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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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33 金曜日 消えた縁談(二)

「ベルがどんな風に聞いているのかは知らない。でも、王家とイレビオール伯爵家に縁談の話があったのは事実だ。第三王子との縁談だった」


 レイフィール様との縁談がうちに?!


 ベルはカミーラから縁談が来たということしか教えられなかった。いつ頃の話なのかも知らない。


 てっきり、王太子との縁談だと思っていた。そして、それを断ったため、王家との縁組全てが無理になったのだろうと単純に思っていた。


「第三王子の母親は元平民だ。公爵家の養女になったものの、出自の件で身分主義者や血統主義者がケチをつける。そこで第三王子の結婚相手は身分主義者や血統主義者がケチをつけないような相手がいいと考えられた。だから、そういった者が第三王子の縁談や催しに招待する者達を選ぶ担当者になった」


 可能な限り高い爵位。由緒正しい家柄。できれば女当主になる跡継ぎで、王子が婿養子に入ることができる。王族が治めるのに相応しい領地がある。性格も器量も抜群。容姿も優れている。そのような女性が求められた。


 しかし、完璧に条件に合う者を見つけるのは非常に難しかった。


 より多くの貴族の中からできるだけ条件の揃っている女性を探すことになった。


 その結果、複数の領地を持つ貴族も対象になり、イレビオール伯爵家のカミーラが目に留まった。


「カミーラは誰もが認めるほどの賢さと器量を持つ美少女だ。由緒正しい伯爵家の令嬢でもある。イレビオール伯爵領は昔から地方の要所の一つだ。近くの国有地には国軍の大規模な駐屯地もある。そういった点から、イレビオール伯爵位をカミーラに分与する形で独立させ、そこに第三王子が婿入りしてはどうかという案が検討された」


 しかし、国王は王太子の友人であるヘンデルが受け継ぐ権利を取り上げるようなことはすべきではないと考えた。


 ヘンデルやシャルゴットの力を削ぐことは、王太子の力を削ぐことにもなるからだ。


 また、第三王子の後ろ盾は軍の関係者だ。強い力がある。


 第三王子とカミーラが結婚するにしても、イレビオール伯爵位とその領地だけでは不足だと思うかもしれない。


 すぐ近くにあるシャルゴット侯爵領と合わせて二つの領地をカミーラに与えてはどうか、ヘンデルを暗殺してシャルゴットの全てを第三王子に受け継がせてはどうかなどと考える者達があらわれては困る。


 王家とシャルゴットの間に亀裂を生み、深く広くするようなものだ。


 それを狙う者達も実際にいたからこその提案でもあった。


「国王はイレビオール伯爵家との縁談に大反対した。シャルゴットはそのことを喜んだ。シャルゴットにとっての最優先は自らが保有する権利と財産が跡継ぎであるヘンデルに受け継がれることだ。大きな代償を支払ってでも、王家の外戚に名を連ねる栄誉を得ることではなかった」


 王家の外戚になる方法はいくつもある。


単純に娘を嫁がせればいいという方法もあり、必ずしも婿養子にする必要はない。


 愛し合ってもいない王子と娘を政略的に結び付け、なおかつ爵位と領地を失うという選択は愚かしいとしかいいようがなかった。


 王家もシャルゴットも、縁談をまとめないことこそが、最も平和で良好な関係を維持できると判断した。


「これはシャルゴットだけの話じゃない。他のところでも似たり寄ったりの話があってね。まあ、現状を見ればわかるだろうけれど、どの縁談もまとまらなかった。王家のためとはいえ、忠臣の力を失わせるような内容を考えてばかりの担当者達は責任を取らされた。たぶんだけど、こっちの方が狙いだったみたいだよ。ようするに邪魔な者、あまり力を持たせたくない者にわざと失敗させ、責任を取らせたかった。やり手の宰相が考えそうなことだよ」

「つまり、政治的な事情がたっぷりとあったわけね?」

「そういうこと。だから、何も教えなかった。教えたところで、どうにもできない」


 そうかもね。


 ベルはそう思った。


 自分ではどうしようもできない何かがありそうだということは感じていた。政治的な話であれば、どうにもできない。


 それがはっきりすればスッキリする。きっと諦めがつく。前に進める。そう思っていた。


 ところが、実際に真実を聞いて感じたのは――途方もないほどのやるせなさ。


 ベルの瞳に涙が一気に溢れ、こぼれ落ちた。


 現実は優しくなかった。望みは叶わない。それがわかった。


 次々と涙が溢れるのは、真実を手に入れた証なのだとベルは思った。


「王家との婚姻は身分や家柄が釣り合うかどうかだけで判断できることじゃない。だから、ベルはもう……第三王子から離れるべきだ。一歩でいい。きっと、何かが変わる。リーナ様の言う通りだよ。実際、そうだった。でなければ、今の自分はないから」


 ベルは泣いていることを気取られないように尋ねた。


「第三王子に引き合わせて、告白の機会を作って、失恋させようと思ったの?」

「これ以上待ち続けても無駄だ。それどころか、年齢が上がったことを理由に、ベルの望まない相手との縁談を押し付けられてしまうかもしれない。余計なことでしかないけれど、ベルには新しい人生を歩いて欲しかった。そして、幸せになって欲しいと思った」

「へえ、そうなの。だから私との取引を結婚に引き上げたわけ? 私は新しい人生が歩けるし、幸せになれると思ったの?」

「それでいいって言ったのはベルだよ。ベルから取引を持ち掛けた。交際してもいいって」

「そうよ。でも、交際だわ。結婚じゃなかったわ」

「嫌だと言えば良かった。それでもいいっていったのはベルだ」


 ベルはもう一つ確認したいことがあった。


「確認するけど、第二王子はシャペルが私を狙っていることを知っているわけよね?」

「勿論」

「シャルゴットは王太子派よ? なのに、いいの?」

「全然気にしていないよ。正直に言うと、そういうのを気にしているのは王太子派だよ。第二王子派も完全に一つにまとまっているとは言い難い。でも、エゼルバードの意向が最優先という部分ではまとまっている。エゼルバードがいいと言えばいいんだ」

「第二王子は私とシャペルが婚姻してもいいと言っているわけね?」

「そうだよ。丁度いいと思っている。でも、イレビオールは反対するだろうね」

「シャルゴットも同じだわ」


 ベルは祖父母も反対しているはずだと思った。


「いや、シャルゴットはイレビオールに合わせているだけ。基本的には反対していないよ。むしろ、ベルを嫁がせて少しでも火種を無くそうとしている」

「火種?」

「婚姻と同時に継承権を失くす。そうすれば、ベルは政治的な事情に巻き込まれない。嫁ぎ先で幸せになればいいだけだ。でも、カミーラは難しい。ヘンデルが結婚して沢山子供を作らないとね。だから、カミーラはベルよりもかなり条件がきつい。美人だとか賢いとか優秀だとかは関係ない。二番目、長女という理由でね」


 シャペルはまた深いため息をついた。


「これで話は終わりだ。明日は土曜日だけど大事な仕事がある」

「秋の大夜会ね」

「参加する?」

「勿論。両親も来るから挨拶しておいて。簡単でいいわ」


 シャペルは心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。


「……挨拶って、結婚するってことを伝えるの?」

「普通に話しても反対されるだけよ。両親はお兄様やカミーラの縁談を先にまとめたいの。私が先に片付くのはプレッシャーになるわ。特にカミーラにはね」


 年齢が上の者から縁談をまとめるのはごく一般的なことだ。


 そうしないと、上の者の縁談がまとまりにくく、婚姻に関する条件が悪くなることがある。


「だから、結婚を前提に交際するって伝えればいいわ。私が根負けして付き合うことになったって。それでもいい顔はしないでしょうけど、王宮に住んでいるから家出をする必要もないし、衣食住に困ることもないわ。お小遣いを止められたらアルバイトで稼ぐつもり。シャペルはあちこちパーティーに行くみたいだし、私を雇ってくれるでしょう?」

「恋人ならいくらでも好きなだけあげる。お金でもいいし、ドレスでも何でも買ってあげるよ」

「それは駄目よ。まるでお金や贈り物目当てに付き合っているように見えるもの。嫌なの。だから、アルバイトにして頂戴」

「でも、それだと交際自体がアルバイトだと思われかねないよ?」

「考えてあるから大丈夫よ。貴族のパーティーは恋人だから無料、平民のパーティーはアルバイトで有料ってことにするの。平民のパーティーに行きたがる貴族の女性は少ないから、みんな納得するわ。無料で同行する方がおかしい、有料に決まっているって言うわよ」


 まさに貴族の女性ならではの感覚、常識を利用した言い訳だ。


 ベルのバランス感覚はダンスだけじゃない。社交でも必ず活かせる。ベルなら貴族の世界でも平民の世界でも必ずうまくやっていける!


 シャペルは確信した。


「わかった。明日、交際することになったって挨拶するよ」

「両親を刺激しないように控えめに言ってね。交際して駄目だったら別れるけれど、うまくいくようなら結婚するって感じにしておいて。様子見というか」

「必ずうまくいくようにする。ベルの望むことは何でも叶えるよう努力するよ。王子にはなれないけれど……」


 ベルは呆れた。シャペルが王子になれるわけがないのはわかりきったことだった。


「馬鹿ね。シャペルはシャペルのままでいいのよ。私、シャペルのこと嫌いじゃないわ。ダンスに関しては凄くいいと思っているのよ。一緒に踊るの楽しいし」

「前は違った。一度踊れば十分だって言った」

「あれは練習だもの。上手な人と何度も練習する必要はないわ。楽しいのはパーティーとかで踊る時のことよ。シャペルは私のサポートなんか必要ないから、純粋に踊ることを楽しめるのよ。今夜も王女様になった気分で踊ることができて楽しかったわ」


 シャペルの胸はぎゅっと締め付けられた。嬉しさと苦しさが混ざり合う。


「ダンスを褒められるのはとても嬉しいよ。でも、それ以外の部分も褒められるように、気に入って貰えるようになりたい」

「そうやって努力しようという部分も好きよ。誰だって最初から何でもうまくいくわけじゃないんだから。私だってそうよ。交際してみたらがっかりだと思われるかもしれないでしょう? でも、なるようになるわ。よほどのことがなければ結婚してあげる。約束した以上は守るわ」


 約束……。


 ベルが約束を守って結婚してくれるのは嬉しいはずだというのに、シャペルは全く喜べなかった。


「……取りあえず、寝よう。おやすみ」

「おやすみなさい」

「ベル」

「何よ?」

「神に誓って今夜は何もしない。ゆっくり休んで。こんな話をした後では難しいかもしれないけれど、眠ってしまえば何も考えなくてよくなる。誰だって、人生には苦しみや悲しみがつきものだ。みんな、それを乗り越えて行く。その力があるんだよ。神がそういう風に人間を創造したんだ」

「言いたいことはわかったわ」


 私を励まそうとしていることはね。


 ベルは心の中で呟いた。


「リーナ様を見習うんだ。平民の孤児だった。苦しい人生だったはずなのに、一生懸命真面目に生きて来た。努力も沢山した。そして、今がある。王太子殿下に見初められた。エルグラードで最も幸運で幸せな女性になるよ」

「正直に言うと、幸せかどうかはわからないわ。王族の妻は大変だもの」

「否定はできないけれど、きっと、リーナ様は幸せだと思っている。他の者達の言うことなんか関係ない。王太子殿下との結婚を人が不幸だと思うことより、自分が幸せだと感じることの方が大事だって思っていると思うよ」

「リーナ様のことなんか全然知らないくせに」

「まあね。でも、評判はいいよ。みんな、リーナ様のことは悪くないって言っているよ。だからこそ、いい方に捉えてしまうのかもしれない」

「優しいものね」

「従順だ」

「それは嫌な感じ!」

「女性はそう思うかもしれない。でも、男性にとっては褒め言葉なんだよ。献身的な女性は信頼できる。力になってくれる。自分の思い通りになるからどうでもいいということではないんだ」


 ベルは納得できなかった。むしろ、女性軽視だと言いたいほどだ。


 しかし、そう思ったせいで、ベルの心を支える強さが沸き上がる。


 負けない。負けられないわ。私は……ベルーガ=シャルゴットだもの!


 優秀な兄や姉と比べられ、一番下、末だと言われて軽んじられてきたからこそ、ベルの心の中には絶対に失われない、失いたくない誇りがあった。


 自分で自分を否定したら本当に負けてしまう。だからこそ、自分を否定しない。そうすれば本当に負けることはない。そう信じて来た。


 まだ、ある。人生が。何かが。いいことや幸せもきっと。


 ベルはリーナのことを思い出した。


 ベルよりもずっと苦しい人生、酷い現実の中を生きてきた。懸命に、真面目に。そして、エルグラードで最高に幸せな女性、幸運な女性だと言われるほどになった。


 誰にだって現実は厳しい。甘くなんかない。でも、努力した分、頑張った分、必ず報われる。いいことがある。


 平民の孤児だったリーナはエルグラードで一番努力をした。だからこそ、王太子の妻に選ばれた。


 王太子はリーナを心から愛している。そして、リーナもまた王太子のことを心から愛している。


 相思相愛。ありえないほどの障害を越えたハッピーエンドが現実になろうとしている。


 ベルの中に、努力すれば幸せになれるという気持ちが強く溢れ出した。


 ベル、絶対に負けないで! ここからまたやり直して、努力していけばいいのよ! いつだって私が一番応援しているわ! 


 ベルは懸命に自分を励ました。


 過去を清算するのよ! いいえ、清算するわ!!!


 今まさに。ここから始めるのだ。自分の意志で、新しい人生を。


 それこそが、努力の一歩だとベルは思った。


「……寝るわ」

「今度こそおやすみ」

「おやすみなさい」


 ベルはようやく眠れると思った。


 しかし、またしても声がかかった。


「ベル」

「まだあるの?」

「一応聞いてみるけど、おやすみのキスをしてもいい?」

「駄目」


 即答だった。


「……だよね。わかっていたけどなんとなく。おやすみ」

「おやすみなさい」


 ベルはさっさと寝ることにした。少なくとも、目を閉じることはできる。


 そう思えるほどには、シャペルを信頼していることを自覚していた。


 ベルは目を閉じた。


 もう涙は出ない。いつの間にか止まっていた。


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