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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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35 金曜日 知らないままで(二)

「シャペルだよ。よろしく」


 シャペルは友人の紹介で黒蝶会に入った。そして、白蝶会のメンバーにベルがいることを知って驚いた。


 どんな身分、派閥の者とも親しくなれるように努めてきたシャペルには、ベルと親しくなれる自信があった。だが、ベルにとってシャペルはよく知らない者でしかなかった。


 ベルはシャペルがディーバレン子爵であることも、第二王子の友人であることも知らなかった。男性というだけで警戒された。


 ガードが堅いというか、跡継ぎをわかっていないのはなあ……まあ、他の派閥の貴族なんかどうでもいいってことだろうけど。うちは由緒ある家柄でもないし。


 エルグラードは貴族の数が非常に多い。当然、爵位や領地の数も多く、跡継ぎが誰かなどといったことも全て覚えるのは非常に困難だ。


 幼い頃から少しずつ知識を蓄えるものの、基本的には身近にいる親族や隣り合った領主一族、同じ学校やグループを中心とした友人知人、派閥関係者だけになる。


 それ以外の者達を覚えるというのは、新聞や雑誌等に載る、有名人、覚える必要があるような由緒ある家柄、催しで会う機会がある者達、それだけでも数百人以上になる。


 金持ちというだけでは駄目だった。金持ちの貴族は大勢いる。大金持ちでも大差ない。より特殊な特別さが必要だった。


 シャペルはベルと親しくなろうと思った。しかし、ベルは同じように思っていなかった。


 第二王子の友人ということを知ったベルは、できるだけシャペルから距離を置こうとしていた。


 違う派閥の者と親しくしていると、家や派閥に関する情報を流していると勘繰られてしまう可能性がある。距離を置くのが賢明だった。


 まあ、別に無理してまで親しくすることはないわけだけど。


 シャペルは女性に不自由していなかった。勝手に次々と近寄って来る。


 ベルを自分のものにしたい、恋人にしたいというわけでもなかった。ただ、なんとく悔しさが残っていた。


 ベルがデビューした時にダンスに誘おうとしたものの、誘えなかったがゆえの反動だ。


 シャペルは欲しいものをほぼ全てといっていいほど手に入れて来た。だからこそ、強烈に阻まれたという気持ちがくすぶっていたのかもしれない。


 その後、二蝶会の練習会でシャペルはベルとペアを組むことになった。


 メンバー同士の交流を促すため、ペアの相手は毎回くじ引きになる。そのくじ引きで、偶然二人が同じ番号を引き当てたのだった。


 ようやくベルと踊ることができるとシャペルは思った。そして、やはりベルの踊りは上手いだけではないことを感じた。


 ベルはダンスの時だけ、本当の笑顔を見せる気がする……。


 普通はダンスを踊る時こそ、相手に気を使い、偽りの笑顔を浮かべる。だが、ベルは相手が誰であろうと、踊るのが楽しくてたまらないという表情になる。


 シャペルは金というものが身分も派閥も男女も超える力があると思っていた。そして、ダンスもまた同じように様々なしがらみを越えていく強い力を持っていると感じていた。


 ダンスには人々を楽しませ、笑顔にする力がある。


 シャペルはベルと踊ることで、それを感じた。


 いつもは離れた場所にいる。話もしない。ただ同じグループのメンバーだというだけだ。しかし、いざペアで踊るとなれば、最高の笑顔を見せてくれる。


 ダンスをすることによって、シャペルはベルと心を通わせ、同じ時間を過ごし、経験を積み重ねていくような気がした。


 しっかりと合わさった手は強く、それでいてすぐに離れてしまいそうだった。


 シャペルはベルの腰に手をあてた。しっかりとリードしたいと思った。


 だが、ベルも負けていない。リードについていくだけではない。その動きはしなやかでありつつも力強く、生き生きとしている。


 シャペルの心を捉え、喜びと楽しみを感じさせてくれる踊りだった。


「ベルと踊ると楽しい。ずっと一緒に踊っていたい気分になるよ」


 本心から出た言葉はすぐに拒否された。


「私は逆だわ。一回で十分よ」

「どうして? 下手だった?」

「違うわ。上手すぎるのよ。絶対にミスもしないしね。私はもっとチャレンジ精神を煽る人と踊りたいの。でないと練習にならないでしょう?」


 正論と思える言葉には、親しくなる気はないという意味も込められていると察し、シャペルは誤魔化すように笑うしかなかった。


 それから特に何事もなく、同じ二蝶会のメンバーとして顔と名前は知っている、偶然踊ることもあるといった程度のまま、年月が過ぎ去っていった。


 シャペルはそのことを不満に思っていたわけではない。


 むしろ、全く気にしていなかった。




 シャペルの気持ちに変化の兆しが訪れたのは、ベルが側妃候補として入宮した時だった。


「なんでシャルゴット姉妹が入宮するわけ?」


 理由はわかっている。


 王太子が寵愛するリーナ=レーベルオードを守るためだ。


 だが、納得がいかない。側妃候補ということは、王族の妻にどうかということだ。


 通常は入宮する際、どの王子の側妃候補かというのを決める。しかし、シャルゴット姉妹とラブはただの側妃候補で、いずれかの王族に属することはなかった。


 王太子のコネで入宮しているため、強いていえば王太子の側妃候補なのかもしれないが、王太子が妻にしたいと思っている女性は一人だけである。


 他の側妃候補は眼中にないため、時期を見て退宮することもわかっている。


 王太子や兄に利用されているのは一目瞭然だった。


 よくない。ベルは楽しく踊っていればいい。人生を楽しめばいいんだ。その笑顔が多くの人々を幸せにする。その力があるのに……。


 シャペルは苛立った。


 そして、デーウェンの舞踏会。


 シャペルはベルと踊るカドリーユを心の底から楽しんだ。


 やっぱりベルがいい。ベルと踊りたい! ずっと!!!


 シャペルの中に強い想いが溢れた。


 それは長年、土の中に埋もれたまま眠っていた種が突如目覚めたようなものだった。


 しかし、だからといって、芽が出ることはない。


 それぞれの立場がある。家の事情も。派閥も。


 一番の理由は、ベルがシャペルのことをなんとも思っていないことだった。同じ二蝶会のメンバーだからこそ、全くの対象外だとわかっていた。


 だというのに、目覚めた種はむくむくと動き出し、根を生やした。


 無理だとわかっているじゃないか!


 シャペルがそう思えば思うほど、まるでその気持ちを養分にするかのごとく、根は育っていく。


 誰も知らない心はまさに地中と同じだ。


 根はその中を縦横無尽に広がった。


 苦しいと感じたシャペルはついにセブンに密かな想いを打ち明けてしまった。


 セブンは黙ってシャペルの話を聞いた後、最後に尋ねた。


「何かして欲しいことはあるか?」

「いや。ただ聞いて欲しかっただけ」

「恋の病に効く薬はない。だが、逃れる薬はある」

「えっ、そうなの?!」

「睡眠薬を飲んで寝る。あるいは毒薬を飲んで死ぬ。遺産はすべてエゼルバードに寄贈するという遺書をしたためておけ」

「薬は要らないし、死ぬ予定も全くない。遺書も書かないから!」


 そして、デーウェンの大公子が帰国した後、エゼルバードが側近達を集めて言った。


「私は恋のキューピッド役をすることにしました」


 シャペルだけでなく他の者達も瞬時に嫌な予感がした。


「邪魔な側妃候補を片付けるだけだ」


 ロジャーが解説する。


「退宮しても安心はできません。そこで、兄上やリーナの邪魔をしないように、別の者と婚姻させます」


 なるほどと思ったが、それだけでもなかった。


「身内で引き取るのが最も早いので、アンケートを実施します」


 身内?! 自分達ってことか?!


 側近達は配られたアンケートを見つめた。


 後宮に入宮した経歴を持つ全ての女性が対象だ。但し、レーベルオード伯爵令嬢以外。


 入宮中のラブやシャルゴット姉妹だけでなく、国外追放になったキフェラ王女までも対象者だった。


「第三希望まで書け。空欄は許されない。但し、恋人、婚約者、許嫁、愛人がいる場合はその者達の名前を三人まで書いて埋めろ。嘘は許されない。ちなみに、両親などが決めた婚約者候補などがいる場合はそれでもいい」

「ロジャー、汚いぞ!」

「そうだ! 自分は婚約者もどきの名前を書けばいいと思って!」

「ズルい!」

「卑怯だ!」


 次々とロジャーに対して不満の声が上がった。


 ロジャーには祖父母と両親がそれぞれ推している四人の婚約者候補がいる。その名前を書けば、側妃候補の中から選んで名前を書く必要がない。


 そのせいでアンケートの実施に反対しなかったのだろうと誰もが思った。


「よく聞け。一つ、ラブは未成年だ。成人するまでは婚姻はしないで済む。猶予がある相手ということだ。一度縁談がまとまっても、その後の状況によっては破談になる可能性も高い。セブンとの交渉次第だ」


 抜け道の伝授に感嘆の声が上がった。


「二つ、カミーラを希望してもシャルゴットが猛反対する。王太子に掛け合うかもしれない。名前を書いても即自分の相手になる可能性は極めて低い。大勢で高嶺の花に祭り上げるほど、書いても無意味な名前になる」

「そのようなことを教えては、アンケートを提出させる意味がありません」


 エゼルバードが不満をあらわにした。


「枠はもう一つある。それは自分達でなんとかしろ。ベルの名前で誤魔化そうとするのは無駄だ。次女であるため、シャルゴットの反発はそこまで高くないだろう」


 ため息が続々と漏れた。


「本当の希望を書け。でなければ、どうでもいい女性と婚姻する羽目になるかもしれない。エゼルバードは王子として命令できる。王太子も側妃候補が片付くのは喜ぶため、嬉々として同意するだろう。だが、気になる女性がいるのであれば好機だ。そのことをよく考えた上で記入し、提出しろ」


 シャペルは迷わなかった。第一希望にベルの名前を書いた。


 二番目はカミーラだ。ロジャーの説明を聞いた者達は、示し合わせて第一希望にカミーラの名前を書くかもしれない。つまり、第二や第三に書いても希望が優先されることはない。第一希望の者が優先に決まっている。


 第三希望はラブにした。これで枠は埋まる。


 アンケートの提出後、シャペルはエゼルバードと一対一での面談を受けることになった。



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