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03 木曜日 王子府(一)

 木曜日。王子府。


 ベルはアルバイトが見つからなかったことを報告するため、シャペルへの面会を申し込んだ。


「えっ! イレビオール伯爵令嬢が?!」


 シャペルは動揺した。ベルではなく、姉のカミーラが来たと思ったがゆえに。


 慌ててかけつけるものの、面会者はベルだった。


 シャペルは一気に脱力し、盛大にため息をついた。


「……その態度、どういうことか説明して貰える?」


 シャペルは説明した。


「イレビオール伯爵令嬢だって聞いたから……カミーラだと思った。ベルに声をかけるなって怒りにきたのかなって。違ったから安心した」


 その思考は極めて普通だ。


 しかし、ベルなら思う。カミーラはわざわざシャペルの元に来ない。完全に無視する。


「カミーラは美人だしモテるのよ? 私が来たから、てっきりがっかりしたのかと思ったわ」

「まあ、それは……ないわけじゃない」

「やっぱり! 男性ってみんな美人が好きなのよね!」


 ベルはシャペルが自分狙いであることを忘れていた。この時だけは。


「いや、そうじゃなくて……ベルが来たってことは、例の件が駄目だったという話じゃないかなと。そう言う意味でがっかりというか」

「あっ、そうね。そうだったわ!」


 ベルは思い出した。自分がここへ来た理由を。


「ちょっとそのことで話があるのよ」

「待って。ここでは困る。応接室を押さえてあるから移動しよう」


 人目があることから、シャペルはベルを応接室に案内した。


「第二王子の側近が自ら案内って……実は王子府では結構下なの?」

「通常は部下が応接室まで案内する」

「部下!」


 シャペルは苦笑いした。


「一応、官僚としては上の方だよ。コネ就職だけど」

「そうよね。コネだけは凄いわよね」


 シャペルは第二王子の友人である。王族のコネほど凄いものはない。


 しかし、コネだけでは官僚になれない。官僚試験を受け、合格しなければならない。


 昔、官僚試験は優秀な平民を選抜するための試験だった。貴族は面接試験、いわゆるコネだけで就職できた。


 しかし、今は違う。官僚試験の合格は身分を問わず必須になったのだ。


 但し、官僚試験には筆記だけでなく、面接試験もある。筆記試験がどんなによくても、面接試験の結果がよくなければ合格しない。


 そういった意味で、やはり貴族出自やコネという部分は重視され、有利だった。


 また、合格した場合の配属先については、一つだけ希望を書くことができる。


 縁故があると有利で、希望先に配属されやすいというのが暗黙の了解だった。


「側近や友人としての序列は下だけど、官僚としてはエリートなんだよ。エゼルバードの機嫌損ねたら終わりかもだけど」

「当たり前じゃない!」

「まあ、状況によっては転属で済むかもしれないし? 財務省に戻れなくもないかも」


 財務省に勤めていたというだけで、官僚としては格が違う。上だった。


 しかし、ベルは驚いた。てっきり最初から王子府に勤めていると思っていたからだ。


「最初は財務省?」

「知らなかった?」

「知らなかったわ。もしかして、第二王子じゃなくて実家のコネ?」


 シャペルの両親と伯父は銀行を経営している。財務省と聞けば、そのコネであろうと推測するのは当然だった。


「実はそう。王子府へは途中から転属した」


 第二王子の友人達は官僚試験を受ける前に、どこを希望先にするか話し合った。


 一番いいのは王子府。第二王子と友人でいる以上、かなり上まで出世できる。ようするに側近だ。仕事も楽。部下をこき使えばいい。同僚も友人ばかり。職場環境は最高だ。


 しかし、同期で希望が多すぎると、必ず希望が通らない者が出てしまう。希望が通らない者は、どこに配属されるかわからない。


 配属先によっては地方転勤、他国行きもありえる。そこで、王都内に留まることができそうなところ、あるいは身内のコネがあり、ある程度の融通が利きそうな希望先を手分けして書くことになった。


 その結果、シャペルは父親と伯父のコネを利用して財務省に入省した。


 王子府を希望すると思っていた両親や伯父は大喜びしたが、財務省に入って来るのはエリートばかりである。


 段々と息苦しさを感じ始め、同じく転属を狙う友人達と示し合わせて時期をはかり、真の希望先である王子府に転属したのだった。


「そうなのね」

「意外と知らないんだね。ずっと二蝶会で一緒だったのに」

「興味なかったから」


 ガーン!


 シャペルはそんな音が聞こえた気がした。


 しかし、わかってもいた。ベルは第三王子が好きであることを。


 第三王子に夢中になる女性は多数いるが、男性にもそのカッコよさ、能力等は認められている。まさに男性達がこうなりたいと思うような理想のような者なのだ。


 そのため、第三王子と比べられれば、どうあがいてもほとんどの者が著しく劣るという判定になるのは仕方がない。


「ジェイル様の方が詳しく知っているかも。みんなが話しているから、勝手に情報が伝わってくるのよ」


 シャペルは撃沈どころか大撃沈だと思った。


 自分に興味がなかったというだけでもショックだが、友人のジェイルは『様』付きだ。段違いの扱いである。側近の序列もジェイルが上だった。色々と負けているのは否めない。


 シャペルの心はますますズタズタになりそうな気配だったが、落ち込んでいる暇はなかった。仕事の話が残っていたおかげで助かったともいえた。




 応接間に移動すると、ベルはアルバイトの希望者が一人もいなかったことを話した。


「やっぱり報酬が低いのかな? もっと上じゃないと駄目だって?」


 シャペルが金持ちであるのは多くの者達が知っている。両親だけでなく伯父も銀行家だ。しかも、跡継ぎ。金持ちでないわけがない。


 もっと多くの報酬が貰えるのではないかと期待してもおかしくはなかった。


「それが……」


 ベルは白蝶会のお茶会での話をした。


 今回の依頼はベルが受けて仲間としての関係を修復し、それを理由にシャペルが黒蝶会に戻ればいいという話だ。


 シャペルは喜ぶことも、了承することもなかった。


「ごめん。ベルに頼むべきじゃなかった。嫌な思いをさせてしまったね」


 シャペルはベルに謝罪した。


「無理することはないんだ。誰も見つからなかったら断ればいい。元々平民の屋敷ってことで、難しいと思っていたから。それこそプロでも雇おうかなって。でも、今は婚活ブームで出し物要員みたいな仕事をしている者は忙しい。早めにスケジュールを押さえないと厳しいんだよ。いきなりじゃ受けて貰えない。予定が詰まっているってね」

「そうかもね」

「だから近くで探していた。でも、ベルは嫌だろうし、どのみち黒蝶会には戻らない」

「どうして? みんなのことが許せないから?」


 何も知らずに騙さるような目にあったのはシャペルも同じだ。戻りたくないと思ってもおかしくなかった。


「いや。みんないい仲間だったよ。今でもそう思っている。親切心からああなったって。でも、仕事が忙しい。黒蝶会に入るときついんだよ。時間も金もかかる」


 シャペルの財布をあてにしているのは、第二王子周辺だけではない。黒蝶会も同じだった。


「だから、今回のことはある意味いいきっかけになった。リーナ様のおかげで、一歩離れて状況を冷静に考えることができた。自分を変えたい。これからは新しい道を歩きたい。仕事も趣味も適当にして、みんなの都合のいい財布係になるのは嫌だ。これからは仕事もちゃんとするし、お金もしっかり管理して、望まれるままに支払うのはやめようと思っているんだ。両親も伯父も喜んでいる。そろそろ金銭感覚には注意するよう言われていたから」


 シャペルの年齢を考えれば、もっと前から金銭感覚に対して注意すべきというのが普通だとベルは思った。


 しかし、シャペルがかなり甘やかされている金持ちのボンボンであることはベルだけでなく多くの者達が知っていた。


 お金を使い過ぎて銀行を一つ潰しても、もう一つあるから大丈夫。


 そんな風に言われていた。本人ではなく、みんなに。


 それがようやく軌道修正されたのはいいことだと、ベルは素直に思った。


「じゃあ、黒蝶会には戻らないわけね?」

「戻らない。今は仕事に集中したい。落ち着いたらわからないけどね。黒蝶会の仲間達からは何度も戻ってこいとは言われていた。でも、白蝶会の女性達が反対したらって懸念があったのは事実。二蝶会には参加しないで、黒蝶会の集まりだけこなせばいいとも言われていた。だから、白蝶会の女性達が戻ってもいいって思っているとわかったのは凄く嬉しいよ。みんなにありがとうと伝えて欲しい」


 シャペルはにっこりと笑った。


「本当にごめん。でも、ベルに会えたし、話ができて良かった。これ」


 シャペルは財布から千ギール札を出した。


「あげるよ。手間を取らせたし、迷惑もかけたから」

「いらないわよ」

「何か購買部で買うといいよ。王宮に住んでいると、何かと購買部を利用するだろうし」

「お小遣いはあるのよ」

「でも」

「いらないわよ!」


 ベルは怒った。


「私、お金を貰いに来たんじゃないから!」

「……そうだね。ごめん」


 ベルは遠慮がなかった。シャペルとは二蝶会のメンバー同士だっただけに。


「大体、金銭感覚見直すって話だったわよね? なのにすぐお金を取り出すなんておかしいでしょう!」

「でも、元々アルバイト代で出費する予定の金額だったし」

「アルバイトがいないなら、払う必要がないお金じゃない! 無駄遣いよ!」

「そうかもしれない。でも、ベルがせっかく来てくれたのに、お茶さえ御馳走できない。だから悪いなって……」


 シャペルなりの気遣いのつもりだった。


 それはベルにもわかった。しかし、気持ちをお金に込めて伝えるのはどうかというのもある。なんでもお金で片付く。そんな風に誤解されてしまわないだろうかと。


「……じゃあ、やっぱり貰うわ。千ギール」

「えっ?!」


 財布を戻していたシャペルは驚きつつも、もう一度取り出した。


「ねえ、ちょっと財布を見せてよ」


 シャペルは素直に財布を渡した。


 ベルは財布の外側を軽く見た後、中身も開いて見始めた。お金がいくら入っているのかを数える。


 シャペルは思わず言葉を口にした。


「ベルもいくら持ってるとかが気になるんだね。てっきり、どこの財布を使っているのかを見たいだけかと思った」

「私のこと嫌いになってくれた?」

「無理」


 シャペルは即答した。しかし、少しだけがっかりしたのは事実だった。



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