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秋に芽が出て育つ恋  作者: 美雪


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29/53

29 木曜日 仕掛け

「このような依頼をしたことがないため、周囲の者達にも確認した。同行役のアルバイトの相場は五百からせいせい千程度だと聞いている。だが、さすがにそのような金額ではカミーラに失礼だろうと感じた。能力を考えても、相場よりも上になるべきだ。そこで、この金額にした。どうだろうか?」

「質問したいことがあります」


 カミーラはすぐに受けるとは言わなかった。


「遠慮なく言って欲しい」

「ジェイル様の同行役をしたい女性は多くいます。声をかけるだけで、ほとんどの女性が無報酬で快諾するのではないかと思います。だというのに、なぜ私に依頼されるのでしょうか?」

「仕事をやりやすくするためだ」


 ジェイルはすぐに答えた。


「私が仕事を理由に、女性を誘いたいだけだと勘違いされては困る。また、前回同行した際、カミーラは非常に優秀だと感じた」


 ジェイルが女性と同行すると、その女性はジェイルと離れたがらない。


 ジェイルは仕事としての参加のため、男性達だけで話して情報を集めたい時もある。そのため、女性が常に側にいるのは困るような状況もある。


 女性がそのことを察して自然と離れ、ジェイルの仕事の邪魔をしないようにしてくれればいいのだが、女性はエスコート役として自分の側にいて欲しいとねだり、仕事の邪魔をする。それが嫌で、ジェイルは女性の同行を極力控えていた。


 ところが、カミーラは会場に到着すると、すぐに別々に行動することに快く応じてくれた。


 しかも、カミーラは自分からジェイルの同行者だと吹聴することはなく、同じパーティーに行くことを知ったジェイルが親切心で馬車の同乗を申し出てくれたという形でジェイルの評判を上げた。


 同行者だからといってジェイルとの特別な関係を匂わすようなことを一切いわず、カドリーユでペアを組んだことで、このような親切を受けることができた、第二王子に感謝しているなどといって第二王子の株も上げていた。


 強引な男性に絡まれた時も、ジェイルの名前をすぐに出すことはなく、状況を見て対応しようとしており、ジェイルに迷惑をかけないようにしていた。


 ジェイルはカミーラのことを非常に優秀な同行者だと評価した。


 だからこそ、また機会があれば同行して欲しいと感じ、コートや手袋を贈った。


「納得して貰えただろうか?」

「理由はわかりました。ですが、婚活ブームという状況も含め、どのように周囲に思われるのかを考えると難しい判断です」


 カミーラは迷った。これほどまでにジェイルが評価してくれているのは嬉しい。


 だが、特定の相手と複数回ペアで参加すれば噂になり、問題が起きやすくなる。


 しかも、相手がジェイルだからこそ、余計に慎重さがいる。


「あくまでもオプションだが、ルジェ・アヴェニューで買い物を希望する際は付き合ってもいい。特設コーナーに行けば、アルバイトの報酬でも予算内で様々なものを選べるだろう。私は自分以外の者が買い物をするのを見て、自らの眼力を鍛えている。通常の店とは違うため、カミーラも様々に勉強できるだろう」


 ジェイルはオプションをつけた。


 カミーラの心はぐらついたが、踏みとどまっていた。


 ジェイルは切り札を出した。


「もう一つ、特別な配慮をしよう。カミーラが王宮に住んでいる間は、カミーラが自由に使うことができる専用の馬車を常駐させる。共にパーティーに行くとしても、現地集合にできる。帰りの時間を合わせる必要もない。普段は個人的な用事に使えばいい。いちいちイレビオール伯爵家の馬車や臨時の馬車を手配する必要もないため、便利ではないか?」


 便利どころか相当便利だとカミーラは思った。


「カミーラだけでなく、ベルもその馬車を利用すればいい。姉妹で活用できる」


 ジェイルはベルを味方に引き込もうとした。そして、その目論見は成功した。


「凄いわ……無理をしなくてもいいけど、惹かれちゃうわね。私だったら速攻で受けてしまいそうだわ!」


 カミーラは大きな息をついた。


「わかりました。では、そのように」


 カミーラが陥落した。弱点は妹だ。


 男性陣は心の中でそう思った。


「但し、馬車はジェイル様のものであることがわからないようなものにしていただきたく思います。知人から一時的に借りたということにしますので」

「その点は心配ない。知り合いの持つ馬車を一定期間試乗し、乗り心地等を評価する依頼を受けたことにすればいいだろう。評価によっては、馬車を手放すつもりのようだと。シャペル、そういうことだ。馬車を一台出せ。シャルゴット姉妹の馬車にする。御者と馬はこちらで手配する」

「そんな予感がしたんだよね。でも、ベルも馬車を使うなら断れないなあ。面倒だから御者も馬もこっちで手配するよ」

「そう言うだろうと思った」

「ジェイルって先を読みすぎじゃない?」


 シャペルの言葉に、誰もが心の中で同意した。




 その後、全員食堂で夕食を取った後、ジェイルの部屋にある仕掛け、脱出口を使って裏口に向かうことになった。


「もうすぐわかるね。楽しみ?」


 デザートが終わり、食後の飲み物を楽しんでいると、シャペルが尋ねた。


 カミーラとベルはどこにどのような趣向があるのか、食事中も気になって仕方がなかった。


「やっぱり食器棚? と思ったけれど、ここって横長ね。縦長じゃないわ」


 ジェイルの部屋はシャペルと部屋とは内装が違う。当然、家具も違っていた。


「窓ですか? 何か特殊な仕掛けがあるとか」


 前回のことを踏まえ、二人は予想した。


「ジェイル、正解を教えてあげないと」

「まだだ。もう少し待て」


 ジェイルは懐中時計を取り出して時間を確認した後、紅茶のカップに口をつけた。


 時計を出す仕草も素敵だわ……何をしても様になるわね!


 あれはアンティークの時計のようです。小物にもこだわりが感じられます。


 二人がジェイルの様子を観察していると、突然、部屋付きの者が血相を変えてやってきた。


「団長! 緊急事態です! 本部に襲撃者が侵入しました!」

「なんだって?!」


 驚いて叫んだのはシャペルだった。


「女性達がいるのに! こんな時に限って襲撃されるなんて!」


 すでにノリノリである。


「ここは危険です! すぐに脱出口から避難を!」


 ベルとカミーラはピンときた。これは演出だと。


 ジェイルは重々しく言った。


「騎士たるもの、逃げることなどできない。私は残る。これより、白薔薇騎士団長として命じる! ロジャーはカミーラ、セブンはベルを護衛しろ。シャペルは先導役だ!」

「えっ?! そこはベル担当にしてくれないと!」


 気分が台無しだと女性達は思った。


 ジェイルは首を横に振った。


「お前の技量を信じているからこその抜擢だ。皆を安全な所まで誘導して欲しい」

「私の技量の方が上だ」


 ロジャーが言った。何気に負けず嫌いな性格である。


「仕方がない。セブンはカミーラ、シャペルはベルを守れ。私が先行する」

「やったー!」

「騎士団長の命令に逆らうのか?」


 ロジャーはジェイルを睨んだ。


「私は白薔薇国の宰相だ。騎士団長より上位であることを忘れるな!」

「だが、宰相に何かあっては困る」

「雑魚が私を倒せると思うのか? それよりも、我が主は浪費家だ。財務大臣がいなければ困る。この世にシャペルほど緩い財布を持つ者などいない!」

「それはそうだが……」


 寸劇? 笑いそうなんだけど……駄目よね?


 細かい演出があるのですね。


 ベルとカミーラは黙って様子を伺った。


「お急ぎください! 侵入者が迫っているのです! すぐそばまで来ています!」


 ここで部屋付きの者がセリフを発した。確かに強く扉を叩く音が聞こえる。


「わかった。では、女性達を頼んだぞ!」

「武運を祈る」

「お前達もな」

「こっちだよ!」


 シャペルが暖炉の所に行き、内側の左側を押した。すると、暖炉の内側部分が左へと移動した。


「えっ?! そこ?!」

「暖炉でしたか」


 ベルとカミーラは目を見張るしかない。


 暖炉が怪しいとは思ったものの、継ぎ目のような部分は一切ないように思えた。


 しかし、暖炉の内側の一部が隠し通路や穴になっているわけではなく、内側全てが完全に横にスライドしてしまう仕掛けになっていた。


 覗き込んでみなければ、わからないようにできているため、二人はそのような仕掛けがあることに気づけなかった。


「凄い!」

「あまり力を入れてなさそうです。内側は軽いということでしょうか?」

「見た目は石造りに見えるけど、実際は木の板に極薄の石板を張っているだけだ。下にはレールがついている。軽いというほどじゃないけど、力を入れて押せば横にずれて動かせる」

「行くぞ!」


 先行役のロジャーがかがみながら暖炉をくぐる。


 続いてカミーラ、護衛役のセブン、ベル、シャペルと続いた。


「団長もお早く!」

「しかし!」

「ここは私達にお任せを! 絶対に死守します!」


 部屋付きに押し切られる形でジェイルも暖炉をくぐった。そういう演出である。


 隣にあるのはシャペルの部屋と同じような灰色の細長い部屋だった。


 但し、かなり幅が狭い。六人もいるため、余計にその狭さを感じた。


「前の部屋と似ているわね? まさか同じ? でも、床が違うわ」

「窓の鉄格子が外れるのでしょうか?」

「ジェイル。号令だ」

「騎士団長として命じる! 全員、壁に手をつけ!」

「了解!」


 シャペルがベルの手を取った。


「こっち! 壁に四角い枠が描かれている。その中に左右の手を一つずつ置いてね!」


 カミーラにはセブンが教え、それぞれが壁にずらりと並んだ四角い模様の上に両手を置いた。


「行くぞ! 押せ!」


 男性達が同時に壁を押した。すると、壁が奥へと動き出す。


「ええっ?! 壁が動くの?! 全部?!」

「信じられません!」


 さすがの二人も仰天するしかない。


「もう少しだ! 力を合わせるぞ! 押せーっ!」


 呆然とする女性達に構うことなく、男性四人は壁を更に押し続ける。すると、部屋の幅が倍になった。


 新しくあらわれた床には四角い穴があいており、下へ続く階段が見えた。秘密の隠し階段である。


 上に何かがあって隠すのではなく、穴の手前に動かせる壁=巨大な衝立を設けて隠すというのが予想外過ぎた。


「ここから脱出する!」


 壁で穴のあいた床を隠していたとは思わなかっただけに、ベルとカミーラは一気に興奮した。


 壁はあまり力を入れなくても動くようになっている。男性一人が中央から押せばいい。しかし、わざと大勢で力を合わせ、なんとか動かしたように思わせる演出だった。


「凄いわ! これ、考えた人は天才じゃない?!」

「このような仕掛けがあるとは思いませんでした! 普通の者では到底思いつかないでしょう!」

「良かったね、セブン!」


 これらの仕掛けも、セブンが考えたものだった。


「私、ディヴァレー伯爵のこと物凄く見直したわ! とっても頭がいいのね!」

「驚くべき発想力です! 素晴らしいとしかいいようがありません!」

「もっと褒めてあげて!」

「見た目は無表情だが、内心は喜んでいるだろう」

「セブンの無表情は仕様だ」

「……私の部屋の仕掛けを知りたいのであれば、特別に披露してもいい」


 セブンは自分の考えた仕掛けの評価が良かったため、特別な配慮を提示した。


「うわ! マジでセブンが喜んでいる!」

「見せびらかしたくなったのか」

「絶好の機会ではある」


 このホテルの会員は第二王子の友人達やその知り合いばかりで、各自が自分の部屋の仕掛けを見せ合った結果、どのような仕掛けがあるのかわかっている。


 あまり教えるわけにはいかないホテルであることから、同行者は身内ばかり。新規に訪れる者がいないため、最近は各部屋にある仕掛けを披露する機会がほぼなかった。


 ベルとカミーラは一旦裏口まで行った後、もう一度廊下を通ってセブンの部屋に行き、壁に埋め込まれた本棚でカモフラージュされた隠し扉とその先にある神殿のような部屋、祭壇の下にあらわれた隠し階段の仕掛けを見学した。



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