27 木曜日 寄り道
買い物が終わった後、今度こそ帰ると思っていたベルとカミーラは寄り道することを伝えられた。
「この間の隠れ家。ジェイルが自分の部屋を見せてくれるって。興味ない?」
興味はある。非常に。
まだ夕方の時間ということもあり、ベルとカミーラは好奇心に負け、隠れ家ホテルに行くことに同意した。
ホテルの入口である店の前には黒い馬車が停まっていた。そこで、四人の馬車は少しだけずれた場所に停まった。
「誰かと会いそうです。またの機会にしましょう」
カミーラは別のホテル利用者と会いそうな気配を察知してそう言ったが、シャペルがすぐに反論した。
「大丈夫。あれはセブンの馬車。普通はあそこに置いたままにはできない。できるのはセブンだけなんだ。特権でね」
「そうでしたか。ですが、やはりよくありません」
「セブンは口が堅い。大丈夫だ」
ここに馬車を停めたままにはできないと言われ、二人はしぶしぶ店の中に入った。
そこには花屋で遭遇しそうもない人物がいた。
セブンである。
「お待たせ」
シャペルがそう言ったため、ベルとカミーラはぎょっとした。
「待ち合わせしていたの?」
「そう。ちょっと話がある」
「移動する」
セブンの先導で二階に行くと、もう一人の人物がいた。
ロジャーである。ソファに座って本を読んでいた。
「えっ!」
思わずベルは驚くが、この場所といい。現在の状況といい、いてもおかしくはない人物ではある。
「声をかける必要はない。無視しろ」
「読書中は絶対に邪魔しちゃ駄目! 物凄く怒られる」
ジェイルとシャペルがそう言いつつ、隠しドアの前に誘導する。
「カミーラ、開けてみる?」
シャペルが声をかけたのはベルではなくカミーラだった。
「私もやってみたいわ!」
ベルも名乗りを上げるが、シャペルは却下した。
「駄目。姉妹の序列順。姉が断った場合は妹」
カミーラは容赦なかった。
「この程度のことは譲っても貸しにできません」
つまり、譲る気はないということである。
シャペルに場所を教えられ、カミーラはスイッチである本を倒した。
「意外と力がいるのですね」
「スイッチだからね」
「慣れないとスムーズに出来ない気がします。男性用のスイッチかもしれません」
「あはは。そうかもね」
五人は中に入り、少し先にある金庫室に行く。
今回はジェイルの部屋の仕掛けを見るための招待であることから、ジェイルが自分の部屋に対応する引き出しの暗唱番号を入れ、鍵を取り出した。
「部屋と引き出しは必ず対応しているのですか?」
カミーラの質問に答えたのはセブンだった。
「最初に好きな場所にしまえと言った。自分で覚えておけばいい」
「忘れちゃったらどうするの?」
「間抜けってことだね」
シャペルが笑いながら答えた。
五人は通路を進み、ジェイルの部屋についた。
「ここだ」
「凄い緊張するわ……どんな部屋なのかしら?」
「楽しみです」
まずは小部屋。部屋付きの者がいた。
騎士のような制服を着用している。
部屋付きの者は胸に手を上げて言葉を発した。
「報告致します! 異常ありません!」
まさに騎士のようである。それか警備だ。
シャペルの部屋に行った時とは衣装だけでなく雰囲気も対応も違った。
まさに部屋ごとに細かい部分が違うのだろうとベル達は思いながら、ジェイルの部屋に入った途端驚愕した。
「驚いた? ここは白薔薇騎士団長の執務室だよ」
部屋の中は白。家具も白い。床は灰色の絨毯で、アクセントとして青い小物が置かれている。装飾や生花は優美で上品な白薔薇だ。
非常に優美で上品極まりない。それでいて無駄なものが一切ないと思わせるような潔さもある。まさに完璧に整えられた部屋だった。
「ジェイルは騎士になりたかったんだよね。それで、第二王子のグループ白薔薇会の中にある白薔薇騎士団の団長になった。まあ、ちょっとした遊びというか自己満足というか」
「遊びではない。私は白薔薇騎士団長であることを誇りに思っている」
「すみません」
シャペルはすぐに謝罪した。
「えっと、ここは団長の執務室だから、話し合いは食堂でするんだ」
執務室は狭い。大きな執務机があるため、応接間のようなセットはない。
壁際に椅子があるだけだ。
「ちなみに、壁際にあるのは普通腰掛だよね。でも椅子なのはなぜだと思う?」
突然の問いかけに、答えたのはカミーラだった。
「椅子を移動する際に持ちやすいからでは?」
「正解。後、万が一の場合は武器にできるから。こんな風に」
シャペルは壁際の椅子を持ち上げた。
椅子は逆さにして背もたれ部分を持ち、腰掛部分を上にしている。
「こうやって相手を叩く。だから、警備関係とかの部屋にあるのは背もたれ付きの椅子。壁際に置くのも腰掛にしない。わざとね」
「武器になるものをさりげなく常備しているわけね!」
「そういうこと。この部屋はそういうところまでこだわっている。元々はもっと普通の豪華な応接室だったんだけど、ジェイルが変えたんだよね」
またしてもジェイルの株が上がった。
「寝室は見せない。プライベートな部屋であり、女性達を入れるにはそぐわない」
ジェイルは部屋を見せるとはいっても、一部分だけであることを示した。
「でも、化粧室を利用したいって言えばついでに見れるよ」
「余計な事を言うな」
ジェイルはシャペルを睨んだが、全く効果はなかった。
「二人はちゃんと気が付いているよ。でも、こういっておけば牽制だってこともわかる」
ルジェ・アヴェニューから帰る直前、二人は化粧室に寄っていた。すぐにまた化粧室を使う必要はない。
そもそも、男性の部屋にある化粧室を使うのは気が引ける。
化粧直しにかこつけて寝室を見ようとするなと牽制されれば、余計に言えない。
「寝室を見せていただかなくてもいいのですが、どのような仕掛けがあるのかなどは教えていただくことはできないのでしょうか?」
「無理だ」
ジェイルは断固たる口調で言った。
ベルとカミーラは明かされない謎ができてしまったと感じたが、抜け道があった。
「ジェイルの恋人か妻になれば教えて貰えると思うよ。一緒に向こうの部屋を使うかもしれないし?」
否定はできない。しかし、ベルとカミーラは自分達がジェイルの恋人や妻になる可能性は全くないと思っていた。
「不可能よ!」
「永遠の謎でしょう」
「即答だなあ。ジェイルは女性に大人気なのに、シャルゴット姉妹には人気がないのかな?」
「違うわ!」
ベルが猛抗議する。
「ジェイル様はみんなの憧れなの! そういうことを言うと、白蝶会のみんなに後ろから刺されるから! 冷たい視線でね!」
「刃物よりも威力がありそう」
「指もさされ、ひそひそと言われるのもお忘れなく。ジェイル様は社交界の女性達に人気なのです」
「ごめんなさい。でも、それってみんなのものってこと? 恋人や妻にはなりたくないってこと?」
「カミーラはともかく、私は無理。釣り合わないって言われるわ。社交界に顔を出せなくなりそう」
「ダンスで見せつければ?」
「それで済むならアルディーシアでもいいってことじゃない。そういうレベルじゃないの!」
「私も無理です。ジェイル様に選ばれるとは思っていません」
「同行役には選ばれたよ?」
「仕事だからです。それ以上のことは一切期待していません。それに、私は婿養子を希望しています。ジェイル様は跡継ぎですので」
「まあ、そうか」
その時、部屋にようやくもう一人のメンバーが来た。ロジャーである。
「話し合いを始めるぞ」
六人は隣にある食堂兼白薔薇騎士団長の会議室に移動した。




