39 土曜日 確認
「伝令はすぐに出しました」
「情報を漏らしていないだろうな?」
ベルは眉をひそめた。
「ジェイル様は事情をご存知なのでしょうか?」
「そうだ。ゆえに、確認する。カミーラにも一切話していないだろうな? そういう約束をしたはずだ。もし、約束を破ったのであれば、相応の対応をしなければならない。これは第二王子の側近としての判断だ」
ベルとカミーラは理解した。
シャペル以外の三人が来たのは、単に友人から助けを求められたからではなく、第二王子の側近として対応すべきことだと判断したからに他ならないと。
「何も話していません。カミーラもシャペルから手紙を受け取り、シャペルから話すと書かれていたことを教えられました。だったらシャペルから話せばいいことです。私が話す必要はありません。でも、私が何も話さないのでカミーラはお兄様を呼ぶといって侍女に伝令を頼みました。もうすぐ来るのではないかと思います」
ベルは四人が知らないであろうことを言ったつもりだったが、それは間違いだった。
「ヘンデルは来ない」
やられた。
カミーラはそう思った。
恐らくはシャペルが先手を打った。
現在、カミーラ達の部屋の担当になっている侍女を買収したか、第二王子の側近の権限でヘンデルへの伝令をなかったことにした。あるいは自分のところへ伝えるなど、別のものに変更したのだと思われた。
「今夜は秋の大夜会がある。非常に重要な催しだ。王太子殿下の公式デートがある。ヘンデルも私達もその件で忙しい。早めに済ませたい」
秋の大夜会は仮面舞踏会か仮装舞踏会になるのが慣例だ。
秋になると社交シーズンが終わり、領地に戻って過ごす貴族が増える。そのため、秋の大夜会は公式行事ではあるものの、王都に残っている者達が楽しめるような趣向にして参加を呼びかけている。
今年は王太子の婚姻予定に合わせ、王都に残り続けている者達が多くいる。秋の大夜会はかなりの混雑ぶりが予想された。
そこで、王宮は仮装舞踏会、王立歌劇場で仮面舞踏会を同時に開くという大掛かりな催しが考えられ、王立歌劇場を管轄する第二王子が今回の催しについては指揮を執っていた。
おかげで第二王子の側近達は婚活ブームの件や通常の執務も合わせ、仕事に追われる毎日を過ごしていた。
「次は王宮の自室へ戻って来るまでのことについての確認だ。シャペルの指示通りにしたか?」
「しました」
「千ギールを渡したか?」
えっ?! それも?!
ベルは驚きながらも頷いた。
「渡しました。どうせシャペルのお金なので」
「衣装はどうだ? いつもとは違う雰囲気だ。ベルがどう思ったのかを知りたい」
ベルは率直に話した。
「私の趣味ではありません。でも、このような装いも似合うとわかって驚きました。それから、全部を揃えるのはどうかと思います。色々と気になります」
「必要最低限だけでいいと思ったのか?」
「まあ、そうです」
「だが、ドレスだけではよくない。コートや小物など全てをコーディネイトしないと、おかしな姿で外出したと思われ、評判に関わるかもしれない。王宮では誰にも見られていないようで、見られているのが常だ。王宮の侍女や侍従には合うだろう。昨日と全く同じ装いをしていれば、昨日から外出したままだということもわかりやすい。だが、完璧に違う装いであれば、朝早く出かけたと思うかもしれない」
ジェイルの解説を聞いたベルはなるほどと納得した。
確かにそうだと思うしかない。
「それ以外に問題はなかったか? ホテルの係の者などに不手際はなかったか?」
「ありません。千ギールを渡したせいか、しっかりとお仕事をしてくれました。女性スタッフもいるということでしたが、余計な者と顔合わせをしたくないので断りました」
「では、着替えは自分だけでしたのか?」
「そうです。お化粧のセットもあったので問題ありませんでした」
ベルは思い出した。
「でも、フルセットです。一時的に利用するのであれば、簡易セットでもいいと思いました」
すぐにジェイルが説明した。
「化粧品には様々なセットというものがある。その中には一夜だけ宿泊した場合に利用するようなものもある。それにすれば荷物が少なくなり、価格も安くなる。丁度いいと思って利用する女性が多くいるだろう。だが、それを購入するということは、一夜だけ宿泊するような状況がある、あるいはあったということを示すことになる。よからぬ噂の元にもなりかねない。そうならないためには、ただの贈り物としてフルセットで購入するのが望ましい。ホテルに持ち込むのであれば、尚更注意が必要だ」
ベルは感服した。確かにそうだと。
簡易セットは便利で手頃な価格だが、それを利用する状況があるからこそ購入するということが他人にわかってしまう。
男性と一夜を共にした、あるいはこれからその予定だとわかってしまうかもしれない。
友人の所に泊まるだけ、旅行、夜会の招待兼宿泊用など様々な場面が想定されるが、人は面白そうな話題に飛びつく。好き勝手にあれこれ想像され、変に噂されては困る。
そうならないための配慮として、普通の贈り物に見せかけるため、フルセットのものを購入する。
お金があるからこそ、また細やかな気遣いと注意が感じられる対応としかいいようがなかった。
「……もしかして、ジェイル様が手配してくださったのでしょうか?」
「シャペルからベルの着替えが必要になったため、買い物に付き合って欲しいと言われ、助言するために同行した。そうだな、ロジャー?」
「その通りだ」
ロジャーが頷いた。
「仕事先で食事を取る時間がなかったため、隠れ家で軽く食事をしてから帰ることにした。お互いに少しずつ打ち解け、話で盛り上がったせいでワインを飲み過ぎてしまった。しかも、ベルがワインをドレスにこぼした」
えっ?!
全然違うとベルは思ったが、ロジャーは話し続けた。
「ベルは気にしなくていいといったが、シャペルは気にするに決まっている。だが、時計を見ると予想以上に時間が経過していた。疲れのせいかベルも少し酔っていた。そこでシャペルはベルを残して王宮に戻った」
最初はカミーラの元に行って事情を説明し、着替えを持って来るつもりだった。
しかし、夜中にカミーラの部屋に行くところやベルの部屋に出入しているところを誰かに見られると、何らかの問題が起きたと思われる可能性がある。醜聞につながりかねない。
カミーラは絶対に激怒する。非常に行きにくい。ならば、着替えを購入してしまった方が楽ではないか、取りあえず現在の状況はしのげると考えた。
シャペルは王子府に向かった。
秋の大夜会があるせいで、王子府には残業しているロジャー達がいるのを知っている。
シャペルは事情を話し、助力を要請した。
セブンは自分のホテルにベルがいるため、様子を見に行く担当になった。
女性が遅く帰宅する、あるいは宿泊するということであれば、醜聞沙汰にならないようにしっかりと対応しなければならないからだ。
シャペルとジェイルはルジェ・アヴェニューに行って買い物をした。但し、特別利用料のこともあって最低でも五万の買い物をする必要がある。そこで、必要だと思えるものを全て購入した。
買い物をした後はホテルに戻り、セブンと合流した。
ベルは疲労や酔いのせいもあり、寝室のベッドで熟睡していた。
シャペル達は話し合った結果、無理やり起こして着替えさせ、夜中に戻るよりは、このまま宿泊させようということになった。
買ってきた着替えなどを全て衣裳部屋に入れ、ベルは翌日起床し、朝食あるいは昼食を食べてからゆっくり帰る。
その方が朝早く、あるいは午前中に出かけただけだと思われ、誰かに遭遇しても不審に思われない。朝方に帰ると、それこそ夜遊びしていたなどと思われかねないため、避けた方がいいと考えた。
シャペルは着替えのことや食事のこと、自分が責任を持って説明することを手紙にしたためた。
しかし、その時点でカミーラに連絡を入れていないことに気づく。
シャペル達は王宮に戻った後、朝になってからカミーラの部屋のドアに手紙を差し込んだ。
基本的にはシャペルがしっかりと説明をするべきであるものの、カミーラがシャペルの話を聞くのを拒絶した場合は、ロジャー達がしぶしぶ力を貸すことにした。
「シャペルは神に誓ってベルに手を出していない。シャペルとベルが二人だけでホテルで過ごしたことは事実だが、男女の関係は一切ない。シャペルと一緒に買い物に行ったことをジェイルやルジェ・アヴェニューの者達も証言できる。ホテルに行ったセブンも、ベルが無体なことをされてはいないことを確認している。ドレスにこぼしたのは白ワインであるため、クリーニングすれば問題はない」
ロジャーはしっかりと証人がいることを明示した。
「未婚の女性が外泊するのは好ましいこととはいえない。だが、事情があったことを理解し、怒りを鎮めて欲しい」
「この件はヘンデルにも話すな。王族の側近関係を悪化させ、政治的な影響を及ぼしかねない」
セブンが口を挟んだ。
その言葉にロジャーが力強く頷く。
「第二王子側近の権限を行使し、緘口令を発する。カミーラ=シャルゴット、ベルーガ=シャルゴットは今回の件については一切黙秘せよ。プライベートに関する不注意が、より大きな問題につながるのを阻止するためだ。また、この件は第二王子に報告して了承を得る。第二王子の命令だと思え。逆らえば、王族の命令に逆らった罪で処罰されるだろう。以上だ」
ロジャーは第二王子の側近としての正式な命令を発した後、シャペルを見た。
「シャペル。不注意だ」
「ごめん」
「王太子殿下の婚姻まで一カ月もない。ここでまた何かがあり、延期になっては困る。それもわかっているな?」
「わかっているよ」
「反省しているな?」
「深く反省しています。ごめんなさい」
「ということだ。王太子殿下の婚姻が無事終わるまで、ベルのアルバイト及び社交活動等は禁止する。王宮内で静かに過ごせ」
これは謹慎を命じられているのと同じだった。
「カミーラも同じだ」
カミーラは驚いた。
「私もですか?」
「当然だろう。お前も同じようなことになっては困る。むしろ、嫉妬した女性にワインをかけられる確率であればはるかに高い」
カミーラは男性にモテる。そのせいで女性の嫉妬をかうのが常だ。ジェイルの同行者であれば尚更嫉妬されるに決まっていた。
様々な嫌がらせの対象、醜聞沙汰に巻き込まれる可能性はベル以上に高かった。
「婚姻の日まで大人しくしておけ。王太子の婚約者の相手でもしていろ」
「……わかりました」
「待って欲しい」
ジェイルが口を挟んだ。
「私の仕事にカミーラを同行させる件は話したはずだ。禁止されては困る」
「仕方がない。諦めろ」
「十分に注意するということでは駄目だろうか?」
「駄目だ。カミーラはただの同行者だ。恋人でも婚約者でもない。様々な憶測を呼ぶ。足を引っ張ればカミーラの評判が落ち、お前からも離れると考える者がいてもおかしくない。むしろ、お前のせいで危険が高まっていることを忘れるな」
「ならば、責任を取る」
ジェイルは確固たる口調でそう言った。
「聞いての通りだ。カミーラ、ただの同行者とすることはできない。そこで、私と正式に交際してくれないだろうか? 恋人として同行して欲しい」
こ、恋人ですってーーーー?!?!?!
ベルは心臓が止まりそうなほどのショックを受けた。
なんとか自分の顔をカミーラに向けることに成功したものの、カミーラは石のように固まっていた。
ある意味公開告白だわ……私の時よりも身内感、いえ、仕事感満載だけど!!!
全員がこの後のことを頭の中で目まぐるしく考えた。




