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04 木曜日 王子府(二)

 ベルは財布をチェックし終わると言った。


「シャペルは元二蝶会の仲間だし、遠慮なく言うわ。普段からお金を入れ過ぎよ。金銭感覚を見直すなら、現金を持ち歩かないようにしなさいよ。あるとつい使っちゃうでしょう?」


 ベルが財布の中を見たのは、興味があったからでもあるが、それ以外の目的もあった。


 シャペルは同意しなかった。


「でも、支払うことが多いから」

「お金を持っているからあてにされるのよ。財布にないってアピールしなさいよ。じゃないと、財布係を卒業できないわよ?」

「でも」

「大金を常に持っている必要なんかないわ。強盗に襲われたらどうするの?」

「剣術には自信ある」

「団体で来られたら、個人能力があっても駄目なの。羽交い絞めにされているうちに命もお金も奪われるわ。それに、普通は千ギール札なんか入れていないわよ!」


 シャペルは困った。


 ベルは一般的な感覚で意見を言っている。


 しかし、シャペルの周囲にいるのは金持ちばかりだ。多くの者達が千ギール札を財布に入れている。それが当たり前だった。


「でも、千ギール札がないと支払う時に困る。そういう金額の買い物とかをするわけで」

「小切手でいいでしょう?」

「使えない店もある」

「千ギール札だってそうでしょう?」


 シャペルはため息をついた。


「……前に、接待があるって言ったよね? 花街とかも行く。急にね。あそこはお金がかかる。それに現金主義だ。小切手だと身元がわかってしまうのもあるしね。だから、入れておかないと困るんだ」


 ベルは眉間にしわを寄せた。


 だが、急に大金が必要になることがある、現金がいいというのもわかる。


「だったら、財布を二つにしなさいよ。一つはダミー。お金を持っていないってアピールよ。もう一つは緊急用。花街行く時はそこから出せばいいでしょう? 後は王宮の部屋にある金庫にいれておくとか」

「王宮に部屋はないよ」

「えっ! 第二王子の側近なのに?」

「側近だって、全員が貰えるわけじゃない」

「そうなのね……」

「第二王子の側近はほとんど通勤だよ。王宮に部屋があると、それを理由に残業するよういわれて困るから、みんなあえて貰わない」


 不真面目さとやる気のなさがにじみ出ているとベルは思った。


「それに財布係が金欠ってわけにはいかない。評価が低くなる」

「馬鹿ね!」


 ベルは叫んだ。


「財布係を卒業したいならそれでいいのよ! その分仕事を頑張って下がった評価を上げるのよ!」


 シャペルはベルの考えがわからないわけではない。しかし、自分から財力を取ったら何も残らないのではないかと思うのも事実だ。


 気持ちだけの問題であれば、剣の実力を活かして護衛騎士になりたかった。


 しかし、護衛騎士は命をかけて王族を守らなくてはならない。


 ディーバレン伯爵家とローゼンヌ公爵家の跡継ぎが、自らの命を粗末にするような職種につくわけにはいかなかった。猛反対される。応募したところで、不採用に決まっていた。


「まあ……そうだね。簡単じゃないけど、もう少し現金は減らすよ。確かに財布に入っていると使ってしまいやすいかもしれない」


 シャペルはベルの意見の中から使えそうな部分を選んで答えた。


 そうすることで、ベルが納得するようにした。


「そろそろ財布を返してくれる?」

「待って」


 ベルは千ギール札を財布から抜き取った。


「はい」

「もっと欲しいならそこから好きに取っていい。ベルならいくらでも貢ぐよ」


 ベルは眉をひそめた。


「好きなだけ? ここに入っているお金全部貰っちゃうわよ?」


 シャペルの財布は特注のもので、多くの紙幣が入るようになっていた。バラバラのものだけでなく、帯付きの千ギール札の束と百ギール札の束が一つずつある。


 帯は百枚を示す。これだけで十一万ギール。大金だ。


「いいよ」


 じゃあ、遠慮なく!


 とは思わない。


 自分はシャペルに試されている。


 ベルはそう思った。


「これじゃ足りないわ。青玉会の正会員になるための入会金はもっと高いのよ」


 ベルの母親イレビオール伯爵夫人は格式が高いことで知られる青玉会の正会員だ。ベルと姉のカミーラは準会員だが、いずれは正会員になって欲しいと思われており、本人達もそのつもりでいた。


「百万らしいね」

「十倍くれないと」

「いいよ。でも、さすがにただでとはいえない。対価がないと。結婚してくれるとか」

「冗談だから。だって、百万でも足りないわ。実際はもっとお金がないと正会員になれないのよ」

「そうだね。知っているよ。個人財産や年収条件があるらしいね。正会員自身に」

「そうなの。でも、本当に貢いでもいいって思っているなら」


 結婚してくれる? 交際でもいいけど。


 シャペルは期待した。


「二蝶会のチケット買ってね。みんな、期待しているわ」


 シャペルはがっかりしたが、こんなものだと思った。


「わかっているよ。二蝶会の催しのチケットは買う。参加するかはわからないけど。嫌でも黒蝶会のメンバーが売りつけに来るよ」

「それもそうね」


 ベルは息を吸って吐いた。


「今更だけど、シャペルが辞めてくれて助かったわ。おかげで私、白蝶会のみんなに引き留められたの。絶対に辞めちゃ駄目って」


 辞めたくなくても辞めなければならない状況になる可能性もあった。


 そうならずに済んだことを、ベルは心の底から喜び、ほっとしていた。


「……そっか。ベルの役に立ったのなら良かった」

「時々辛いこともあるけどね。やっぱりシャペルのこと、何かにつけて言われるし」

「ごめん」

「それはシャペルのせいじゃないから謝らないで。それより、その……まあ、なんていうか、私だけ白蝶会にいるのもなんか悪い気がして」

「それは考える必要はない。黒蝶会にいたって、仕事で忙しければ参加できない。幽霊部員になるだけだ」

「とにかく私の話を聞いてよ。今、お金を貰ったでしょう? だから、明日の夜は私がアルバイトをするわ。先払いよ。どこに行けばいいの? 時間とか衣裳の感じとかどういうの踊るとか、仕事の話をしてくれる?」

「いや、いいよ。断るから」

「駄目よ。もう貰っちゃったもの。購買部でちょっと買い過ぎたのはあるし。割のいいバイトってだけ。一回だけだし。私の罪悪感も減るから丁度いいのよ」


 シャペルは黙り込んだ。


 ベルは優しい。


 そう思った。そして、気遣ってくれるのが嬉しいとも。


「……じゃあ、その言葉に甘えてもいいかな?」

「甘えるのは駄目。これは仕事。割り切ってよ」

「わかった」


 シャペルは簡単にアルバイトの内容を説明した。


 同じようなアルバイトをしているベルの理解は早かった。


 踊る構成についても非常に簡単で、特に練習する必要はないと思えるようなものだった。


「簡単で良かったわ。特別なダンスをすぐに覚えてっていわれても、練習時間がないと不安だもの」

「忙しすぎて、ダンスの練習なんてしている暇はないよ。だから、夜会とか二蝶会の練習会とかで踊るようなものでいい。元々、簡単なものでいいと言われている」

「メチャクチャダンスってところが逆に不安もあるけど」


 二蝶会では身内で自由に踊ることもある。その時に踊るものをメチャクチャダンスと呼んでいた。


 自由に踊れるのは楽しいが、誰かに見せるようなものではない。


「それは状況を見てと言ったじゃないか。アンコールとか」

「そうだけど……でも、意外だわ。シャペルが出し物で踊るような仕事をしているなんて。お金に困っているわけでもないし、アルバイトじゃないわよね?」

「さすがにその理由はない。まあ、ダンスの素晴らしさを広める活動の一環だね」

「退会しても、ダンスの素晴らしさを広める活動を続けるってこと?」

「二蝶会や黒蝶会は関係ない。踊るのが好きだからしているだけだ。ダンスが素晴らしいっていうよりは、楽しいってことを多くの人々に伝えたいだけ。元々、依頼は個人的に来るものだし」

「シャペルに直接?」

「知り合いとかからちょこちょこ話は来るよ。パーティーで踊ってくれないかって」

「そうなのね。でも、平民の屋敷で踊るわけよね? 知り合いの知り合い?」

「ベルだから言うけど、父の取引先のパーティーなんだ」


 ベルは驚いた。


「取引先? じゃあ、銀行関係ってこと?」

「そう。貴族の世界を知りたいだけだ。いつも通り踊ればいいんだよ」


 平民にとって貴族は自分達よりも上の存在、憧れの対象でもある。


 しかし、よくわからない。知りたい。親しくしたい。


 裕福な平民ほど、貴族に近づけるのではないか、親しくなれるのではないかと期待する。


「急に不安になってきたわ……」

「大丈夫。大人相手じゃない。若者相手だから。未成年のパーティーなんだよ」

「それで時間が早いのね」


 予定は夜だったが、出し物の時間としては早かった。


「じゃあ、荷物はできるだけ小さくまとめておいて。就業時間後、部屋に迎えに行くよ。一緒の馬車で行けば、交通費を節約できる」

「お願いするわ。アルバイトだけに、経費は安く上がるの方が嬉しいもの」

「じゃあ、時間厳守でよろしく」

「そっちこそ、残業しないようにね!」

「わかった」


 二人の話し合いは笑顔で終わった。



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