36 金曜日 知らないままで(三)
「ベルの名前を書いたのはなぜです?」
「一番知っているからかな? 二蝶会のメンバーだし。他の女性達はよく知らない」
「単に知っている者ということであれば、ラブでいいでしょう。しかも、未成年です。婚姻するまで猶予があると考えることができます。婚姻する気がないのであれば、ラブを第一希望にすべきでは?」
しまったとシャペルは思った。
「……適当に書いた。あまり深くは考えていなかった」
「よく考えるようにと言っていたはずですが?」
「とにかく三人書くしかないと思って……今は付き合っている女性もいないし、下手な者の名前を書くわけにはいかないと思って、知り合いで固めたというか」
「では、この三人となら婚姻してもいいということですね?」
「えっ?!」
シャペルは否定した。
「そういうわけじゃないよ! エゼルバードが絶対に三人書けっていうから書いただけじゃないか!」
「私はアンケートを実施すると言っただけです。必ず三人書くように言ったのはロジャーではありませんか」
「ズルい……」
「ここだけの話ですが、他にもベルの名前を書いた者がいます。その気がないということであれば、他の者に譲ることになります。それでも構いませんか?」
シャペルは驚愕した。
「誰が書いたの?!」
「教えるわけがありません。個人情報です。ただ、側近としての序列もあります。つまり、この面接で本当のことを言わなければ、ベルと他の者が婚姻することを承諾することになります。それでもいいのですか?」
「嫌だ」
シャペルは即答した。
「では、ベルと婚姻しますか? 交際だけでも構いませんが、一カ月以上の交際期間が前提です」
「……申し込んでも断られるだけだし、無駄だと思うけど。それは第二王子派全員について言えることだよね?」
「私が動けば違います」
説得力があり過ぎた。
「でも、手強いというか……」
「シャペルはとても楽しそうにカドリーユを踊っていましたね。ベルも同じく」
「ベルは誰と踊っても楽しそうにしている。踊ることが大好きなんだ」
シャペルは自嘲するように言った。自分はベルにとって特別な存在ではないのだと。
エゼルバードはシャペルをじっと見つめた後に言葉を発した。
「それを知っているということこそが、まさにベルについて知っているということです。シャペルも踊るのが好きですね?」
「でなければ、黒蝶会に入らないよ」
「ベルのことがあって、入会したわけではありませんね?」
「それは絶対に違う。知り合いから声をかけられただけ。それに、うちの銀行が関わっているグループだからだよ」
「面接時間の都合もあるのでここまでにします。この三人の内の誰かに告白したくなった場合は私の所に来なさい。わかりましたね?」
「わかった」
そのまま日々が過ぎた。
そして、二蝶会の仮装舞踏会で強制イベントが発生した。
シャペルはエゼルバードに激しく抗議した。言わずにはいられなかった。
「私が考えたことではありません」
「その通りだ。エゼルバードは何も指示していない」
ロジャーが言った。
「嘘だ! そうやっていつもエゼルバードを庇って!!!」
「本当だ」
セブンも言った。
「お前の強制告白イベントについて企画したのは黒蝶会だ」
「嘘だ……嘘に決まっている!」
「嘘ではない。ベルの周囲にいる者達は手強い。エゼルバードは本心からの気持ちがなければ動くべきではないと判断した。告白する気になったら自分の所に来るよう言ったはずだ」
「エゼルバードは愛と自由を尊ぶ。お前の愛と自由を守ろうとした」
ロジャーとセブンの言葉によって、シャペルは冷静さを取り戻した。
「……ごめん。勘違いした」
「仕方がありません」
二蝶会の舞踏会は王立歌劇場と交渉することもあって、シャペルが関わっていた。
そのため、出し物は王立歌劇場側にとって都合が良さそうなものにした方がいいのではないかとセブンに確認した。
その際、エゼルバードがリーナの評判を上げつつ婚活ブームを煽ることに役立てると言い出し、ロジャーも加わって細かく考え、それをシャペルの提案として黒蝶会に伝えた。
「第四部の隠しイベントに合わせ、第三部の後半に独自のイベントを追加したのは黒蝶会です。そうですね?」
「そうだ。黒蝶会が考え、協力を依頼して来た」
黒蝶会はシャペルがロジャーと考えた出し物だと思っていた。そこで、シャペルのための内容も追加したいという話をしてきたのだ。
「お前とベルをくっつけたいと思っている者達が多数いるという話だった。エゼルバードは黒蝶会のことだけに、自分があえて関わることはないと判断した。そこで私とセブンで話し合い、友人の一人として助力できる部分に関しては検討するということにした」
「なんでそんな話に……」
「お前は二蝶会の練習会になると、ベルと踊りたがる。上手い者同士で踊りたいのはわかるが、それでは練習にならないためにベルは嫌がる。だが、お前は純粋にベルと踊るのが楽しいからこそ、踊りたがった。それを黒蝶会の者達はわかっていた。カドリーユをペアで踊るのを見て、非常に似合いだと思ったものの、きっかけがないままでは難しいと考えたようだ」
シャペルは深いため息をついた。
「でも、もう終わりだ……やっぱり駄目だった。あんなに大勢の前で振られた」
「ただの出し物ではないか」
「控室でも振られた」
「それは身内だけの秘密だ。情報は洩れない。第二王子の側近のことだけに、醜聞にならないように配慮していた」
「顔を合わせられなくなる」
「黒蝶会を辞めるなら、お前がベルに会う機会は公式行事だけだろう。だが、お前が公式行事で王太子派の者達がいる場所に行くことはない。これまでと何も変わらない。密かに想っていても失恋しても同じだろう」
シャペルは反論できなかった。
「私に対して声を荒げて抗議したわりに、この程度とは呆れます。誰もが心から愛する者と結ばれる運命ではないのですよ? 簡単に手に入れることができるとは限りません」
またしてもシャペルは反論できなかった。
「友人としての忠告を含め、命令します。今後、愛する女性に対しては、もっと本気を出しなさい。やはり、シャペルは騎士に向いていません。手を抜いたせいで、護衛対象の命を守れなかったでは済みませんからね」
シャペルは完全に沈黙した。
「シャペル、ここまで言われて何もしないままではないだろうな?」
「まだ望みはある」
ロジャーとセブンの言葉に、シャペルは力なく答えた。
「いや。全くないよ……」
「縁談を申し込め」
「外堀を埋めろ」
「悪あがきをするかどうかは自由です。強制する気はないのでね」
エゼルバードはそう言ったものの、言葉には続きがあった。
「ですが、ヘンデルとカミーラの心を揺さぶるものなら知っています」
「えっ?!」
シャペルのみながらず、ロジャーとセブンも興味を宿した視線を向けた。
「何?!」
「高速馬車路と青玉会正会員の権利です」
「高速馬車路?!」
シャペルだけでなく、ロジャーとセブンさえ驚いた。
カミーラが青玉会の正会員の権利を欲しがるのは非常によくわかるが、ヘンデルが高速馬車路を欲しがるというのは、全く考えたことがなかった。
確かにヘンデルは高速馬車路を欲しがるに決まっていた。いや、エルグラードの全貴族が欲しがるものだった。
現在、四大公爵家以外に王都から領地への高速馬車路を持つ者はいない。
欲しい。だが、絶対に無理だ。普通はそう考える。
しかし、シャペルは可能だと感じた。所詮はコネと金だと。
コネはある。第二王子だ。王家の直轄領や国有地は問題ない。貴族領に関しても、様々にコネを駆使すればいい。
金は全く問題なかった。稼げばいい。ただ、それだけのことだった。
シャペルにとって金稼ぎほど簡単なものはない。
「それだっっっ!!!」
シャペルは叫んだ。
「ヘンデルとカミーラが味方になってくれれば、ベルと結婚できるよね?!」
「知りません。私はただ、ヘンデルとカミーラの心を揺さぶるものを知っていると言っただけです」
「交渉次第か……」
「助言だ。必ずイレビオール伯爵領までの高速馬車路にしろ」
ロジャーが意見を出した。
「一番近いから? 普通は一番遠い所、ヴィルスラウン伯爵領がいいよね?」
「ヴィルスラウン伯爵領は遠いが、一族当主の領地ではない。所詮は跡継ぎの領地だ」
「だったらシャルゴット侯爵領だよね?」
「まずはイレビオール伯爵領までだ。そして、条件によってはシャルゴット侯爵領まで伸ばすと言えばいい」
「そっか! 最初からシャルゴット侯爵領までにするのは勿体ないね!」
「既存の高速馬車路に乗り入れる支線にすれば、負担も少ない」
「超お得だね!」
「カミーラは婚姻に焦りを感じている。年齢的にも限界だと思うのは当然だ。賢いからこそ、このまま飼い殺しになりたくないと考えているだろう。その気持ちをうまくつくのも有効だ」
セブンも助言をする。
「そうだね! なんとかいけそう!」
「やるだけやれ」
「今を逃せば、一生機会はないかもしれない」
「本気で挑んで来る!!!」
シャペルは決心した。だが、その結果は――完敗だった。
一番チョロイと思っていたリーナが実は最強。




