30 金曜日 学校のゲスト
金曜の夜、ベルはまたしてもシャペルとアルバイトに出かけた。
移動中の馬車の中で、シャペルは今回の催しが自分の通っていた私立学校の行事であることを話した。
「子供の国の舞踏会に国賓として呼ばれるゲスト役を務めることになる。とある国の王子役。ベルは隣の国の王女役」
「そんなことを言っていたわね……」
最初に国賓としての挨拶をした後、子供たちによる歓迎のダンスを三曲分鑑賞する。
次にシャペルとベルが招待のお礼としてダンスを披露する。これも三曲分だ。
最後に子供達によるダンスが三曲あり、それで舞踏会は終了になる。
生徒と保護者はそのまま残ってしばらくは交流会や挨拶会をするが、シャペルとベルはすぐに帰る。交流会や挨拶会、帰る者達による馬車の混雑に巻き込まれないためだった。
「しっかりと踊って欲しい。子供達の保護者も見学しているから」
その時点で、ベルは気が付いた。
「子供達しかいないわけじゃないのね? 保護者は別室というか」
「保護者も会場で見ているよ。自分の子供が踊るのをね。他の踊りはついでに鑑賞するって感じかな」
私立学校に着くまで時間がかかることもあり、隠れ家ホテルの話題も挙げられた。
会話に登場した白薔薇騎士団長や白薔薇国宰相というのは、かつてエゼルバードが白薔薇国を治める王子という設定の催しをしたことがきっかけであることが判明した。
「元々は子供の頃の催しから来ていたのね」
「そう。最初はとにかくなりたい者になって、エゼルバードに任命して貰う感じだった」
基本的には全員が自分のなりたいものになれた。
但し、二回目からは希望が他の者とかち合った場合、勝負して勝った者がなるというルールに変更された。つまり、一役一人ということだ。
「勝負って……決闘とか?」
「いや、じゃんけん」
単純な方法だった。しかし、子供の頃の催しだけに、納得もいく。
「くじ引きで決めることもあった。立候補制で選挙とか。そういう時はアピールするための演説もあるんだよ」
「ちょっと面白そう」
今となっては白薔薇国の設定が出てくる催しはないが、時々思い出したように友人達はその設定を活用する。
「シャペルは財務大臣になりたかったの?」
「別の役になりたかったけれど、勝負で負けた」
どの役も定員は一名だけになる。勝負に負けると、他の役になるしかない。
「財務大臣って重職者よね?」
「ただの財布係だし」
そういう意味では合っているとベルは思った。
「そうだ!」
シャペルは突然思い出したように言った。
「財布係をやめるには、白薔薇国の財務大臣も辞めないと!」
「まあそうかもね」
ベルは適当に相槌を打った。
「エゼルバードに辞職するって言わないと! また白薔薇騎士団長の座を狙う!」
「えっ?! それは駄目よ!」
ベルは叫んだ。
「騎士団長はジェイル様でしょう?!」
「騎士団長になりたいのはジェイルだけじゃないよ。それに騎士になりたかったわけで、騎士団長になりたいとは言ってなかったよ」
「シャペルが騎士になればいいわ。団長はジェイル様。これでいいじゃない」
「酷い……でも、騎士はもういる。というか、護衛騎士だけど。まあ、結局は勝負することになる。だったら、団長を狙った方がいいじゃないか! 部下が沢山いる設定だよ!」
あくまでも設定上の話である。実際に白薔薇騎士団長の部下がいるわけではない。
「お財布係にしては野心があるのね」
「男のロマンと言って!」
「じゃあ、副団長は?」
「なれるのは王子直属の最上級の役職のみ。護衛騎士は筆頭だからってことで大丈夫になった」
「護衛騎士は誰? ディヴァレー伯爵とか?」
そういえば、聞いていなかった気がするとベルは思った。
「ライアン」
第二王子の側近の一人だった。
「セブンは大神官長だよ。それでセブンの部屋には祭壇がある。ちなみに、あそこは裁判の間っていうんだ」
ベルは首を傾げた。
「裁判の間?」
「白薔薇国の大神官長は裁判を仕切っているんだ。だから、その権限で裁判をしたり、処罰したりできる。マジ怖いから、セブンには逆らっちゃ駄目! みんな面白がって、誰も助けてくれないから!」
確かにそういう者達ばかりいそうだとベルは納得した。
「裁判の間にある隠し階段から帰ったよね?」
「そうね」
「実は裁判の間にはまだ秘密がある」
「なんですって?!」
ベルは秘密を知りたくなった。
「どんな秘密? 教えて!」
「絶対に秘密だけどいい?」
「そもそもあのホテルの存在も仕掛けのこととかも全部秘密ってことだったじゃないの。今更でしょう?」
「じゃあ、特別に話すけれど、実は落とし穴がある。床にね。で、裁判で有罪になると落とされる」
ベルは驚いた。またもや小説などに出てくるような非現実的な仕掛けだと思うしかない。
「……面白いけれど、危なくない?」
「大丈夫。落ちても怪我をしないように、凄く大きなマットが設置してあるんだ。その周囲は檻になっている。つまり、檻の中に落とされる。投獄ってこと」
「本当に凝ってるわね! ちょっと見てみたかったわ。その落とし穴も」
「エゼルバードも落とされた。美し過ぎる罪で」
なんですって?!
ベルはあまりにも驚き過ぎて、声が出なかった。
「エゼルバードが面白がって、自分も落ちてみたいっていうから、セブンが理由をつけて有罪にして落とした。みんなもう大ウケでさ」
「第二王子ってそういう面もあるのね。意外だわ。怒りそうだと思ったけれど、自分から言い出すなんて!」
「第二王子だからこそじゃないかな。高い所から落ちたことないみたいな話になってね」
「普通はないわよね。第二王子じゃなくても」
ベルは即座に指摘した。
「そうそう。だから、度胸試しとして名乗り出た者達が次々に有罪判決を受けて落ちた。みんな面白い、楽しいって言ってたから、自分も試したくなっただけだよ。最後はエゼルバードがセブンを落とした。大神官長の権限を使って次々と有罪判決を出したばかりか、白薔薇国の王子まで有罪にした罪だってさ。納得だってみんな大笑いしたよ! 晒し者として笑われる刑も加わったとかいって、余計に大爆笑だった」
ベルは余計に落とし穴だけでなく、第二王子達がまさに遊んでいるところを見てみたかったという気持ちを感じずにはいられなかった。
アルバイトは無事終了した。しかし、ベルは想像とは違う催しだっただけに衝撃を受け、かなりの疲労感を感じていた。
馬車に乗り込むと、ぐったりとするようにクッションに身を預けた。
「疲れたわ……主に精神的な意味で」
「みたいだね」
子供の舞踏会、しかも三部構成で一部につき三曲分しかない。
ベルはあっという間に終わりそうだと思っていた。
しかし、予想以上に大規模な舞踏会だった。
非常に裕福な者達の子供が集まる私立学校だけに、舞踏会の会場は学校敷地内にある専用の歌劇場で、その内部は学校内の歌劇場とは思えないほど豪華絢爛だった。
王立学校にずっと通っていたベルは私立学校について詳しく知らなかった。そのせいもあり、何から何まで驚きの連続だった。
「子供の頃からあんな感じじゃ、財布がゆるゆるでもなんとなくわかる気がするわ」
ベルはじっとシャペルを見つめた。
「ここだけの話、貴族よりも裕福な平民も多くいそうね」
「まあ、個人財産はかなりあるだろうけど、平民は身分が低い。これは国王陛下、国が決めたことだからどうしようもない。それに領地を持たない。持っているのは全部私有地だ。税金がかかる。領民はお金で雇われているわけじゃない。でも、平民の金持ちに従うのはお金を出して雇った者だ。そういう違いはとても大きいよ。お金では絶対に買えないものを貴族は沢山持っている」
「それもそうね」
「歌劇場、豪華だったよね?」
「凄く豪華だったわ」
ベルは素直に頷いた。
「でも、歴史がない。どんなに美しくても、芸術的な価値も低い。王立歌劇場とは絶対的な差があるんだよ。ただの豪華な歌劇場でしかないんだ。はっきり言ってしまえば、最高の芸術と技術の結晶である王立歌劇場の模倣物でしかない」
シャペルは別の話題にすることにした。
「今週は沢山仕事につきあってくれてありがとう。おかげでうまくいったし、正直に言うと楽しかった。こんなに楽しい仕事はないと思ったよ」
「今日は仕事じゃないんじゃない? 子供用の催しだわ」
ベルはそう思ったが、シャペルは首を横に振った。
「そうでもない。第二王子が教育分野に力を入れているからでもあるんだよ。だから、第二王子の関係者は学校関係の催しとかにも配慮するようにしている。全く無関係じゃない」
「ああ、それもそうね。ちょっと忘れていたわ」
「それに、子供の内から婚約というか許嫁がいる場合もあるよね?」
「そうね」
「ああいう催しがきっかけになる。普段は交流しない多くの者達と会える。しかも、子供と両親がセットで集まるからね。まさに社交と婚活さ」
「シャペルも生徒だった頃は凄かったんじゃない? ああいった催しで娘をどうかみたいな?」
ベルが尋ねると、シャペルは笑いながら頷いた。
「そりゃね……でも、やっぱり縁談話が醜聞になることもあるし、簡単には受けないよ。商売をしている者ほど、評判は重要だから。軽く流して本気にしない」
「許嫁はいたの?」
「いないよ」
「ずっと?」
「それとなく薦められた相手はいた。催しに招待するのをどうするかって時に、自分でも選ぶけれど両親も選ぶ。この子も呼んでおきましょうとかいって勝手に入れてくる」
「お誕生会とかでしょう?」
「ご名答。でも、ディーバレンだけでなくローゼンヌの都合も考えないとだから難しい。まあ、興味を持てば交際すればいいだけの話。ベルには許嫁がいないよね?」
「いなかったわね」
「結婚を前提にして付き合っていた者もいなかったよね?」
ベルはムッとした。
「悪かったわね!」
「そんなことない」
シャペルは落ち着いた口調で答えた。
「ベルはカミーラと一緒に王太子の催しに呼ばれていた。だから周囲が色々と気を遣っただけだよ」
「そうね。確かに王太子の催しにしか呼ばれなかったわ」
ベルの口調には皮肉さがにじみでていた。
年齢的なことを考えれば、第三王子の催しに呼ばれるはずだというのに、一度として呼ばれなかった。
カミーラは第三王子の同級生だったこともある。
どう考えても招待されないのは不自然であり、何らかの理由があったとしかいいようがなかった。
「ベルは第三王子の催しに呼ばれたかったのに残念だね。年齢的にもその方が合っているのにさ」
ベルは答えなかった。
「まだ好き? 第三王子のこと」
ベルの胸に痛みが走った。




