつ、サンドイッチに残る食べ口の形も気にしつつ上品に食べる。


「私達は官僚試験を受けた際、侍女にはなるなと言われました。この状況を知れば納得です。侍女になれば、これまでの生活との差がありすぎます。だからこそ、侍女にはなるなと言ったのでしょう。女官であれば通勤です。仕事は辛くても、生活の質を落とさなくて済みます」

「そうかもね」

「上級貴族の女性が侍女にならないのも納得です。なったとしても、このような生活に我慢できるわけがありません。屋敷で過ごす方が自由で快適だからです。給料よりも小遣いの方が上という者達も多くいるでしょう」


 ベルはサンドイッチを食べながら頷いた。


「私は何も知らなかったということ、裕福な両親によって守られてきたということを強く実感しました。今の状況でさえ、お兄様が様々に動いたからこそのもの。実際はもっと酷い待遇でした。通勤であれば専用の仕事部屋が与えられたということで、このような思いは感じなかったのかもしれません。簡素な仕事部屋であっても、自分専用の部屋を王宮に与えられたというだけで、非常に名誉だと思ったことでしょう。家具等も自前で揃えて持ち込めば、立派な部屋にすることができます」

「まあ、そうね」


 私有の家具を王宮に持ち込むにはお金がかかる。許可もいる。しかも、所有権を放棄して王宮の備品にしなければならない。使用権は残るものの、寄贈するのと同じだ。


二人は王宮の備品である家具を借りている状態だが、基本的に侍女用の品であるため、高級家具ではない。


 それでも部屋の見た目が侍女達の部屋よりも圧倒的に豪華なのは、寄贈しなくても持ち込める布製品、カーテンやテーブルクロス、ベッドカバーなどを自前で用意しているからだった。


「私は退宮した後、屋敷に戻りたくありませんでした。このような生活になるとは思っていませんでしたが、できるだけのことをしてくれたお兄様には心から感謝しています」

「えっ?! そうなの?!」


 ベルは驚いた。カミーラがそんな風に思っているとは全く思っていなかった。


「どうして屋敷に戻りたくないの?」

「自由のようで、実際は自由ではない生活をするしかないからです。高い水準の生活を維持し、豊富な小遣いを貰うためには両親の機嫌を損ねるようなことはできません。このままだと、私はお兄様の都合に合わせて婚姻するしかありません。婚活ブームのせいで、社交は控えるように言われるでしょう。婚活していると思われないようにするためです」


 カミーラと同様にベルの表情も曇った。


 両親はカミーラの婚姻に積極的どころか否定的だ。少しでも先延ばししようとしている。


 ベルの婚姻も同じだが、とにかくヘンデルが優先、先だという考えだ。


 年下のベルでさえ、婚活ブームによって多くの者達が婚姻してしまうと、条件のいい幸せな結婚を逃してしまうのではないかという不安がある。


 より年齢が高いカミーラが自身の婚姻について不安になるのは決しておかしくないどころか自然だった。


「カミーラはそろそろ結婚したいわけね」

「そうです」

「だったら、なぜ、ジェイル様の申し出を断ったの?」

「結婚できれば誰でもいいわけではありません」

「ジェイル様はかなり条件がいい男性だと思うけれど駄目なの?」


 ベルはどうしてジェイルからの交際申し込みを断ったのか、不思議で仕方がなかった。


「ジェイル様が婚姻を前提とした交際を申し込んできたのは、私がジェイル様にとって有益な女性だと感じたからでしょう。役に立つというわけです。ですが、私はそう思ってくれる男性ではなく、心から愛してくれる男性と結婚したいのです」

「その気持ちはわかるわ。私も同じよ。でも、あのジェイル様が結婚を前提とした交際を申し込むなんて、物凄いことよ? 交際して様子を見ても良かった気がするけれど」

「様子を見るだけなら交際する必要はありません。ただの同行者でいいのです。交際してしまうと、互いの気持ちや判断が異なった際に揉めることになり、家や家族を巻き込み、醜聞沙汰になる可能性が高くなります」


 交際という形にすると、それは一種の契約状態になる。


 二人共に交際を継続したい、婚姻したい、逆に終わりにしたいと思えばいいものの、そうでなかった場合はどうするか話し合うことになる。


 冷静に話し合いで解決すればいいが、なかなか円満にはいかない場合もある。最悪の場合は社交界中どころか新聞や雑誌に載ってしまい、エルグラード中の話題になってしまう。


 そういった醜聞沙汰になるのを避けるためにも、交際はしない方がいいとカミーラは判断した。


「ジェイル様は何もなくても注目されます。そのような方と醜聞になれば、私は社交界を追放になってしまう恐れもあります。危険は冒せません」

「……社交界追放はないと思うけど。カミーラだってかなりの影響力があるでしょう?」


 カミーラは首を横に振った。


「問題が起きれば、ジェイル様の力の方が圧倒的に優位です。第二王子が積極的に援護するでしょうし、仕事関係者、ジェイル様を支持する女性達も加勢します。私は必ず劣勢になります」

「お兄様が助けてくれるわ。王太子殿下も。カミーラ側に不利な理由とかがなければだけど」

「そうなのです。無条件で援護してくれるわけではない、というところがポイントです」


カミーラは情報収集をしているからこそ、社交界の者達がどのように考えるか、行動するかをわかっている。予想するのは簡単だった。


「ジェイル様はとても評判が良く、素晴らしい方だと思われています。交際してうまくいかなければ、私に問題があると思われてしまうでしょう。女性というだけでも不利なのです」

「ようするに、カミーラが悪く言われる可能性が高いからやめておくってことよね?」

「そうです」

「でも、うまくいけば問題ないわよね?」

「うまくいきません」


 カミーラは断言した。


「どうして? カミーラってクールな感じの男性が好きでしょう? お似合いのような気もするけれど。カミーラなら良妻賢母になれるわよ。みんなそう思っているわ」

「私も良妻賢母になれるような女性になるように勉強し、努力してきました。ですが、私はジェイル様を愛していません。一緒にいると緊張してしまい、安らげません」

「慣れてないからじゃない? 親しく付き合っているわけでもないし、相手のことをよくわかっていないだけというか」

「愚かだと言われるかもしれませんが、何の役にも立たない無力な女性であっても私を愛してくれる男性と結婚したいという願望があります。役に立たなくなった途端離縁されるような男性とわかっていても妻になりたいとは思いません」


 確かにそういう男性もいる。


 自分の役に立つ女性と結婚する。役に立たない女性は必要ないと思う。


 相手が一方的に判断するため、浮気や離縁の原因になりかねない。女性側が圧倒的に損することになる。


「まあね。でも、カミーラが役に立たなくなるなんてことがあるの?」

「突然、病に倒れてベッドから出られない状態になるかもしれません。嫉妬した女性に襲われ、怪我をして容姿や歩行に問題が生じるかもしれません。そのような状況でも妻として愛し、大事にしてくれると思いますか? ジェイル様は女性にモテます。ベッドから出られない妻とは離婚し、他の女性を後妻に迎えるでしょう。ちなみに、ノースランド子爵も同じです。知的でクール系だといって薦めて来る友人もいるのですが、絶対にお断りです」


 ロジャーと結婚すれば、妻という名の無償奉仕と秘書業務を押し付けられる。ゆくゆくは公爵夫人になれるが、ロジャーやノースランド公爵家のためだけに生きるような人生になる。自分の自由な時間はない。息抜きのはずの社交も、全て情報収集のためという仕事になってしまう。


 カミーラはそんな人生を強いられたくなかった。もっと普通に自分の人生を楽しみたい。家のこともしっかりとするが、自由時間も欲しかった。


 しかし、カミーラの優秀さを認める男性ほどその能力をあてにする。自分のために活用することを考える。それがカミーラの自由と時間、ひいては人生を奪いかねないということを全く気にしない。カミーラ自身で守るしかなかった。



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