41 土曜日 弁当係
久しぶりの投稿です。
本編の方もやっと秋の大夜会になったのですが、いつの間にか追い越してしまいました(汗)
時間列としては、本編716よりも前になります。
宜しくお願い致します。
シャペルは王子府の備品である台車をガラガラと押しながら廊下を歩いていた。
第二王子の側近らしくない姿のように思えるが、側近の仕事にも色々なものがある。
特に、第二王子は正式な執務に関する役職を持たないため、執務といってもすべて非公式なもの、成人している王子としての公務の一環という扱いになる。
その分、第二王子の側近に対する政治的な権限は非常に弱く、執務補佐官などの役職であっても実際は秘書官のようなものになり、その序列がかなり低いシャペルは雑用をこなすことがよくある。
シャペルは書類仕事が好きではない。何かと体を動かし、気分転換をしたくなる性格である。だからこそ、面倒な雑用も部屋に籠って書類を扱う仕事を回避するためのものだと思えば、大して苦にはならないと思っていた。
「あ……」
思わず声を上げたシャペルに対し、遭遇した相手の一人ヘンデルは不機嫌極まりない表情で睨んだ。
昨日ことやベルのことで意気消沈している時だけに、ヘンデルに会ってしまうのは自分の運が尽きているからだとシャペルは感じた。
「ムカつくなあ」
早速ヘンデルは絡んできた。
「俺の方がよっぽど忙しくて大変だっていうのに、お前の方が軽そうってどういうことだよ?」
普段のヘンデルはいつも機嫌が良く、ヘラヘラチャラチャラしているように思う者もいる。雰囲気も親しみやすかったり、軽かったりする。
但し、あくまでも普段、である。
仕事中、特に問題を起こした部下に対しては相当厳しい。自身もキルヒウスに鍛えられただけに容赦しない。
そのため、王太子府の者達はヘンデルに叱責されることを全力で避けるべく、必死に仕事をしていると言われている。
シャペルはベルの件でまさに失敗し、ヘンデルを怒らせた。
だからこそ、シャペルに対するヘンデルの態度が厳しくなった。
シャペルは今、王太子府で働く者達の心境を非常によく理解している。
「あ、これは……弁当で……」
シャペルの台車の上に乗せられているのは小さめの箱が二つ。中身は第二王子の側近達のために用意した弁当である。
王宮で大きな催しが開かれる際、参加者の飲食物は専用の部屋で取ることになる。
しかし、王族の側近は常に誰かが交代で控えなければならず、かといって自由な時間も社交をしていると時間が過ぎてしまい、ろくに食事を取る暇もない。
そこで控え室や移動する際は馬車などに各自弁当や菓子などを自分で用意し、空腹になるのを回避するようにしている。
今回、シャペルはその弁当当番をすることになったため、必要な弁当の数を把握し、責任を持って用意することになった。
王宮への食品に対する検閲は非常に厳しい。そこで弁当当番は王立歌劇場の側にあるウェストランドのホテルにまで行って弁当を受け取り、自ら運ぶことによって検閲を逃れて持ち込む。
「何個?」
「えっと、弁当の数?」
「当たり前じゃん? 他に何があるっていうんだよ?」
「……今回は三十個かな」
第二王子の側近の数は十二人。とはいえ、あまりにもきっちり過ぎると誰のための弁当なのかがわかりやすくなる。毒が混入していないか等の安全性を確認するため、毒見役の分も用意されることから、数は大目に用意することになっていた。
「側近用?」
「それ以外は自分で運ばないよ」
「どうせいつもと同じ、ウェストランドのホテルの弁当だろ?」
シャペルは苦笑した。
どこから弁当を仕入れるかは秘密ということになっているのだが、しっかりとバレていた。
「秘密ってことにはなっているけど……まあ、そんなところ?」
「交換するか?」
「えっ?!」
シャペルは突然の申し出に驚いた。
「こっちも弁当なんだよ」
シャペルはヘンデルとパスカルが押していた台車を見つめた。
「……それ、全部?」
二人の台車の箱はシャペルのよりもかなり大きい。
弁当が詰まっているのだとすれば、かなりの量か、一つ当たりのボリュームが驚くほど多いのではないかと思われた。
「二十個までなら交換してもいい。勿論、安全に問題があったら責任を追及して押し付ける」
「えっと……それっていいの?」
シャペルは無言のままでいるパスカルに尋ねた。
「ヘンデルが許可するのであれば構いません。いつも似たようなものになってしまうので、食べ飽きている者がいるかもしれません。食べるかどうかは任意ですので、好きな食事を選択するというだけの話です」
「もしかして、二種類あるの?」
「違うし。弁当でもいいし、夜会の食事でもいいってことだよ」
「ヘンデルの方はキルヒウスが手配した菓子です。軽食は私が手配しました」
キルヒウスが自分で菓子を取りに行くわけがない。ヘンデルに取って来いと命令したに決まっていた。
「じゃあ、半分だけ交換してもいい?」
「十五ですね?」
「そう」
「容器は回収しますか?」
「する。そっちは?」
「しません。全部使い捨てです」
「楽でいいね……うちは弁当当番が回収も責任持たないといけないから面倒なんだよね」
「軽食だけですので」
「こっちも中身は軽食だよ。適当な箱にまとめて王子府に届けてくれればいいから。ホテルには送らないで。弁当当番が返しに行かないといけないことになっているんだ」
「わかりました」
互いに箱から弁当を取り出すことになる。
シャペルは弁当を取り出して説明した。
「この弁当についているリボンは捨ててもいいよ。蓋をした後に誰かがまた開けないように縛っているだけだから。全部同じ結び方のはずだけど、違うリボンや結び方をしているのがあったらそれは食べないで毒見に回して。解くのは面倒だから切っちゃっていい」
「わかりました。こちらは紙箱を包んで封蝋をしています。ですので途中で開けてもとに戻すことはできないとは思うのですが、おかしなところがあればやはりやめていただきたく思います。カトラリーがついていても、全部使い捨てです」
「わかった」
シャペルは弁当を交換した後に言った。
「できれば……弁当がどうだったのか聞きたいかも。不味くはないと思うんだけど……評価が微妙なら改善することになっているらしくてさ。こっちでもそれなりに批評はすると思うけど、食べ慣れているせいもあって評価が単調なんだ」
「メモ程度のものであれば、箱の返却時につけることができるかもしれません」
「何でもいいよ。美味しいとか不味いとか、一言だけでもいいから」
「わかりました。こちらはそういったものは必要ありません」
「わかった。ありがとう。今夜はいつもと違う弁当を味わえると思うと嬉しいよ」
「お前は本当に馬鹿だ」
ヘンデルが言った。
「弁当係が自分で用意した弁当を楽しみにしてどーすんだよ? これは仕事だ。他のやつらが美味い弁当を味わってこそ、お前の評価が上がる。いつもと違う弁当を用意して、自分の評価が上がるかどうかを気にしろよ!」
シャペルは驚いた。
まさか、ヘンデルが仕事について意見を言うとは思わなかった。
「あ、えっと……もしかして、それで弁当を交換するって聞いたの?」
「いつも似たり寄ったりの弁当ばかりじゃつまんねーからだよ。第二王子の周辺がどんな弁当を食べているのか、興味持つやつらがいるかもしれない。そうなったら、交換をしてきたやつが評価されるだろ? つまり、俺だ」
ヘンデルは自分のために弁当を交換したのであり、シャペルのためではないことをはっきりと示した。
「あ、なるほど。弁当情報の収集にもなるね」
シャペルは頷いた。
「でもいいの? そっちの情報も与えてしまうけれど」
「パスカルは喜びそうだけどな。この弁当はパスカルしか注文できねーんだよ」
「一応、この件は互いに内密にするということでお願いします。食品関係の持ち込みについては王宮省がかなりうるさいので」
「そのくせ、用意する食事は不味い。王宮省が安全で美味いの用意すりゃいいのに、できないのが悪いんだっつーの!」
「互いに長居しない方がよさそうですのでこれで」
「あ、うん。ありがとう!」
「お礼はヘンデルに」
「ヘンデル、ありがとう。今度、お菓子でも差し入れするよ」
「毒入りかもしれないからいらねーよ。それよりもアルバイトのこと、知っているからな?」
シャペルはぎくりとした。
「えっ、あ……」
「ベルは金なんかで釣れねーよ。だから、釣るようなことをするな。見苦しい。自らの品位を下げるだけだ」
ヘンデルは台車を押して歩き出した。
「では、これで」
パスカルもまた台車を押してその後に続く。
ヘンデル、超怖い! カミーラよりも断然上だなあ……。
廊下に取り残されたシャペルは気持ちを落ち着けるため、何度も深呼吸をした。




